第11話


「はぁ……」

「おーい、蒼。ちゃんとしろぉ」


 そう言われながらも、俺はその場で軽く伸びをした。ここは、仮屋先生がよくいる美術室だ。


 どこで作業をしようか迷っていたところに、仮屋先生が「だったら、ここを使えばいいわよ」と言ってくれたのだ。


「はぁ、分かっているけどさ……」

「仕方ないだろ。ちゃんとしないと……女子が怖いぞ」


「だから、分かっているって」

「まぁ、劇の役にならなかっただけよかったじゃないのか?」


「ああ、うん。確かに……それはよかった。よかったんだけど……」

「まぁ、まさかポスターと看板作りの係になるとは思わなかったよな。しかも、蒼と一緒とは」


 泰成はそう言いながら苦笑いをしていた。


「はぁ、なんで二つも作らないといけないのさ」

「そこは仕方ないだろ。劇に必要なんだから」


「それにしたって、劇に出る人多いよね」

「まぁ、人数にしたって劇だけで七人の子人に狩人かりうど女王様に白雪姫。王子様に……って、役だけでも結構な人数が取られているからな。子人役も男女混ぜてなんとか……って感じだからな」


「係には照明と小道具。衣装に……。しかも、劇の台本も書き直すって……本当に時間。足りのかな?」

「脚本の書き直しは仕方ないだろ。ステージの使用時間は決まっているからな。これがシンデレラだったら全員ステージに出ないといけなかったかも知れないけどな」


「……なんでさ」

「おいおい、シンデレラと王子様が出会ったのがどこだったのか忘れたのか? 舞踏会の会場だぞ? そんな場所王子とシンデレラだけの二人っきりなワケがないだろ」


「……それもそうだね」

「それを考えたら、白雪姫はまだいいんじゃないか? それに、白雪姫役も王子様役も、なんだかんだでクラスの中でも特に問題もなく決まったしな」


「そこら辺は上手くいったとは思っている」

「本当に不正とかなかったのか気になるけどな」


 しかし、最初から「くじ引きで決まったのなら仕方ないか」と全員が思っていたから、誰も文句は言わなかった。


 言いたかったかも知れなけど、みんな同じ条件だから言いたくても言えなかったのだろう。


「さて、ポスターは女子が作ってくれるらしいとして……」

「俺たちが看板を作らないとそのポスターの作業が進まない……と」


 女子からは「簡単なので良いから!」とは言われたものの、人前に出すのにそんな適当なモノは作れない。


「まぁ、先にポスターを作ってくれても問題はないと思うんだけどな」

「そこは、ポスターと看板の絵と雰囲気を合わせたいんだってさ」


「確かに、ポスターと看板の雰囲気が全然違ったら『本当に同じ劇か?』って思われそうだな」

「いや、それはよっぽどじゃない? そりゃあ、女子の描いたかわいらしい絵と男子が描いた絵じゃ全然違うとは思うけどさ」


 しかし、出来る限り早く描かなければ、女子が作るポスターを作る時間にも影響を与えてしまう。


「でもさ。だったら、自分たちが先に書いて、俺たちが後でそれに合わせればいいんじゃない?」

「じゃあ聞くが、女子の描いた絵の雰囲気をそのまま看板に表す事が出来ると思うか?」


「……」

「その沈黙が答えだ。完全に俺たちに合わせてくれるとは思わないが、多少なりとも俺たちに合わせてくれるのなら、お言葉に甘えよう」


 泰成は、軽くポンッと俺の背中を叩いた。


「はぁ、分かったよ。でもさぁ……」

「ああ、それは俺も思った。看板って事は『絵』と『文字』の両方を描かないといけないというワケなんだが……。蒼、描けそうか?」


 俺は、目の前に置かれた大きなキャンバスを前に固まった。


「……正直、分からない。色塗りなら……まだ出来ると思うけど」

「そうか」


「悪い。出来ないなら出来ないってちゃんと辞退すべきだった」


「いや、あの状況じゃ何を言ってもダメだっただろう。言ってしまえば『くじ引きで決まったんだから』で全部押し切られる。たとえ事情を知っていたとしても、あの事件があったのは俺たちが小学生くらいの頃の話だからな」

「……」


「それに、言わなかったのは過去の話をしたくなかったから……だろ?」

「……ああ」


 そう、泰成の言うとおりだ。俺は過去の……あの時の話をしたくなかった。だから、何も言わずこの係を引き受けたのだ。


「とは言っても、俺もそんなに絵は上手くないからなぁ……」


 そう言って頭を抱える泰成と俺のところに……。


「あっ、二人とも」


「あっ、先生」

「どうしたんですか?」


 担任の先生が慌てて走ってきた。


「実はさっき係を決めるときに鈴宮名織さんを入れていない事に気がついて……」


「そういえば……」

「そうだったな」


「聞いた話によると、ここ最近の彼女の体調も良くなっているらしいから、この準備期間中に来れるかも知れないって話だったのをすっかり忘れてしまって……あぁ」


 ――いや、聞いていたなら忘れるなよと、言いたいところだけれど、先生自身も反省しているのか、あまりにも先生の落ち込みぶりがヒドイ。


「それで……考えたんだけど。鈴宮を卯野原と早山と同じ一緒の係にしていいか?」

「え」


 先生の言葉に、俺は固まった。


「他の係とか劇の役になると、最初の頃からいないと準備が出来ない。その点を考えると、ポスターとか看板の準備なら少し後になってからでも出来ると思ってな。それに、手伝いもしやすい」

「いっ、いやぁ……」


 ここ最近彼女の体調が良いのは知っている。だから、この文化祭に来たいという話もしていた。


 それに、この準備期間というのも……。


 確かに『お祭りは準備の前が一番楽しい』とすら言われる。だから、それは彼女にとっていい思い出になるだろう。


 ただ、それを一緒に……というのは――。


「……いいんじゃないですか?」

「!」


 そう切り出したのは泰成だ。


「!」


 俺は思わず泰成の方を見た。しかし、泰成はなぜか「任せろ」とでも言いそうな顔で俺の方を見ながら頷いている。


「そうか! よかった。助かる!」

「あの、それは鈴宮が外出する許可が出れば手伝ってもらってもいい……という事でしょうか? もしくは、彼女が病室にいる状態で手伝ってもらう……という事をしても?」


「ん? ああ。鈴宮の体調に問題がなければいいんじゃないか?」

「そうですか。分かりました」


「おう。じゃあ、そういうつもりでよろしく!」


 そうして先生は、何やらうれしそうな顔で美術室を後にした。


「泰成……」

「そういう顔をするな。確かに、人間。誰だっていいところを見せたいって気持ちはある。それに対して、恥ずかしいところは見せたくない。それは、俺だってそうだ」


「じゃあ!」

「でも、考えても見ろ。蒼は絵が描けないし、俺もあまり絵心があるとは思えない。それを考えたら、鈴宮に描いてもらうのが一番いいんじゃないか?」


「……だからさっき先生に聞いたんだ。鈴宮が病室にいる時ででも手伝ってもらって良いかって」

「ああ。それなら、わざわざ学校に来てもらう心配もない。簡単に言えば、鈴宮が簡単に描いたモノを『書き写す』ってだけだ。それなら『絵を描く』じゃなくて『模写もしゃ』って事になる」


 泰成が言いたいのは『絵を描く』というのではなく『模写』という『作業』として考えろ……という事らしい。


「それって、俺に鈴宮が描いたモノをもらって来いって暗に言っているよね?」

「まぁ、それくらいはしてもらわないとな。それに『作業』って考えれば、多少は気持ちが楽になるだろ?」


 そう言われれば……そんな気もする。要するに、コレは俺の『気持ちの問題』のようだ。


「……全く、よくそんな事を思いつくね」

「ははは、長い間友達だからな。友達の名前は伊達じゃないだろ?」


 そう言って、俺たちはどちらから……という事もなく笑いあった。

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