第17話


「あっ、泰成」

「悪い。遅くなった」


 どうやら急いで来たのか、泰成の息が少し上がっている。


「いや、そこまで待っていない」

「はい」


「それにしても、どうしたんだ? 確か、先に美術室に行ってから合流するはずだったんだろ?」


「ああ、それ。実は……」

「待ってください。それは私が説明します」


 俺が説明をしようとしたところで、鈴宮が割って入った。


「ん? 何かあったのか?」

「いや、そんなに大事おおごとではないけど……ちょっとな」


「ふーん。何やら……大変だったみたいだな」


「まぁ、どこにでもある話だ」

「はい。そう……ですね。ごくごく普通の……子供たちが駄々をこねたというだけの話です」


 そこから鈴宮は一通りさっき俺に話した事を泰成に話した。


「なるほどな。まぁ、それなら仕方がないな」

「相手はまだ小さい子供だから。一緒にいた大人がどうにかしてくれるのなら、その言葉に素直に甘えておこうと思ってね」


 鈴宮の話に、俺たちは二人で「うんうん」とうなずいた。


「それにしても……今日は暑いな」

「ああ、なんというか……熱気がすごいよね」


 前日は雨だったけど、今日はそんな前日の雨がウソだったかの様な晴れ空になっている。


 ただ、昨日の雨の影響からなのか……やけにムシムシしていた。そのせいか今日は気温以上に暑く感じていた。


「なぁ……」

「ん?」


「ここは一つ『じゃんけん』で飲み物を買いに行くヤツ決めないか?」

「……いいね。俺もちょうど同じこと考えていたよ」


「え」


「あっ、鈴宮はじゃんけんに勝ったヤツと一緒に待っていてくれればいいから」

「いっ、いえ。それならわざわざ一人で行かなくてもいいのではないでしょうか?」


「ははは、確かにそうだ。でも、なんていうかなぁ。こういった『簡単な勝負』っていうのをしたくなってしまうんだよなぁ」

「理由なんてない勝負だから面白いって思うんだろうね。それに、とんでもないモノをかけているワケでもないし」


「それは……そうですけど」


「いいんだよ。俺たちが勝手にやっているんだから」

「そうだな。鈴宮はただ『バカな事をやっているなぁ』って思っておけばいい。それくらい意味のない事なんだからな」


 俺たちがそう言うと、鈴宮は小さくため息をつきながら「分かりました」と言った。


「そんじゃ、さっそく……」

「ああ、負けても文句はなしで」


『じゃーんけーん!』


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ふー。相っ変わらず蒼はじゃんけんの最初に『グー』を出すなぁ」

「くせ……なんですか?」


 そういえば、さっきのじゃんけんもあっという間に勝負がついた。それこそ、じゃんけんをするまでが長かった様に感じたくらいだった。


「ん? ああ、蒼は『最初はグー』って出したそのあとは決まってそのまま『グー』を出しちまう。確かに、あれはもはや『くせ』って言ってもいいな」

「お二人は……小さい頃から仲が良かったんですか?」


「仲が良かった……というよりは、なんだかんだ言いつつ『ずっと一緒になっちまった』という表現の方が合っているな」

「ずっと……ですか」


「ああ。クラス替えで違うクラスになったのはこの高校に入学した時の一回だけだったな」

「そういえば、あなたも私と同じクラスだったんですよね? すみません、覚えていなくて」


 申し訳なさから頭を下げると、早山さんは怒ることもなく、むしろ笑顔で片手を左右に振った。


「いやいや、さすがに年に数回しか学校に来ていなかったら、そうなるのも仕方ない。クラスメイトの顔と名前が一致させるのも何回か顔を合わせて覚えるもんだ」

「それでも……」


「それに、女子と男子っていう時点で人によってはあまり接点もない。だから、気にする必要はないし、俺も気にしていない。だからこの話はこれで終わりだ」

「……はい。分かりました。えっと……早山はやま泰成たいせいさん……ですよね?」


 この人の名前は、卯野原さんから聞いていた。これから来るというのに、何も知らないのは失礼だと思ったのだ。


「ああ。それで、蒼とは高校の一年の時以外はクラスも一緒だった。だから、俺たちは『親友』というよりは『腐れ縁』っていう方が正しいのかもな」

「そうなんですか。でも、私にはそんなに長い付き合いの……いえ、そもそも『友達』と呼べる人すらいないので、うらやましいです」


「……」

「あのっ」


「おっ、おお。どうした」

「あなたなら……知っていますか? どうして卯野原さんが絵を描けないのか」


「え」

「仮屋先生から最初にその話を聞いた時、私は『ウソだ』と思いました。だって、私の絵に興味を持ったと聞きました。それはつまり、卯野原さんは『絵』そのものは嫌いではない。嫌いだったら、そもそも興味なんて持つはずがありません。でも、あの時の卯野原さんは……」


 美術室で大きく真っ白なキャンバスを目の前にしていた卯野原うのはらあおいの姿は……何か迷っていたように見えた。でも……その『迷っていたように見えた姿』は本当は――。


「卯野原さんは迷っていたのではなく、何かおびえていたのではないのか……と思ったんです。描くものは決まっている。だから『迷う』必要なんてないんです」


 それに、何度か書いては消してを繰り返した後は……どれも『線』ばかりで『絵』にすらなっていなかった。


「だから……」

「俺なら何か知っているかも知れない……と、思ったワケか」


「……」

「それにしても、おびえている……か。確かにそうかもしれないな」


 鈴宮の言葉に、早山も同意した。その表情は、どことなく悲しく見えた。でも、それはまるで「仕方がない」と言っているようかのようだ。


「教えてもらえませんか? その理由を」

「……本当であれば、蒼本人から言ってもらうのがいいとは思う。でも……鈴宮になら言ってもいいか」


「私……なら、ですか?」

「ああ、鈴宮だからだ」


「それは……どうして?」

「ははは、それは言えないな。蒼の過去を話す代わりにその話は内緒だ」


 出来る事なら、両方知りたいところだ。でも、片方でも教えてもらえる。そのための条件なのなら……仕方がない。


「……分かりました」


 そういうと、早山は小さくため息をつき「じゃあ……」と近くにあった大きな岩に腰掛けるよう私をうながし、自分もその隣に腰掛け、ポツポツと語り始めた。

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