文化祭

第9話


「毎週毎週……悪い。こんなに来たら……さすがにイヤだよね」

「いえ、卯野原さんから色々な話を聞けるのはとても楽しいです」


 俺は、出来る限り毎週同じ曜日の同じ時間に行くようにしていた。


 それは、一度だけ鈴宮のリハビリ時間に被ってしまい、しばらく待ちぼうけになった事がきっかけである。


 俺は気にしていなかったのだけれど、その時の鈴宮は……かなり申し訳なさそうな顔をしていた。


 だから、確実に病室にいるであろうこの時間に来るようにしたのだ。


「そう言ってもらえるとありがたいよ」

「そうですか?」


 それでも、やはり「迷惑ではないか」という気持ちが勝っていた。だから、鈴宮のその言葉は素直にうれしかった。


「ああ。たまに不安になる事があるからさ。こんなに毎回毎回来て、鈴宮に迷惑をかけているんじゃないかって」

「そんな事はありません!」


 その鈴宮のハッキリとした口調に、俺は思わず驚いた。ここまでハッキリと言われたのは初めてだ。


「そっ、そうか。良かった」

「ごっ、ごめんなさい。いきなり大声出してしまって」


 鈴宮本人もここまで大きな声で言うつもりはなかったのか、すぐにハッとして俺から顔をそらして下を向いた。


「そうそう、名織ちゃんが謝るような事はないわ」

「……姉さん」


 そう言って病室のドアを開けて仁王立ちで現れたのは、姉さんだった。


「あっ、金木先生」

「こんにちは、名織ちゃん」


 その時の姉さんは素晴らしい笑顔だったけど、俺から見ると……ただの作り笑顔に見えてしまった。


 いや、本人はそんなつもりはないだろうけど……。ただどうしても、家で見ている姿がよぎってしまう……。もちろん、そんな怖い事は言えないけど。


「こっ、こんにちは」


「何しに来たのさ? 姉さん」

「あら、蒼」


 その姉さんの言い方はまるで「いたの?」と言われている様に感じた。


「いや。姉さん前に確か『わたしもそんなにヒマじゃない』って言っていたよね」

「ええ、そうよ。だからお仕事で名織ちゃんにちょっと話があって来たのよ」


「ふーん、それじゃあ俺はいない方が……」


 俺は座っていた立ち上がろうとすると――。


「いえ、蒼にも聞いて欲しいから待ってちょうだい」

「……はっ?」


 俺にも関係のある話? 一体、なんだろうか。


「ええ。実はここ最近、名織ちゃんの検査結果がいいのよ」

「はぁ」

「そうなんですか?」


「ええ、このまま調子が良ければ『文化祭』の準備にも参加出来そうって話をしにね」

「そうなんですか? それは良かったです」

「……」


 鈴宮はうれしそうに笑った。


「ええ……って、なんで蒼はそれ自体忘れていたみたいな顔をしているのよ」

「いっ、いやぁ……」


 姉さんの言うとおり。完全に『文化祭の存在』を忘れていた。


「全く。もし戻れたとしても、名織ちゃんの体調が万全ってワケじゃないから、出来る限り気にかけてって事も言いに来たっていうのに……本当に大丈夫かしら。学校行事自体忘れてしまうような人に頼んで」

「悪い。でも、もしそうなったら俺も出来る限りの事はしたいと思っているよ」

「本当ですか?」


「ああ、でもまだ戻れるって決まったワケじゃない……って事だよね。今の話の流れで行くと」

「ええ。今のところ、戻るのは……文化祭が終わった後になりそうなんだけど、文化祭には問題なく見に行くことは出来ると思うわ」


「でも、それじゃあ準備には……」

「ええ、学校に戻って作業に参加するのは難しいと思う。でも、今の状態が続けばその時には外出許可を私が出せば準備に行く事も可能になると思う。だから、今は安心して治療に専念して……ね?」


 姉さんは鈴宮を安心させる為に言ったのだろうけど、鈴宮自身がその言葉を聞いて安心しているのだから、それでいいのだろう。


「はい、ありがとうございます」


 なるほど、患者を安心させるのも医者の仕事の一つ……というワケか。


「……というワケで、まだまだ経過観察にはなるけど、報告は以上!」


 姉さんはそれだけ言うと、なぜかうれしそうに病室を後にして出て行った。


「はぁ、全く姉さんは……」

「金木先生。今日もお元気そうでしたね」


「いつもあんな感じだよ。まぁ、元気がないよりは全然いいけどさ」

「そうですね。そういえば、何をするのかは決まっているのですか?」


「いや、まだだね。確か来週中には決めるって話だったはず……」

「出店……ですか?」


「いや、ステージの使用権利を担任がくじ引きでなんとか取って来たって言っていたから、多分劇になると思う。だから、後は係とその劇で『何をやるか』っていう事だと思うけど……」

「そうですか……。よかった」


「え?」

「劇だったら……私も何か手伝える事があると思いまして」


 ――そうか。確かに劇などの出し物であれば、何らかの形で入院中の鈴宮も手伝うことが出来る。


「私も、何か手伝える事があったら言ってください。精一杯がんばります」

「ああ。でも、そもそも何をするか……って自体決まっていないから、決まったらまた教えるよ」


 俺はそう言うと、鈴宮は今まで見た事がないほどうれしそうに「はい!」と笑顔で答えた。

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