第8話


「……それで? どうだったんだよ」

「何が」


「この間の土日に行ったんだろ? 病院」

「ああ、その話」


「それ以外に何があるんだよ」

「ああ……」


 泰成にそう言われた瞬間。俺はあることを思い出した。


「そういえば、姉さんが面白い事を言っていてねぇ」

「なっ、なんだ。突然」


「なんでも姉さんが『元弥さんがある人から鈴宮さんの絵を俺が好きだって話を聞いた』って」


 俺がそう言うと、泰成は「へっ、へぇ……」と言いながら俺から視線をそらした。


「おかしいと思わない?」

「なっ、何がだ?」


「俺がこの話をしたのは、泰成だけだったはずなんだけど。どうして元弥さんが知っているんだろう……ってさ」

「どっ、どうしてだろうな」


「ああ、そういえば元弥さんが聞いたのは『ある人』じゃなくて、泰成から聞いたんだった! どうして元弥さんにその話が伝わっているんだろうねぇ?」

「……悪い」


 まさか自分がウソをついている人間をこういった軽い芝居という形で謝らせる日が来るとは思っていなかった。


「って言うか、なんで元弥さんとそんなに仲が良いのさ? いや、いつから仲良くなったの?」

「別に仲良くなったワケじゃないんだけどな」


「……そうなの?」

「ああ。実は、いつも朝に自主練習をしているんだけどな。その鈴宮の話をするっ言った次の日朝にゴミ捨てをしている元弥さんに会って、話をしている内に……」


 そう言えば、泰成は陸上部だ。長距離選手という事もあってか毎日自主的に練習をしているらしい。


「はぁ……。なるほど、会話をしていく内に思わずポロッと出てしまったわけ」

「悪い。なんとか誤魔化そうとも思ったんだが」


「あの人に対して『誤魔化す』なんて出来るはずないじゃん」

「……だよなぁ」


 ねらった獲物えものは逃がさない……というワケではないけど、元弥さんは人が隠したい事を知りたがるところがあった。


 ただ、知りたがっても自分からグイグイと聞く事はほとんどない。大体「どうしたの?」とかそういった感じで聞いてくる。


 でも、それは本当に相手を心配しているからだ。悪気なんてモノは全くない。それに「大丈夫です」とか言えば「そっか」と言って引いてくれる。


 まぁ、だからこそタチが悪いというか……。


 その上、あの人の穏やかな雰囲気が弱っている人間に「相談したい」という気持ちにさせるのだろう。


「まぁ、けど。きっかけはなんであれ、話は出来たから。結果的にはよかった」

「おっ、よかったな」


「まぁな。ただ、知らないうちに人に伝わっていたのはいただけないけどさ」

「うっ、悪い。それで、何を話したんだ?」


「別にどうって事ない。普通に世間話。俺が勝手に話して鈴宮はそれに相づち打ったり、たまに質問してきたり……って感じ」

「いや、それだけじゃないだろ」


「?? 他に話す内容なんて何があるんだよ」

「ほら、あの絵を見た感想とかさ。さっきの話の感じでいくと、その話題も出たんだろ?」


 しまった。まさかここで反撃が来るとは――。


「別に……? それは……」


 確かに、その話はした。ただ……その時の話はしたくない。思い出しただけで顔がニヤけてしまう。


「ふーん、そうかそうか」

「なっ、なんだよ」


「いや? なんでもない」

「ないって、言っておきながら……その顔は何?」


「そう身構えるな。別に聞くつもりはないから」

「…………」


「ただ、ここまで分かりやすいとなぁ。勘づかれないようにしろよ」

「うるさいな。分かっているさ……あっ」


 そう答えたところでハッとした。どうやら知らない内に表情に出ていたらしい。そのせいか泰成も何やらニヤニヤとしている。


「全く、いつも無表情で何に対してもやる気がない人間がそれだけ表情が豊かだと逆に不自然だ」

「……そんなに?」


「俺だから気がついた……くらいだから今はまだ大丈夫だ」

「そっ、そう」


「ただ、それ以上表情に出ればみんなに気がつかれるぞ」

「……マジ?」


「マジだ」

「はぁ……」


 真剣な顔でそう言われ、俺は机の上に顔をのせた。


「ただ普通に話をしただけなのにな」

「ああ。ただ話をしただけ……なのに」


 ――この有様である。


「なんだろう。この感じ、自分でもよく分かんないや」

「蒼……。それ本気で言っているのか?」


「何が?」

「いや……。そうか、そうだよな。今までそういった話すら無縁だったんだもんな」


 なぜか泰成は頭を抱えているように見える。


「だから、何が」

「……はぁ」


 泰成は何やら悩んでいるように見える。しかも「言った方がいいか?」とか「いや、本人に気付かせた方がいいか?」とかブツブツと独り言を言っている。


「……泰成、大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫だ」


 自分の世界に入っていた泰成を俺は呼び戻した。


「そっ、そう」

「ああ、だから蒼は何も心配しなくていい。こればっかりは表情に出るのはむしろ仕方がない話だ」


 そっ、そうなのか……。仕方のない話なのか。


「って、いや。さすがになんでもかんでも表情に出るのはイヤじゃない? 周りの人からしたら変人認定されるのはゴメンだよ」

「そこの心配も大丈夫だ。要するに、学校にいる間は全く関係のない事を考えていればいい。そうすれば表情がくずれる心配もない」


「そっ、そういうモノ?」

「ああ、そういうモノだ。難しいかも知れないが、出来る限り考えないようにしろ」


 泰成はそう言って俺の肩を軽く叩いた。


「わっ、分かった」

「ああ。後、また何か心配な事があったら教えてくれ」


「あっ、ああ……というか、なんか楽しんでない?」

「いっ、いやぁ。気のせいだろ」


 なんて言っている泰成は、どことなく楽しそうである。


「……??」


 どうして泰成がそんなに楽しそうなのかは分からないままではあったけど、何はともあれ。


 俺はあの日以降、出来るだけ休みの日はこの病院、いや病室に足を運ぶようになっていた。


 最初の頃こそお互いよそよそしい態度だったが、少しは話が出来るようになったと思う。


 ただ、こうして話すきっかけが姉さんだったのは……ちょっと微妙な気持ちだけれど、まぁ……ちょっと感謝はしていた。

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