壊れた『普通』
第29話
――結果だけ言うと、鈴宮は助かった。
それは、俺が発見したのが比較的早かった事と、対処が早かった事。後は病院がすぐ近くにあった事……などなど色々な要因が重なった結果だった。
ただ、俺は「助かって良かった」という安堵の気持ちより「なんでもっと早く気がつかなかったんだ」という後悔の気持ちの方が
「…………」
そんな落ち込んでいる俺に対し、姉さんだけでなく担任の先生や色々な人たちから「早く見つけてくれて良かった」と言った。
でも、もし俺があの時、教室を飛び出して鈴宮を探しに出なければ……もっと大変な事になっていたかも知れない。
その事を考えると、確かに怖いし、そうならなくてよかったとは思う。それでも、そんな言葉を聞いても、俺の心が晴れる事はなかった。
「それは、なんとなくでも気がついていたから………だよね」
そう俺に声をかけながら、元弥さんは病院の受け付けロビーでボーッとしている俺の横にゆっくりと座った。
「……元弥さん」
「いつまでも鈴宮さんのそばを離れようとしないから……って、香憐に言われてね」
そう、ついさっきまで俺は鈴宮が運ばれた病室にいた。
俺は、学校が終わってからいてもたってもいられなくなり、すぐに姉さんから鈴宮の病室を聞き出し、駆けつけたのだ。
でも、面会時間が過ぎた。ただ、家に帰る気にもなれずここにいたのだ。
「それで回収しに来た……ってワケですか」
「まぁ、そんなところかな。いつまで経っても帰って来そうになかったし」
何がそんなに面白いのか、元弥さんは笑顔を見せた。
「全然、取り繕うとしないんですね。もっとこう……励ますとかするのかと思いました」
「うーん、別に必要がないと思ったからね。だって、励ましとか慰めはもう十分されたでしょ?」
俺は元弥さんのその言葉を聞いて、思わず吹き出しそうになった。確かに、元弥さんの言うとおりではある。
――言うとおりではあっても、それを口に出せる人はそうそういない。素直……と言えばそうかも知れない。
でも、その何気ない一言に、俺は思わず『さすが元弥さん』と言いたい気分になった。
「でも、蒼くんがどう思おうが何を言おうが、鈴宮さんを助けたのは事実だよね」
「そう……ですね。でも、俺は」
そもそも『イヤな空気』は感じていた……それも事実だ。
「――分かっているよ。でも、あの時の状況じゃ証拠も何もない。しかも、蒼くんのただの『感覚』の話。それの『感覚』も不確かすぎて蒼くんが動けなかったのも事実だよ」
「…………」
そう、まさにその通りである。
そして、俺自身の感覚を信じられなかったのもまた事実だ。要するに、俺は自分自身を信じられなかったのだ。
「でも、蒼くんがたとえ強引に動いていたとしても、果たして上手くいっていたかどうかは分からない」
「そっ、それは……」
「現実なんてそんなモノだよ。いつ何が起きるか分からないモノなんだよ」
「…………」
それは、俺自身が幼い頃に身をもってよく分かっていたはずだ。その『いつ何が起きるか分からない』という言葉は……。
「僕たちの言う『いつも通り』なんて、実は色々な事がたくさん重なって出来たモノ。そんなの、いつ崩れるかなんて誰にも分からない」
「じゃあ……鈴宮がああなったのも『仕方ない』って言うんですか」
「そうは言っていない。ただ蒼くんは『色々な可能性の中から、この可能性を引き当てた』くらいに思っておけば良いんだよ」
「…………」
「それに、鈴宮さんは助かったんだから、むしろ良い可能性を引き当てたんじゃないかな?」
元弥さんはそう言って優しく微笑んだ。
「それはあくまで結果論です。それに……軽く考えすぎじゃありませんか?」
「うーん。そうかな? でも、そうしないと蒼くんの心が疲れてしまうと思うよ? それに、そんな風に思い悩んでほしいなんて、鈴宮さんはきっと望んでいないと思うんだけどね」
言い切った……と思ったら、元弥さんはすぐに「多分」と付け加えた。
元弥さんの「多分」と言い方が、あまりにも自信なさそうに聞こえたから、俺はまた笑いそうになってしまった。
そういえば、元弥さんは鈴宮に一度もあった事なかった。普通に、鈴宮に関して話を何度かしていたから、忘れかけていたけど……。
それにしても、今回の一件は学校でもかなりの
まぁ、いきなり授業が変更になったり先生たちがバタバタと動いていれば、生徒たちが「何かあったのでは?」と思うのも当然の話だろう。
そして、先生たちは色々と対応に追われていた。
俺は鈴宮がいる病室の前で初めて鈴宮のご両親と会った。でも、まさか俺の姿を見てすぐに頭を下げて感謝をされるとは思っていなかった。
それこそ、ちょっと会釈される程度だろうな……と思っていただけに、ご両親のその態度に驚き、俺はただただ「そんな、頭を上げて下さい……」と言うだけで精一杯だった。
「でも、もし。蒼くんが思い悩んでいる事を知れば、彼女自身も自分を責めてしまうかも知れないと思う」
「……」
「それに、目を覚ました彼女に蒼くんがどう声をかけてあげるべきか……。僕としてはそっちの心配をすべきだと思うよ?」
「……」
確かに、真面目な鈴宮の事だ。目を覚ましたらきっと気にするに違いない。
もし。どこかで彼女の耳に、俺が自分で自分を責めている……なんて知られたら、鈴宮もきっと自分を責めてしまうだろう。
――それは、俺の望む事じゃない。
「そう……ですね。俺がくよくよしていたら、鈴宮が不安になってしまいますよね。うん、うん。そうですね」
そもそも、俺は鈴宮に悲しんで欲しいワケじゃない。確かに、後悔や反省も必要だけれど、ずっと引きずるモノではない。
それに、鈴宮には笑顔でいて欲しい……。
「……はぁ、これで気がついていないんだから、本当にすごいよね」
「え?」
何やらポツリと言われた様な気がしていたけど、その言葉が聞き取れず、すぐに元弥さんに聞き返したけど……。
結局「なんでもない」と、穏やかな笑顔で言われ……何となくそれ以上聞いちゃいけない様に思えて……それ以上詳しく聞く事が出来なかった。
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