第6話


「……いや、感じていた……じゃない。どうしてそうなったんだ」


 俺は、弁当を食べながら昨日の話の内容を泰成に話した。昨日の今日である。泰成も気になっていたらしいが……。


 まさか、話がそういう形で終わるとは思っていなかった様だ。


「はぁ、俺も分からない。姉さんの意外な反応から話がおかしい方向に……」


 今にして思えば、そこから俺の想像とは違っていた。責められるような言い方をされなかったのは良かったけど。


「しかし、いきなり『会ってみない?』って、香憐かれんさんも急に話をふってくるな」

「それは……まぁ」


 泰成は元弥さんだけでなく姉さんとも面識がある。たまに姉さんと話していたこともあるから、元弥さんより話しやすいのかも知れない。


「でも、よかったんじゃないか?」

「何が?」


「何が……って、蒼が気になって何度も見に行くくらいの絵を描いた本人と話が出来るんだろ?」

「あ、あぁ……。そうだったね」


「まさかとは思うが、忘れたか?」

「忘れてた。完っ全に」


 そうだ。鈴宮すずみや名織なおりは、あの『青空の絵』を描いた本人だ。だからこそ、気になっていたというのに……。


「まぁ、完全に忘れてしまうくらい香憐さんの話に驚いたって事なんだろうけどな」

「ああ、泰成の言うとおりだよ。姉さんの提案が意外すぎてそのことが完全に飛んでいた」


「でも、元弥さんは何も言わなかったのか? 一緒にいたんだろ?」

「ああ、いたよ。確かに」


 しかし、元弥さんは姉さんのその提案を否定するどころかむしろ賛成していた。その事を泰成に言うと……。


「ああ、確かに元弥さんの言っている事は合っているだろうな」

「やっぱりそうなの?」


「さすがに高校よりも前の話は知らないが、少なくとも学校に来ていた何度かで中良さそうに話している人はいなかったと思うぞ」

「でも、さすがに誰も話しかけてないって事はないって事はありえないじゃん?」


「それはさすがにな。その学校に来ていた何度かは昼食も何人かの女子と食べていたし」

「じゃあ……」


「でも、それはなんというか……あれだな『クラスに転校生が来た』っていう感じの雰囲気に似ていた」

「それは……つまり、珍しかったから……って事?」


 転校生が来て何日かはその珍しさからそのクラスに人が集まる。


 その時は『転校生』というワケではないが、久しぶりに来たクラスメイトというのがただただ珍しかった――。


 泰成が言いたいのはそういう事なのだろう。


「だから、鈴宮に『友達がいるか?』って聞かれたら、俺だったら『どうだろうな?』って答えるな」

「……そっか」


「ああ、それに元弥さんの言っている事は俺たちにだって当てはまる。誰だって全く知らない人たちのところに行くのは不安になるもんだ」

「意外。泰成でもか」


 俺が持っている泰成のイメージの中で、そんな繊細な部分があるとは……正直意外だった。


「俺だって不安になる事はある。顔には出さないだけでな。変に気を遣われるのはイヤだからな」

「なるほど。いつも泰成は堂々としていたから、てっきりそういった不安や緊張とは無縁だと思っていたよ」


「俺はむしろ蒼が必要に以上にゆるいからそういった事には無縁だと思っていたけどな」

「へぇ、それも意外。泰成が俺をそんな風に思っていたとは」


 まぁ、俺は気にするだけ無駄か……と思うようになってからは、確かに泰成の言うとおりなのだけれども……それでも意外だった。


「それを考えると……確かに蒼はいいかもな」

「いいかもな……って何?」


「いや、話し相手にって話だよ」

「いやいや、俺だってさすがに女子相手だったら緊張するけど」


「その割には、クラスの女子とか普通に話していなかったか?」

「それはただ単に必要最小限の話しかしていないからだよ」


「そうか? ちゃんと会話をしていたと思うけどな?」

「……それは本当に俺?」


 俺の記憶では自分から女子に話しかける……なんて事はしない。それでも、話しかけられたら返す。無視なんて、それこそ失礼だ。


 それに、無視なんてしたらその後が大変である。


「そうじゃなくても話しにくいっていうのに……」

「ん?」


 何気なくポロッと出てしまった言葉に、俺は気がつきながらも「どうした?」という感じで何事もないようにしていた。


「いや、なんでもない」

「まぁ、確かに。絵を描いた張本人を前に普通に会話をしろって方がムリな話か」


「……」


 聞こえていないかも……なんて思った自分がバカだった。


「まぁ、今度はその話を聞かせてくれ」

「……イヤだね」


「まぁまぁそう言わずにさ。色々と話を聞いただろ?」

「……」


 確かに、なんだかんだで泰成には色々と話を聞いてもらってしまっている。


「はぁ……分かった。とは言っても、そんな面白い話にはならないと思うけど」

「さぁ……? それはどうだろうな。意外に面白い展開になるかも知れないぞ?」


「……楽しそうだね」

「楽しみ……ってだけじゃないだけどな」


「どういう事?」

「ははは、こっちの話だ」


 結局のところ、詳しい話を教えてくれなかった。ただただ泰成はうれしそうに笑っていた。何がそんなにうれしいのだろうか。


 それにしても、前の発言といい今日の発言といい……泰成には未来でも見えているのだろうか……。


 そう言いたくなってしまうほど、この時の泰成もなぜか自信満々な表情と言葉だった。

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