第25話
「あの……」
リビングに入ると、机の上には食器が並んでいた。だけど、その中には何も入っていない。
「うん、食べる前にちょっとお話しようかなって」
「お話……ですか」
どうやら、元弥さん曰く「俺の元気がないと香憐も心配するから」という事らしい。
「……すみません。心配させてしまって」
「別に謝ることじゃないよ。そういう日もあるだろうし」
「……」
「でも、蒼くんの場合。一つ気になる事があったら、それが解決されるまでずっとその事について考えてしまうところがあるから」
「そう……なんでしょうか」
「うん。でも、それだけ集中力がある……って、言えばいいのかな? それは良いところでも悪いところでもあるけどね」
そう言って元弥さんは小さく笑った。
「僕じゃ頼りないと思うけど、少し話してくれるとうれしいなと思ってね」
「そっ、そんな……」
頼りない……なんて事はない。
むしろ、俺一人ではどうしようもないと思っていたところだ。それこそ『自分の事』すら、分からなくなっていたのだから……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……なるほど。それであんなに考え込んでいたんだね」
「……はい」
考えれば考えるほど、分からなくなる。今にして思えば、最初に鈴宮を紹介された時から、何か違って見えていた。
それを明確には言えない。ただ『何かが』違う……それだけなのだ。
「……それで、蒼くんはどうしたいのかな?」
「え? 俺、ですか?」
「うん。だって、蒼くんは今さ。自分の気持ちが分からなくて混乱しているんだよね?」
「それは……」
確かにそうではあるけど、改めて口に出されると……少し恥ずかしい。
「別にそれが悪い事だとは言わない。人間、立ち止まって考える時間だって必要な事だからね」
「……」
「でもね、悲しい事にあまり立ち止まる事は出来ない。時間というモノは有限で、一年は自分たちで考えている以上に短い」
「……」
「だから、蒼くんは自分の気持ち以上に『やらなければいけない事』があるんじゃないかな? それこそ、自分の気持ちを後回しにしてでも……。でも、時間がないからそれも一緒にやろうしている。だから、なおさら頭の中の考えがまとまらない」
そこまで言い終えると、元弥さんは「違う?」と小さく、優しく尋ねるように俺に言った。
「…………」
――いつもそうだ。
元弥さんは『怒る』という事をあまりしない。でも、それは決して『怒っていない』というワケではない。
ただ、静かに冷静に……決して感情的になる事もなく、自分の考えを話した上で、相手を
でも、不思議とこういう言い方をされると、人というのはあまり強く出られない事が多い。
多分それは、冷静に話している相手に対し、ここで感情的に反抗している自分が小さく見えてしまうからだろうと思う。
弱い人間。それこそ、器が小さい人。ダメな人……そんな風に見られる事を人は嫌がる。それは『見栄』や『プライド』などが関係しているのだろうとは、思う。
それに、そういう人は大抵自分で分かっている。分かっているからこそ、相手に改めて指摘されるのが我慢ならないのだ。
でも、相手が冷静だからこそ、言われた方はまるで全てを見透かされているかのように思えてしまうのかも知れない。
要するに『怖い』のだ。自分という人間がどういうモノなのかというのを知らされるのが。
今の俺も、そんな感じだった。それに、そもそも、俺はそんな二つの事を一緒に出来るほどに器用な人間じゃない。
だから、頭が混乱してしまうのだ。
「それにしても、蒼くんが『自分の気持ち』が分からなくなって混乱してしまうほど、その『
「えと――良い子……と言いますか」
こういった場合……なんと言うのが正解なのだろうか。俺は答えに戸惑った。
「……でも、もしかしたら、女の子たちは
「え」
サラッと言われた元弥さんの一言に、俺は思わず反応した。
「だって、それだけ良い子が戻って来たんだよね? それなら、そう思われても仕方がないんじゃないかな? それこそ、強力なライバルが現れた……とかさ」
「いっ、いや……でも、クラスの女子はそんな事……」
一言も言っていなかったはずだ。それこそ、戻って来たばかり時も、今も――。
「そりゃあ、クラスの子たちは、それだけ鈴宮さんと関われるチャンスがあるからね。授業はもちろん……ね。それだけチャンスがあれば、鈴宮さんの事を知ることが出来ると思う」
「……」
「もちろん、それが良い方か悪い方のどちらに働くかどうかは別の話だけど。少なくとも、悪い方に進んでいるとは……蒼くんの反応を見る限り思えない。ただ、他のクラスの子たちはそうはいかないんじゃないかな」
「……」
あり得ない話ではない。
知るチャンスがなければ、その人たちが知ろうとしなければ分からないままだ……。
鈴宮を知らなかった姉さんから紹介される前の俺の様に。
「うーん、そうだね。今の状況を逆の立場で例えるなら……うん。しばらく休んでいたものすごくイケメンで良い子の男子が文化祭明けに学校に戻ってきたって感じだね」
「……」
「もし、そうなったら蒼くんならどうするかな?」
「え? 別にどうもしませんよ……ちょっとは気になりますけど」
俺が「ちょっとっは気になると」言った言葉に、元弥さんは「おやっ?」というリアクションを見せた。
「……なんですか。周りがそんなに『いい男』って言うのなら、一目くらい見てみたいって思ったら……いけませんか?」
そのリアクションに、俺は思わず元弥さんに尋ね返した。
「ううん、全然?」
なんて言いながら、元弥さんは苦笑いをしながら両手を広げて左右に振った。
「むしろ、それが普通の人の反応だと思うよ。でも、そんな人が来たら、男の子たちも気が気じゃないと思うよ? 特に『片思い中の子』とかはさ」
「――それって……」
元弥さんの『片思い中の子』という言葉に固まっていると……元弥さんは、なぜか子供のように可愛らしく笑った。
「まぁ、コレはあくまでボクの考えってヤツだよ。参考にするとかしないとかはさ。蒼くんが決めればいいんだよ」
「…………」
そう言って元弥さんは立ち上がった。
「それよりも、早く食べよう? 実は、デザートも作ったからさ」
「え、あっ……」
元弥さんは俺の言葉を待たずにそのまま台所へと姿を消した――。
「……
俺たちは全然そんな事に気がつかなかった。
元弥さんは「あくまで自分の意見で、参考にするかは……」と言っていたけど、どう考えても今の話が一番現実的だ。
「…………」
それに、三組の女子陸上部員のことも引っかかる。
当然、先生たちがそうなるようにしたとは思えない。だから、女子陸上部が集まったのは『偶然』だろうとは思う。
でも、この『偶然』によって『何か良くないこと起きる』ような……俺は、そんな気がしてならなかった。
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