第7話
「…………」
そこにいたのは……カーテンが開かれている事もあってか青空の中に黒く長い髪をなびかせている白いパジャマ姿の女の子だった。
そんな彼女の姿に俺は、思わず見とれてしまっていた。
彼女のその姿はとてもキレイで儚げで……今まで出会った異性の誰よりも美しく見えた。
「……?」
ただ、見とれてしまったが故に彼女の俺に対する第一印象は……あまりよくなかったのではないかと思う。
姉さんから紹介されてはいるけど、見知らぬ男が固まって自分の方をジーッと見ているのだから。
コレが姉さんからの紹介がなければ、俺は完全なる不審者だっただろう。
でも、この時の俺はそんな事を気にしている余裕がないくらい、彼女『
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あっ、ここよ」
「はぁ、姉さん。病院に着いたら連絡してくれって、最初から俺にここまで来させるつもりだったんだ」
「当たり前でしょ? 私だってヒマじゃないのだから」
「……」
まぁ、姉さんはこうしている今も仕事の真っ最中だ。確かに、ヒマではないだろう。
「だったら最初からここに来てくれって言えば良かったじゃん」
「どのタイミングで来るか分からなかったのよ。手が空いていなければ待ってもらうつもりだったし」
『……なるほど』
なんて、一瞬でも納得しそうになった。確かに、姉さんの言っている事は分かる。分かるのだが……なんか納得しちゃいけないような気分になった。
でもまぁ、こんな事でいちいちイライラしていたら、ずっとイライラしている事になる。その方が面倒だし、疲れる。
「……」
だから、あえて何も言わないことにした。
「じゃあ、早速行くわよ」
「ああ」
そう言って背中を向けて歩き出した姉さんの後ろをついていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――そうして案内された部屋に、彼女はいた。
「紹介するわね。この固まっているのが私の弟の……ほらっ」
彼女に見とれて固まっている俺の肩を軽く叩いた。
「えっ……。ああ、
「あっ、
――知っている。
何度もその名前は聞いている。そう言いそうになって、俺はその言葉を飲み込んだ。姉さんがその事を鈴宮さんに言っているとは限らない。
ただでさえ、鈴宮さんを見て固まっていて『変な人』に見えていたのだ。これ以上変な印象は与えたくない。
「……」
「……」
しかし、お互いがお互い遠慮があるからなのか、姉さんの紹介が終わった後も、無言のまま固まってしまっていた。
「……全く」
そんな俺たちの姿を見た姉さんは軽くため息をついた。
「あのね。名織ちゃん」
「はい」
「実は蒼ね。あなたが描いた絵が好きみたいなのよ」
「!!」
なんという爆弾を投下してくるのだろうか。いや、それ以上にどうして姉さんがそれを知っているのだろうか。
「ねっ、姉さん!」
「えっ!? なっ、何々!? どうしたのよ!」
俺はすぐに姉さんの腕を引っ張って一旦病室の外に出た。
「何よ。病室では静かにしないとダメでしょ」
確かにその通りだけれど、今はそれどころではない。
「なんで姉さんが『それ』を知っているんだよ」
「元弥さんが泰成君がそう言っていたって聞いたわよ」
「なんで元弥さんと泰成がそんなに仲が良いんだよ」
「知らないわよ。そんなの」
――よしっ、今度会ったら問い詰めてやる。
「それに、今のあなたたちじゃ会話なんて出来そうにないじゃない」
「うぐっ」
「だったら、私の方から話題を提供するしかないでしょ? むしろお礼を言われたいくらよ」
「…………」
確かに、あのままではただただ無言のまま時間が過ぎていただろう。それよりは……マシではある。
「それで? 私が席を外しても大丈夫なの?」
「はぁ、ああ。ありがとう、もう大丈夫だ」
さっきの爆弾発言のおかげでだいぶ俺も冷静になってきたようだ。
「そう? じゃあ、適当な時間に帰りなさいよ」
それだけ言うと、お騒がせな姉さんは仕事場へと戻って行った。
「適当な時間……って」
自分で誘っておきながら……さすがである。
「はぁ、よし」
俺は軽く意気込み、病室へともう一度入った。
「すみません。お騒がせしてしまって」
「いっ、いえ」
そう言いながらも、鈴宮さんは何やら探している。
「あの、金木先生は……」
「ああ、姉さんは仕事に戻りました」
「そっ、そうですか」
「はい」
「……」
「……」
しまった、せっかく会話が続いていたのに! さっき姉さんに「大丈夫」と言ってしまったから、もう一度呼ぶなんて事は出来ない!
「あの」
「はっ、はい」
「金木先生から聞きました。私と学校のクラスが一緒だって……」
「ああ、そうらしいですね」
「あの、学校って……楽しいですか?」
「楽しい……ですか」
正直、俺はあまり学校を『楽しい』とは思っていない。授業はいつも眠いし、学校行事は疲れる。
でも、ここで「楽しくない」と答えるのは違う気がする。
さっきのはあくまで俺の感想で、そう思っていない人の方が多いと思う。現に、毎日楽しそうに過ごしている人もいる。
「人それぞれだとは思いますが。学校生活を楽しんでいる人が多いと思います」
「それは、あなたはそんなに楽しんでいない……という事ですか?」
でも、まさかこういう返事がくるとは……。
「……まぁ、そうですね。普通に学校生活は送っています」
「……そうですか」
「……」
「……」
また会話が止まってしまった。
「あの、さっき金木先生が言っていた事なんですけど……」
「……すみません」
「え」
「いきなりそんな事言われても困りますよね」
「いっ、いえそんな事は……むしろ、うれしいです」
「え」
「私。学校に行っても、友達なんていなかったんです。みんな、仲良くしてくれるけど、それは友達とは違う様に見えて……」
「……」
そういえば泰成がそんな事を言っていたように思う。どうやらそれは本人も感じ取っていたらしい。
「そんな事、とても言えない。そんな行き場のない気持ちをぶつける相手がいなかった私は、気がついたら美術室にいました」
「……」
「多分、本当は美術科に行きたかったからだと思います。そうしたら、美術室にいた仮屋先生から『じゃあ、絵でも描いてみる?』と言われ、絵を描き始めました」
「そうだったのか……あっ」
俺は敬語を忘れ、普通にリアクションをしてしまった事に気がついた。
「……いいですよ。敬語じゃなくて。いえ、むしろ敬語じゃない方がうれしいです」
「そっ、そう。じゃあ、鈴宮も……」
「私はこの話し方に慣れていますから……」
「そっ、そう」
「だから、うれしいです。私の描いたモノをそう思ってくれたなんて……。でも、ちょっと恥ずかしいですね」
「……」
そう言って照れている鈴宮に、俺は穏やかな……いや、かわいいな……と思った。
「!」
しかし、すぐに我に返った俺はブンブンと首を左右に大きくふった。いくらなんでも、いきなりそう思うのは気持ちが悪すぎる。
「どっ、どうされましたか?」
「いや、なんでもない」
俺は何事もなかった様に作り笑顔でそう言った。
ただ、その作り笑顔があまりにも不自然だったのか、鈴宮は「大丈夫ですか?」と俺を心配してくれた。
「……」
その心配してくれる表情もまたかわいく見えた。
この時点で、何かしらの病気にかかったのではないだろうか……と、俺は自分で自分を心配したのだった。
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