第24話


「うーん」


 帰宅した後。すぐに自室に入ると、俺は頭を抱えて悩んだ。


「……分からない」


 とりあえず、今日感じたあの『空気の原因』は多分『女子』によるモノだろうと、思う。


 でもまぁ、現状は何も分かっていない……。気になるワードはポツポツと出ているものの『証拠』というモノは何もない。


 泰成なら、何かしら知っているかも……と思っていたけど、泰成はそもそもこの『空気』に気が付いていない様子だった。


 それに泰成は、余計な事はあまり言わない主義……というか、どちらかというと少し『秘密主義』なところがある。


 なんというか……それがたとえ大事な事だったとしても、言わない事があるのだ。


 まぁ、本人が言うには「俺が言っても良いと思うけど、やっぱりその人自身が気がつかないといけない事って、やっぱりあると思うからな」という事らしい。


 だから、泰成自身は物事の本質が分かっている状態で、あえて言っていないと言う事が結構あるのだ。


 でも結局、相手が全然気がつきそうになかったら言ってしまう。


 それを考えると……泰成は結局のところは『秘密主義になりきれない人』ではあるのだろうと思う。


 なんだかんだ言いつつ、泰成は『隠し事』が苦手なのである。だからなのか、ここ最近のたまに言い淀む事があるのも納得は出来る。


 つまり泰成は、俺に『気が付いて欲しい事』があるようだと。まぁ、俺としては本当は言って欲しいところだけど。


「ただ……」


 今はこの『空気の話』以上に気になる事がある。


 それは、休み時間に聞いた『少年』の話だ。


 鈴宮が言うには、その少年が俺にとても似ていたらしい。


「もちろん、顔もそうなんですけど……何より俺の過去と少年から聞いた話に似ていた部分が結構あったので……」


 ただ、残念な事にその少年と鈴宮の方が先に退院してしまったらしい。そして、何気ない会話をしたその日以降、どうやら会えていないようだ。


「同じ学校だと思っていたのですが……どうやら違ったようです」


 同じ病院にいるのだから、近くに住んでいるだろう。つまり、学校も同じはず……と、鈴宮は思っていた様だ。


 ただ、鈴宮としては、その当時。そもそも同じ年の子と会話をする……しかも、少年の方から話しかけてくれていた事自体がとてもうれしかったらしい。


「ここに来たばかりの私は、かなり性格がひねくれていたと思います」

「…………」


「ここに来たばかりの頃。普通に仲良くなろうと思って私に話しかけようとしてくれていた子も当然いました。ただ、頭では今まで私の周りにいた様な子たちや大人ばかりではないって分かっていたんです。でも……」


 小さい頃から周りの大人たちに振り回され続けて来た彼女にとって……いや、それ以前に当時の鈴宮はまだ小学生だ。


 多分、人の善悪の区別なんて……まだ出来なかったのだろう。


 そんな周りの人たちを信じ切れなくなっていた鈴宮に声をかけたのが、その少年だったらしい。


 声をかけられて最初の鈴宮はいつも通りの突っぱねたような態度を取っていたらしいけど、少し話をしていく内に、だんだんと改善されたみたいだ。


「それに、話しかけてくれた少年は私以上に……なんと言いますか『危うい』感じがしまして……」

「危うい?」


「はい、そのまま放っておいたら……何をするのか分からない……そんな感じがしました」

「…………」


 そのなんとも言えない『危うさ』を感じた鈴宮は、思わず少年に「友達になろう」という言葉を発していたらしい。


 鈴宮は自分自身の言葉に驚いていたらしいけど、少年はその言葉に頷き、二人は友達なった……。


 そして、どうやらその少年は『ある事件』に巻き込まれてしまったらしく、しばらく絶対安静で個室の病室から出る事が出来なかった様だ。


 いや、そもそもベッドから降りる事すらままならない状態だったという事とその事件により、両親を亡くしてしまった事を聞いたのだという。


「…………」


 この話を聞いた限り、確かに俺もその当時。少年と似たような状況ではあった。


 でも、さすがにここまで似たような……いや、もはやそっくりそのままの状況という人はそうそういないとは思う。


「…………」


 ただ、悲しいかな。実は、俺はその頃の事をあまりよく覚えていない。


 姉さんが言うには『あまり覚えていない』という事は、その時の事は俺にとって忘れたい記憶なのだと、俺自身が判断した結果なのだそうだ。


 ――まぁ、確かに。俺は意識を取り戻した後。病院で両親が亡くなった事を聞かされた。


 それだけでもショックだったのに、治療とリハビリにはかなりの時間も必要だと言われた。


 つまり、それだけみんなと勉強など色々なモノに差が開いていく……俺はその話を聞いた瞬間。そう思った。


 だから、当時の俺には体力うんぬんの話だけでなく、精神的にもかなり負担があったと思う。


 ただ、その少年の話をしている鈴宮の表情は……あまりにも楽しそうだった。


 それこそ、俺が今まで足しげく鈴宮の元に通って話をしていた時には見た事がないほどの笑顔も見られた。


 俺は、鈴宮の出来る限り冷静に聞こうと思っていたけど……ひょっとしたら、あまり楽しくないという表情に出てしまっていたかも……。


 今さらではあるけど、思い返してみると……その時の自分が何とも心がせまい人間に思えた。


「って……ちょっと待て」


 なんで、俺は鈴宮から少年の話を聞いてそんな風に落ち着きのない態度をとっているのだろうか。


 鈴宮はただ『ちょっと昔の話』をしていて、その話に出てくる少年が俺に似ていると話していただけだ。


 例えるなら、物語に出てくる登場人物の境遇が俺と似ていると言っている様なモノである。


 ――いや、物語はそもそも空想上の人物だけど。


「はぁ……」


 ――本当にらしくない。よく分からない事を考えたり、それこそ「心がせまい」とへこんだり、すねたり……なんて俺が動揺する必要なんてない。


 いつもの様に、流れに身を任せればいいのだ。それなのに……鈴宮の事になると、どうにも上手くいかない。


「??」


 ――俺は、一体何がしたいのだろうか。そう考えれば考えるほど、俺は自分自身の事がよく分からなくなっていた。


「あっ、蒼くん。夕飯が出来たから……って呼んだんだけど……って、どうしたの? そんな難しい顔をして」


 部屋の扉をノックした後、入ってきた元弥さんはそう俺に向かって声をかけた。


「もっ、元弥さん」

「もしかして、体調が優れないのかな? それなら……」


「えっ、あっ……すみません。すぐ行きます」

「そう? それならいいんだけど……」


 多分、いつもであればすぐに返事をして降りてくるのに、今日は降りてこなかった事を心配してわざわざ見に来てくれたのだろう。


「そんなに焦らなくていいよ。ご飯は逃げないから」


 なんて言いながら、元弥さんは穏やかな笑顔と共に階段を下りていった。


「…………」


 ――本当に、優しい人である。


 ある日、突然一緒に生活する事になった……という事だけでも驚きだっただろうに、いつも俺の心配までしてくれるのだから。

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