第5話
「それにしても……しまったぁ」
「どうした?」
「いや、実は姉さんに聞かれていたんだよなぁ『俺のクラスに
「おお。それで、なんて答えたんだ?」
「そのまんま答えた。いないって」
「ああ……」
その時の俺は「見た事も聞いた事もない」様な事を言ってしまったが、実際のところは、彼女が入院しているが為に学校に来ていないだけで、俺のクラスメイトだったのだ。
「うーん。でも、一度もこのクラスに来ていなかったらなぁ。どうやらテストは受けていた様だけど」
「確かに、知ろうともしなかった俺も悪いんだけどさ」
多分、そのテストは保健室で受けたのだろう。だから、その時も俺は彼女の姿を見ていない。
俺は自分の事だけで精一杯だったから、そんな事を知ろうともしなかった。
「ただ、一度聞かれて否定してしまったからなぁ……」
泰成に聞いたみたら「実は俺のクラスメイトでした」なんて一度否定してしまったせいで正直、言いにくい。
「でも、知ってしまった今。姉さんにはちゃんと言っておかないといけない気がするんだよ。変な誤解を生む前に」
本当はクラスメイトなのに、認識されていない……という事は悲しい。
「……じゃあ、素直にそう言うしかないな」
「はぁ、やっぱりそうなるよね」
「他に方法なんてないだろ?」
「そうなんだけどさ」
どうにも気が乗らない。なぜだろうか……。
「じゃあ、逆になんで蒼はそんなに言いにくいんだ?」
「え?」
「別にその時は悪気があって言ったんじゃないだろ? その時の蒼の記憶にはなかったってだけで」
「まぁ。そうなんだけどさ。なんていうか……。姉さんにそう言うと『やっぱり言った通りだったじゃん!』って言われそうでさ」
多分、言い方の問題なのだろうとは思うが、その光景が姉さんの表情と共に簡単に想像出来てしまう。
俺は、その姉さんの……人のあげ足を取ったような……人の失敗を責めたようなそんな言い方をされるのがイヤだったのだ。
「まぁ、何事にも関心を持つべきっていう事を学んだ代償として、そこは甘んじて受けておけ」
「はぁ……。気が重い」
「それに、元弥さんもいるんだろ? あまりにもひどかったら止めに入ってくれるさ」
「そうだといいんだけど」
元弥さんは基本的に穏やかな人だ。いつもニコニコと笑っていて……食事の時ですら、俺と姉さんのやり取りを見て笑っている。
――ただ、笑っているだけで何も言わない。
「大丈夫だ。あの人は、ちゃんと周りを見ている人だから」
泰成は姉さん夫婦と暮らすようになってからも、何度か俺の……というか姉さんの家に遊びに来ている。
だから、その時に何度か元弥さんとは会っているから、泰成も面識はある。ただ、話をしている姿は見たことがない。
でも、泰成がそこまで言い切っているのであれば……信じよう。
「分かった。今日、言ってみるよ」
「ああ……と、ちょうど昼休みも終わりだな」
「ああ、そうだね」
「じゃあ、明日はその結果が聞けるな」
ニヤッと笑った泰成に、俺は「ちゃかすなよ」と言いつつも、小さく笑って自分の席へと戻った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……姉さん」
「ん?」
姉さんは毎日のように家にいるわけではない。夕食を食べるのだって週に何回るのだろうか。それこそ一週間以上家に帰って来ない事もある。
多分、それは医者は医者でも人それぞれだとは思うけど……。でもまぁ、だからこそ、こうして夕食を食べる……というのも、大事な時間だ。
「じっ、実は……さ。この間……」
「何?」
「すっ、
「ええ」
「今日、泰成から聞いたら……その子。鈴宮……さん。俺のクラスメイトだった」
「……そう」
あっ、あれ。意外にドライな反応。もっと責めるような言い方をされるかと思ってこっちは身構えていたけど……。
「意外に冷めた反応をするね。香憐」
だからなのか、今回は珍しく元弥さんが反応した。
「別に、多分そうじゃないかなって思っていただけ。あの子、そういえば今年に入ってからテスト以外で学校に行っていなかったから。しかも、そのテストは保健室で受けたって聞いていたし」
「…………」
「多分、蒼はクラスメイトを自己紹介の時に覚えているんじゃないか……とは思っていたから、記憶の中になかったんでしょ」
「うっ、ごもっとも」
そこまでバレているのなら、もう下手にウソを言うのはよくない。何せ、姉さんはお見通しなのだから。
「まぁ、だから別に怒ってはいない」
「そっ、そっか」
「よかったですね」
ホッと胸をなで下ろした俺に、元弥さんは優しくほほえみかけた。
「…………」
しかし、なぜか姉さんはそこで何やら考え込むように下を向いた。
「ねっ、姉さん。どうかした?」
「
「ねぇ、蒼」
「ん?」
「あなた。この子に会ってみない?」
「へっ? だっ、誰に」
「だから、その子。
「えっ、なっ……なんで」
「だって、あなた。わざわざ泰成君に聞いたんでしょ? 自分のクラスに名織ちゃんがいなかって」
「きっ、聞いたけどそれは……」
自分のクラスメイトを覚えていないのはよくないと思ったからである。
「まぁでも良いのではないでしょうか」
「え?」
「その子は新しいクラスになってから自分のクラスに行っていない。話を聞いた限り『友達』という子もいないではないでしょうか」
「……」
確かに、一年の時も数回しか自分のクラスに行っていないのなら……その可能性は高い。
「それならば、一人でも知っている人。話が出来る人がいる……状態の方が、クラスに戻る機会があった時、クラスになじみやすくなるとは思いませんか?」
「…………」
それはそうだろう。
誰も知り合いがいない……という状況は、心細い。クラス替えの時、みんな「そうなるのではないだろうか」という不安を抱える。
まぁ、先生たちも色々と考えてクラスを決めてくれるから、そうなることはほとんどないのだけれど……。
「まぁ、ムリに……とは当然言わないけど」
「……いや、うーん」
やはり、そこは同じ女子の方がいいと思ってしまう。男の俺では、話の話題すら違うだろう。
「私としては、あなたは私の弟だから頼みやすいってだけだから」
「……なるほど」
まぁ、確かに頼みやすいだろう。偶然とは言え、自分の弟が同じ学校の同じクラスなワケだから。
しかし、姉さんのこの使えるモノはなんでも使おうとするその精神……さすがである。
「それなら……分かった」
「あら、いいの?」
「ああ」
「じゃあ、今度の休みに来てちょうだい。病院に着いたらしてくれれば、行くから」
姉さんの言葉に「分かった」と答えた。
ただ、どうして『この間の話の訂正する』というだけの話が、いつの間にか『次の休み。
本当に、話の流れって……気がついたらよく分からない方向にいくモノだよなぁ……なんて、この時の俺はのんきに考えていた。
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