第14話
「……」
しかし、なぜか鈴宮は目の前に置かれた看板と自分の描いた絵を見比べたまま動かない。
「どうしたの?」
「あの。かっ、仮屋先生から聞きました」
「……何を?」
そう尋ねると、なぜか鈴宮はビクッとさせた。何かおびえさせるような事を言ったのだろうか。それとも、今の言い方の問題か?
「卯野原さんは……絵を描くのに……それ自体に抵抗があるんじゃないか……と」
「……ああ、それか」
確かに、そんな話を昨日はした。ただ、それはあくまで俺個人の問題である。
「あの、それで提案なんですけど」
「ん?」
「この絵を『シルエット』にしたらどうでしょうか?」
「ああ、なるほどね」
「……シルエット?」
仮屋先生は「なるほど、その方法があったか」という感じでうなずいているけど、俺にはこの『シルエット』の意味がそもそも分からない。
とりあえず『シルエット』というくらいなのだから、影を想像させる『黒』を使うのだろうというのは、想像出来るのだけれど。
「つまり、この絵を黒塗りにするって事よ。大まかな『輪郭』をくりぬく……簡単に言うと『クッキーの型抜き』みたいな感じね」
なっ、なるほど。
「でも、確かにその方が良さそうね。コレなら『色塗り』って思えば、卯野原君でも大丈夫そうだし」
そして、仮屋先生は「うんうん」とさらにうなずいた。
「……鈴宮、ごめん。こんなに気をつかってもらって。せっかく絵も描いてくれたというのに」
「ううん、人間。自分だけではどうしようもない事はあるから……気にしないで下さい」
その言葉に、俺はさらに「ありがとう」と感謝した。
「じゃあ、大まかな部分は名織ちゃんが描いて……後は卯野原君が色を塗るって事ね」
「そうですね」
「はい」
大まかな流れが決まったところで、鈴宮は早速看板に下書きを描き始めた。仮屋先生も完成が気になるのか後はジーッと俺たちを見ていた。
「…………」
まぁ、その視線が……逆にやりにくくもあったけど……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふぅ。よし、完成……と」
元々描いてある絵を『書き写す』という事は出来なかったモノの、ただの『色塗り』と思えば、絵を描く事が出来ない俺でも、何とか出来た。
「じゃあ、後はさっき塗って乾いたこの丸い部分に日時と場所。後はタイトルを書けば完成だね」
「はい」
それでも、下書きをしながら色を塗る……というのはなかなか大変だった。
でも、鈴宮がここでも気をつかってくれたおかげで、なんとかこの看板を完成させる事が出来そうなところまで来た。
「とにかく、今日中には乾きそうにないから今日はここまでにした方が良さそうね。時間も遅いし」
「え?」
「ん? あっ、本当だ」
時計に視線を向けた先生にならい、俺と鈴宮も同じ時計を見ると、昨日と同じく六時を過ぎていた。
「ごめん、こんなに遅い時間まで付き合ってもらって」
「いっ、いえ……そんな」
「まぁねぇ。結構時間が遅かったことを知っていながら、何も言わなかった私にも責任はあるし、もちろん。名織ちゃんは私が責任をもって送り届けるわ」
「…………」
いや、そこはちゃんと送ってやってくれ。
そもそも先生がいきなり連れてきたんだけど……って、なんでそんなに腰に手を当てて自信満々な言い方をしているのだろうか。
「あっ、そうだ。今年の文化祭は見に来るの?」
帰る前に片付けたを始めた鈴宮に、仮屋先生は思い出したように尋ねた。
「あっ、はい。そのつもりです」
「ふーん? じゃあ、誰かと一緒に回るの?」
「……」
そう言いつつもなんで、仮屋先生はニヤニヤとした表情で俺の方を見ているのだろうか。
「いっ、いえ。特にだれかと一緒に……とは」
「へぇ、じゃあ病院の人たちと回るの?」
実はこの学校と鈴宮が入院している病院はかなり近い。いや、近いどころか、横断歩道をはさんで目の前にある。
だから、こういった学校行事に病院で入院している子供たちが来ることも少なくない。
まぁ、それだけ近いからこそ、姉さんも今回みたいに鈴宮が外出するのを許可したんだろうとは思う。
「えと……多分、そうなりそうです」
「そっかそっかぁ」
「……なんですか、さっきからこっちの方をチラチラと見て……気色悪いです」
「ええ、そんなにハッキリと言わなくても……。でも、どうせだったら、一緒に見て回ればいいのにって思っただけよぉ?」
「普通、そういう事は口に出さないのでは?」
「だって、卯野原君の場合。ハッキリ言ってあげないと分からないでしょ? それこそ『女子の察して』なんて全然気がつかなさそうだもの」
「……」
否定は出来ない。何か思うことがあるのであれば、やはり口に出して欲しいモノである。
正直、口に出してもらわなければ分からない事ばかりなのだが……そういえば、それで姉さんと元弥さんが最近ケンカしていたように思う。
あれは何がきっかけだったか……。
「ね? 名織ちゃんはどう思う?」
「えっ、あっ……」
なんて、考えている内に話はどんどん進んでいた。
「はぁ、いきなりそんな事を言われても混乱するだけです」
「えー、どうせ適当に時間つぶせばいいやぁ。なんて思っていたんでしょ?」
うっ、するどい。
「せっかくなんだから楽しまないと損じゃない。それに、全く知らない人ってワケじゃないんだし」
「……はぁ、先生はそこまでして俺と鈴宮を一緒に回らせたいんですね」
「そりゃあそうよ。せっかくの『青春』よ? 今のこの時、一瞬一瞬を楽しまないと損じゃない」
「はぁ、そういうモノですか」
「……」
「って、言っているけど。鈴宮はどう?」
このままでは埒が明かない。それならば、もう直接本人に聞いた方がいいだろうと、鈴宮に尋ねた。
「え」
「鈴宮は俺と回りたい?」
正直、ズルいやり方だとは思う。
こう聞かれて「嫌です」とは言いにくいだろう。でも、本当に嫌ならば嫌で断ってくれればいいだけの話だ。それに対して俺の言う言葉なんて「そうか」くらいのモノなのだから。
しかし、鈴宮はなぜか耳を真っ赤にさせながら下をむいたまま、小さく一回だけうなずいた。
コレはつまり「一緒に回りたい」という事なのだろう。
「そっ……そうか。わっ、分かった」
正直、せめて俺の顔を見て答えて欲しかったのだけれど……恥ずかしがりながらもうなずいた鈴宮を見ていた俺自身の顔もだんだん熱くなってきた。
そんな俺の顔も見られたくなかったので、ここはお互い様という事にした方がいいだろう。
ちなみに、先生はそんな俺たちを見ながら「ごちそうさま」とにこやかな笑顔を浮かべながら何やら楽しそうにしていた。
俺はそんな先生に気がつくと「あんたが言い出しっぺなんだけど!」と、そう先生に言ってやりたい気分になったのだった。
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