第16話


 ――文化祭当日。


「卯野原さーん」

「ん? あっ、来た」


「はぁはぁ……。すみません、遅くなってしまって」

「ああ、それなら大丈夫。待っていればいつかは来るだろうとは思っていたから」


 俺は、前に病院に行った時に約束していたとおり、学校の正門前で鈴宮を待っていた。


 しかし、約束していた時間になっても鈴宮の姿はなく、どうしようか……と思っていたところに、鈴宮が現れた。


「本当にすみません」

「俺はあまり気にしていないんだけど……。それにしては時間がかかったね」


 鈴宮の性格を考えると、約束を破るような人とは思えない。


 ただ、道路を挟んですぐそこにある病院からここまで来るのに時間がそこまでかかるとも思えない。


 当然、何かしらの理由がありそうだとは思っていた。


「あの。じっ、実は……」


 最初は口ごもっていた鈴宮だったけど、どうやら病院を出て横断歩道を通るまでは子供たち全員仲良く笑顔だったらしい。


「ただ、その横断歩道の信号を待っている間に文化祭ではいくつかグループに分かれて行動するっていう話をしたのですが……」


 その話をしたタイミングはともかく、いくつかのグループを作るというのには、賛成だ。


 正直、病院から来る全員が一緒に一斉に動くには人数が多過ぎる。


「そうしたら、何人かの子供たちが文句を言い始めて……」

「つまり、鈴宮その子たちをなぐさめていて遅くなった……という事かな?」


 俺が尋ねると、鈴宮は申し訳なさそうに「はい」と言った。


 なんとかなだめようとしたものの、子供たちの中には大泣きしてしまった子もいたらしく、横断歩道の近くではちょっとした騒ぎになってしまったようだ。


「私は、看護師さんたちの『先に行けば良いよ』というお言葉に甘えさせてもらったのですが、正直申し訳なかったんです……」

「ああ、それで」


 ――なるほど、どうりで鈴宮一人で来たワケだ。


 てっきり俺は看護師や子供たちと一緒に来るモノだと思っていた。でも、その姿がどこにもなかった。


「でもまぁ、それは仕方ないね。それにしても、なんでそんなに文句が出たんだろう? 別に来たくなかったワケじゃないよね?」

「はい。みんなこの日を楽しみにしていました。でも駄々をこねた理由は多分、一人の看護師さんとみんな一緒に回りたかったから……みたいです」


「ふーん、なるほど」

「いつもはみんな、ほとんどケンカもしない良い子たちなんですけど……」


 これぞ『人気者はつらい』というヤツなのだろうか。それにしたって、泣けばなんでも許されるか……という話ではない。


「さすがに全員が全員一緒に見て回る……という感じには出来ないみたい様です」

「そうだろうね。ただでさえ人が多いっていうのに」


「はい、だからこのまま大声で騒いだり泣いたりが続けば最悪の場合。ここに来る前に全員病院に引き返す事になるみたいです」

「ふーん、連帯責任ってヤツか」


「連帯責任……というよりは、一人が泣き出したらみんな泣き出してしまう事が多いらしいので、それを防ぐためにも……という事らしいです」

「ああ、なるほど。それなら仕方ないだろうね。周りには自分たち以外の人もたくさんいるから」


 そう言って俺は、学校内に広がる光景をもう一度ゆっくりと見た。そこにはたくさんの人たちが出店の列を作っていたり、学校内を出入りしている姿がある。


「はい。それにしても……」

「ん?」


「なんていうか……去年以上にすごい人ですね」

「まぁ、ここまで人が来るっていう状況自体あまりないからね。それにしても……なんて言うか……今年は女子が多いって感じだね」


「それを意識したのか写真を撮ることの出来る場所までありますね」

「ははは、さすが流行も取り入れているとは」


 この学校の文化祭はとにかく『見た目が派手』だ。


 ただ、出店で売られているモノが特別なモノというわけでも、劇などの出し物が特別……というワケではない。


 では何が『派手』なのか……というと――。


 とにかく、その出店の装飾や劇の小道具などなど……つまり、美術科生徒の本気が思う存分発揮されている。


 それはもはや『作品』とも呼べるモノばかりだ。


 だからこそ、その『作品』がたくさんある学校周りは……とても派手な見た目になっている。


 まぁ、その中には鈴宮が言っている様に『撮影スポット』みたいになっている場所もあるけど。


 ただ、作った本人が『撮影スポット』を作ろうとして作ったのか……という事までは正直分からないけど。


「それに、他の学校の生徒も結構いるみたいだね」

「そうですね」


 派手な見た目だからなのか、周りには生徒の保護者だけでなく他の学校の生徒の姿もチラホラと見える。


「でも、確かにこんなところで泣いて騒いだら……」

「……迷惑になってしまいますね」


 いや……迷惑どころか、文化祭の実行委員や生徒会の人たち、もしくは先生たちに別室に連れて行かれてしまうかも知れない。


 さすがにそんな事は避けたいだろうから、鈴宮が言う様にこのまま子供たちが泣き続けていれば、病院にリターンなんて事になる可能性は非常に高いだろう。


「まぁ、子供たちの事は看護師さんに任せようか」

「そうですね」


「じゃあ、早速……」

「あっ、あの……」


 俺は美術室に向かって歩き出そうとしていたけど、なぜか鈴宮に呼び止められた。


「ん?」

「実は結構時間が経ってしまったみたいなんです……」


 見上げると、そこには学校に元々ある時計がある。


「ああ。そう……みたいだね」


 その時計が指している時間は……確かに美術室に寄っているヒマはなさそうだ。それならば、ここで泰成と合流してから一緒に美術室に向かった方が良さそうだ。


「本当にすみません。もっと早く来るべきでした」

「まぁ、それは仕方ないよ。鈴宮は悪くない」


「……ですが」

「とりあえず、先に泰……と。俺の友達と合流しよう」


 俺はふと「そういえば、鈴宮は泰成の事を知らないかも知れない」と思い、すぐに言い直した。


 鈴宮もまだ思うところはあったらしいけど、どうやら切り替えたのか吹っ切れたのか「はい」と返事をした。

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