第10話
「……というワケで、私たちのクラスの出し物は『白雪姫』で決まりました」
学級委員長がそう言っていくつかある候補の一つに大きく赤い丸印をつけた。
この学校の『文化祭』は普通の学校より少し遅めにある。その理由は美術科のコンクールなどの出展物などの作成の関係である。
美術科生徒を待つ……と言う事はつまり、この『文化祭』の主役はどちらかいうと、美術科の生徒という事だ。
俺たちの様な普通科の生徒が活躍するのはどちらかというと『体育祭』だ。ただそれがあるのは『春』の話であって、すでに終わっている。
それもまぁ、泰成の様な運動部のヤツらが大暴れしているから、帰宅部である俺にはあまり関係ないの話だ。
ただ「がんばれ~」とかやる気のない応援を送っているだけで、後は……そこまで点数に大きく影響を与えない競技。
たとえば『借り物競走』に出ているくらいだ。本当は参加するだけで応援席でボーッと見ているだけが良かったのだけど、全員何かしらの競技に出なければいけないのだから、仕方がない。
まぁ、それはそれとして……今の問題はこの『文化祭』である。
「えー、これから役割を決めていかないといけないのだが……って、なんで全員俺から視線をそらすんだー」
元々目立つ事が好きな人間ならここで「この役がやりたい!」とか手を挙げるところだろう。
「……」
「……」
「……」
しかし、残念ながらこのクラスにはどうやらそんな目立ちたがり屋はいないようだ。
全員が全員「どれもやりたくない」という様な空気を出していた。
ただでさえ準備に時間がないにも関わらず、実はこの『白雪姫』をやると決めるのにもかなり時間がかかった。
これ以上、ほかのところで時間をかけて練習時間や準備のが短くなるのはイヤなのだろうが……。
「はぁ、まいったな。とりあえず、全員がどれかしらの役か係をやってもらわないといけないんだが……」
この様子では、また時間がかかりそうだ……と、先生も困った様子だ。
「じゃあ、もうくじ引きでいいんじゃないですか?」
学級委員長は先生にそう提案した。
「ん?」
「こうして時間が過ぎるのももったいないですし、ここは『運任せ』という事でいいんじゃないですか? みんな、特にやりたい役があるとかではないみたいなんで」
そう。そもそも、この『劇』というのもクラスで
このステージの使用許可は吹奏楽部や合唱部などの部活動の発表や、もちろん俺たちのクラスと同じような『劇』をやりたいというクラスも結構いるため、毎年公平に『くじ引き』で決めている。
そうして先生はこのくじ引きでなんとか体育館のステージ使用の許可を取ってきてくれた。
だから、こうして『劇』の話が出来ているのだ。
「そっ、そうか? いや、それでもだな……」
先生がそう言って生徒たちの方に顔を向けると……。
「まぁ、いいんじゃない?」
「無理矢理決められるよりは……」
「決まっちゃったら、その時は運が悪かったって、あきられるし……」
前向きな言葉はあまりないが、どうやら全員「くじ引きならいいか」という流れの様だ。
「そうか。じゃあ、さっそく決めるか。ちょうどここに何も書かれていない白紙もあるしな」
「先生。まさか最初からそのつもりでは……」
あまりにも手際が良すぎる……そう思ったのか、学級委員長は先生の方をチラッと見た。
「ないない! 俺だって出来ればやりたい役があれば自分から言って欲しかったくらいだ」
俺たちの担任の先生は、新任……ではないもののこの学校に来て三年目。しかも、この学校が先生になって初めて来た……という若い先生である。
だからなのか、どことなく先生と生徒……というよりは、どちらかというと近所のお兄さんという感覚がある先生だ。
まぁ、その方が生徒たちも色々と話しやすいから、良いとは思うけど……たまに生徒になめた態度を取られてしまうのが最近の悩みらしい。
適度な距離感……というのは、大人になってもなかなか難しい様だ。いや、大人だからこそ、難しいのか。
「じゃあ、早速。くじを作るからちょっと待っていてくれ……。よしっ、出来た」
そう言って先生は、さらに適当な箱を二つ用意し、これまた適当に切って折った紙を入れた。あまりにも準備が良すぎる。
「先生……やっぱり」
「ないない!」
「いや、今の早さは……」
「ねぇ」
ただあまりにもくじが早く出来てしまったせいで、生徒たちは「やっぱり、先生最初からくじ引きで決める気だったな」と思ったようだ。
「だから、違う!」
まぁ、あれだけ早く出来れば……と俺もそう思ったくらいくじの準備は早かった。
「はぁ。とりあえずサッサと決めていくぞぉ。このままじゃ練習時間がどんどんなくなっていくからな」
先生はそう言いながらため息をつき、黒板にサラサラと劇に出る役名と、小道具などを作る係などを書いていった。
「えー、他に何か必要な係はあるか? 役でもいいぞ」
「先生」
「ん?」
「せっかくなら、男女逆転でやりませんか?」
どこからか聞こえてきた生徒の『鶴の一言』により、なぜか「いいんじゃない?」とか「普通にやるより面白そう」とかそういう話の流れになった。
「……」
俺はここで一瞬焦った。いや、表情には出ていなかったとは思うけど。
しかし、ただでさえ『くじ引き』なんて運任せになっているにも関わらず、もしかしたら主役になるかも知れないなんてその上女装をしないといけないなんて……絶対にイヤだ。
「…………」
でも、くじ引きで決めたからイヤとも言えない。
それが『くじ引き』である。たとえ自分がどれだけ嫌だったとしても『運任せ』という時点でよほどの理由がない限り『拒否』が出来ない。
「じゃあ、男女逆転でやるって事で決まりだな」
そう言って先生は青い色が付いた箱に手を伸ばした。
どうやらどの係も出来る限り男女平等にするつもりだったらしく、片方には男子、もう片方には女子、という風に分けて箱に入れていたようだ。
「…………」
とりあえず、劇に出る役にはなりたくない……と、俺はくじ引きをしている先生に何事もない風にしておきながら、ジーッと先生の方を見ていた。
「……」
まぁ、どうやらそれは俺だけに限った話ではなく、このクラス全員の男子……もちろん、泰成も劇に出たくない人間、その一人だった。
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