第18話


 ――卯野原うのはらあおいの両親は二人とも『警察官』で、しかも『刑事』だった。


 幼い俺が知っていたのは、ドラマなどで見る『かっこいい』という部分と、色々なところにケガをしている『危険』というがあるという面があるというところだった。


 ただ、それを知ったのは俺が小さい頃、蒼から聞いただけ片手が埋まって両手が埋まりそうになるくらい彼の両親はケガなどで入院をしていたという話からだった。


 でも、それは蒼が生まれるよりも前。彼の姉である香憐かれんさんが子供の時からそうだったらしい。


 そんな両親の姿をずっと見てきたからなのか、香憐さんはいつしか『医者』を志す様になった。


 そして、通学時間を短くするためという事と勉強に集中するためという両方の理由から香憐さんは家を出た。


 ただ、蒼が小学生の頃。香憐さんは家に戻ってくるつもりだったらしいけど、研修先が当時一人暮らしをしていた場所の方が近かったらしく、結局戻ることはなかった。


 彼はその時、かなりショックを受けていた。年の離れた姉だ。口では色々と文句を言いつつも、なんだかんだで仲は良かったのだ。


「そんなある日、蒼は『ある出来事』に巻き込まれた」


 その日は珍しく両親の休みが重なり……いや、両親が蒼の学校が休みの日に合わせてもぎ取った大切な『休日』だった。


 それは、年に一度あるかないか……といった特別な日だ。


 ただ、その日が蒼の誕生日……とかそういった決まりなんてない。それでも、蒼はその日が決まると、天気なんて気にせず喜んで俺に話してきた。


「蒼と両親は、図書館の隣にある公園に来ていた」


 その日はどうやら図書館で演奏会があったらしく、蒼と両親はを見た後。公園でお弁当を食べていたらしい。


「その頃から蒼はよく『青空の絵』を描いていた。その日も、弁当を食べた後は一人でずっとベンチに座りながら絵を描いていたらしい」

「……そうですか」


 この話だけ聞けば、普通の小学生と両親の休日だ。ただ、この話はそれだけで終わらなかった。


 ――問題は『その後』だった。


「ベンチで絵を描いていた蒼は……その後、謎の爆発に巻き込まれた」

「え」


 その爆発したのは蒼が座っていた『ベンチ』にしかけられたモノだった。


「その爆発が起きるちょうど前に、蒼は出来た絵を両親に見えようとそのベンチから離れた」

「……」


「そして、近づいてくる蒼に気がついたご両親も荷物をまとめて蒼に近寄って蒼が出来上がったその絵を見せた瞬間……さっきまで座っていたベンチが爆発した」

「…………」


 あまりの衝撃に蒼のその時の記憶はなかった。


 実際。蒼は本当にいた場所からかなり遠くに飛ばされていたらしい。しかも、一度だけ目を覚ましたのは救急車で運ばれるちょっと前。


 その時、両親の姿はどこにもなく、目を覚ました事に気がついた救急隊の人に両親の事を尋ねたらしい。


「でも、その時は何も言われず、蒼はそのまま病院へと運ばれ、その途中でまた気を失った」


 そして、また目が覚めて伝えられたのが……両親が亡くなったという事だった。


「事件の犯人は、つい最近逮捕された犯人の父親だった」

「それって……」


 その理由は、なんでも「自分の子供が捕まったのに、その捕まえた刑事が子供と幸せそうにしているのが許せなかった」という。


「つまり、その犯人の親は卯野原さんのご両親の事を知っていた……という事ですか?」

「俺もあくまでニュースで見た程度の情報しかないけど、捜査中に何度か話をした事があったらしい。まぁ、どれだけ証拠を見せても『自分の子供がそんな事をする子じゃない!』って言って聞かなかったらしいが」


 しかし、結果的にあの爆発で蒼の両親は亡くなり、他にもそのベンチ近くにいた二人の人が亡くなった。


「そもそものきっかけになった事件は殺人だった。犯人は恋人を殺して、その時の騒ぎを聞いた近くに住んでいた人が警察を呼んで事件が分かった。犯人はすぐに逮捕された」

「じゃあ、犯人は捕まったんですね」


「ああ」

「……」


 そして、この事件の結果。たくさんの人がケガを負った。蒼もケガを負ったけど、それ以上に精神的に深い傷を負った。


「入院中の蒼とは一度も会う事が出来なかった。そりゃあそうだよな。自分の親がいきなり亡くなったんだ。その事実を受け入れろって言われてもなかなか難しい」

「……」


「でも、当時の俺はそれがどれだけ大変な事だったのか分からなかった」


 しかも、問題はそれだけじゃなかった。


 当時の蒼はまだ小学生だった。両親を亡くした蒼は行く場所がない。そこで、親戚が集まった。


 大体、そういった場合は両親の祖父母の元に行く事が多いらしいのだが……。


「全員、病院に入院していたりすでに亡くなってしまったりしていて誰も引き取り手がいなかった」

「じゃっ、じゃあ」


「でも、そこで名乗りを上げたのが蒼の姉である『香憐さん』だった」


 当時は親戚の人たちから色々と言われたらしい。それは香憐さんがまだまだ若かったからである。


 しかし、香憐さんは「いいえ、姉である私が引き取ります」と言い張り、そのまま蒼の手を取って一緒に生活をしていた元弥さんと住んでいた場所へと戻った。


「そして、今も蒼は香憐さんと一緒に住んでいる。まぁ、文句も多少はあるみたいだけどな」

「それは仕方のない話だと思います。でも、嫌っているという感じはしません」


「……ああ、確かに。それに、普通に生活をしていれば、何かしら文句が出てしまうのは仕方のない話だからな」

「はい」


「それで、しばらくして蒼は退院した。久しぶりに見た感じは最後に見た時と同じだった。でも……その中身は全然違った」

「…………」


 それが分かったのは、図工の授業の時だった。


「その授業では『風景画』を描くはずだった。そして、いつもの蒼であれば、普通にキレイな絵を描いていたはずだったんだ。でも、その時の蒼が描いた絵は……」


 ――とても絵とは思えない、全面真っ黒に塗りつぶされたモノだった。


「大丈夫だったのは、見た目だけだった。それでも、本人は『大丈夫』って言っていた。でも、精神的には全然大丈夫じゃなかったんだ」

「…………」


 蒼本人もその絵が描けなくなった理由が『あの日の出来事が原因』だという事はなんとなく分かっていたのだろう。


 そうして、蒼は絵が描けなくなった。


 ただ、事情が事情だった事もあり、小学校の時の先生や中学の時の先生もムリに蒼に絵を描かせる事はなかった。


 でも、本人は何度か絵を描こうと練習をしてはいるものの……結局、今も『絵』というモノは描けていない。


「だから、鈴宮が『シルエット』にしようって言ってくれて助かった」


 そう言ってチラッと見た早山の前には……たくさんの看板が置いてあった。


「あれなら……蒼でも出来るからな」


 シルエットならば『色を塗る』だけでいい。


 しかも、その色を塗る以外の事は鈴宮がやってくれた。その鈴宮の機転のおかげで、看板は無事に完成することが出来た……と、笑った。

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