第13話


『よしっ、悩める子羊のために先生が一肌ぬごうじゃない!』


 そう言われたのが昨日の放課後の話である。


「……よく分からない」


 あの言葉が俺の事を心配して言ってくれたモノなのかどうかすら分からない。そもそもあの先生の事もあまり知らない。


 ただ、仮屋先生の言葉をそのまま受け取れば、俺の看板作りを手伝ってくれるという事になるのだろう。


 しかし、この文化祭は基本的に生徒が中心となって準備などをする。


 先生たちがそれに対して口出しをしてくる事はほとんどない。あるとすれば、それはお金が関わっている時や、テントなどの準備などの何かしら危険がありそうな時くらいだ。


「どうした? いつもすぐに食べ終わるのに、今日は全然じゃないか?」

「ん? ああ」


「何かあったのか?」

「いや、何でもない」


 そもそも昨日あの場にいなかった泰成にはこの話をしていない。


「そうか? それなら……いいが」

「俺の心配よりも自分の心配をした方がいいと思うけど」


「ははは、そんなに心配されるほどじゃないさ」

「……そんなこと言って、倒れるないでよ?」


 今日も泰成は部活の方の準備をしなければいけないらしい。その姿を見ていると、本当に大変そうだ。


「ははは、了解。まぁ、それも今日までだ」

「ふーん、そうなんだ」


 どうやら部活の方は今日で一段落するらしい。それならば、この話は明日になってから説明しても良さそうだろう。


「……」


 何か問題があるとすれば『先生がどんな風に手伝いをしてくれるのか』というところだ。


 さすがに、鈴宮が描いたこの『絵』に対して口出しをしてくることはない……とは思うけど、詳しい話は何も聞いていない。


「ふぅ」


 はてさてどうするのだろう……と思っているうちに時間は過ぎ、あっという間約束の放課後になった。


「え……」


 いつも通り美術室に入った俺は、目の前に現れた黒く長い髪の女性に思わず驚きの声をこぼした。


 なぜなら、彼女は今ここにいるはずがないのだから……。


「……」


 いや、別に「この時間にここに来て」とかそんな約束をしていたわけではない。


 それなのに、昨日とは違い、今日はここにいるはずのない『彼女』がいる。その状況に頭がついていっていない。


「え……と。こっ、こんにちは」


 彼女……鈴宮すずみや名織なおりは彼黙ったまま固まっている俺にどう声をかけていいのか分からないのか、それとも久しぶりに『病院の外で人と話す』ということ自体に緊張しているのか、なぜかあいさつをしてきた。


「えっ、あっ……こっ、こんにち……は? じゃなくて!」


 このまま黙っていてもおかしな『』が生まれると思ってあいさつを返したけど、正直それどころではない。


 どうして、病院で入院しているはずの鈴宮がここにいるのだろうか。


「いえーい、サプラーイズ成功」


 そう言って仮屋先生は、いつから立っていたのか鈴宮の隣にヒョコッとにこやかな笑顔で現れた。


「いや、成功じゃないですよ。どうして鈴宮がこんなところにいるんですか。まさか、病院からさらって……」

「ははは! それはとーっても面白い発想だけど、違うわよ?」


「じゃあ、どうして」

「えと、金木先生の許可を放課後のこの時間だけもらいまして……」


 この状況が全然分かっていない俺は、仮屋先生に尋ねると、鈴宮が視線を下に向けたまま、おずおずとそう答えた。


「姉さんが?」

「……はい」


「いや、それならそれでどうして先生が連れてきているんですか? 担任ならまだ分かりますけど」

「ははは、確かにそうね。ただそれは、卯野原君のお姉さんと何も接点がない場合の話よ?」


「わざわざそう言うって事は……何か姉さんと接点があるんですか?」

「うん、私と彼女は同じ高校で同じクラス。つまり、クラスメイトだったんだよ。しかも、テストではいつも成績を競っていたし」


「え、姉さんと……先生が?」

「!」


「ははは、そんなに驚かなくてもいいじゃない」


「いっ、いや……だって……ですね」

「まぁ、そういうのも無理はないけどね」


 姉さんと同じ高校という事は、この地域では『難関』と言われている高校の出身だと言う事だ。


 しかも、同じクラスという事は……その学校の中でも頭の良い人たちが集められたクラスにいたという事になる。


「…手」


 正直、いつもの先生を見ていると……そんな頭の良い感じは全然しない。


「それに、ほぼ上位を取っていた姉さんが誰かと点数を競っていた……っていうのが正直、信じられなくて……ですね」

「随分素直ね。でもあれ、香憐かれんさんってそういった話をした事なかったの?」


「はっ、はい。俺が知っている姉さんは『点数よりも、どうして間違えたのか』ってところを気にする人で、点数なんて二の次だと思っていた様な人だったので……」


 だから、まさか姉さんが普通の学生と同じようにクラスの誰かとテストの点数を競う……なんて事をしていたとは思いもしなかった。


「ふーん、じゃあこの話は卯野原君にとっては意外だったワケか」


「それは……はい」

「私も意外でした。確かに先生は優しいですけど、人と競うより自分を磨く事の方が重要だと思っている人だと思っていたので」


「そっかそっか。でも、私もあの頃の彼女もどこにでもいる普通の学生だったよ」


 仮屋先生はそう言って当時を思い出したのか、クスッと笑った。


「……それで、先生はどうやってそんな姉さんから許可を取ったんですか」

「いきなり話題を元に戻すのね。もう少しお姉さんの昔話に浸ってもいいでしょうに」


「俺はただこれを完成させたいだけですよ。サッサと終わらせないと、ポスターを作る人たちに迷惑をかける事になるので」

「……なるほど」


 早めに作らなければ、ポスター担当の女性陣に何を言われるか分かったモノじゃない。色々と文句を言われるのはごめんだ。


「まぁ、実は前にこの子が学校で絵を描いていた頃に連絡先を交換していてね。ここ最近、体調が良いからもしかしたら文化祭の準備に参加出来るかもっていう話を聞いていたのよ」


 仮屋先生がそう言いながら鈴宮の方を見た。鈴宮も仮屋先生の視線に気がつき、軽くうなずいた。


 そういえば、そんな話を担任の先生が言っていたような気がする。


「それで、あなたが看板作りに困っていたのを見て、名織ちゃんに手伝ってもらおうと考えたの。あなたたち、同じクラスだし担任に聞いたら同じ係だって言うから」

「それはそうですけど、よく姉さんが許可しましたね」


「そこはちゃんと大丈夫って言えるだけの条件を付けたわよ」

「……なるほど」


 姉さんが「それで大丈夫」と判断したから、鈴宮はここにいるのか。


「さて、これで分かってくれたかしら?」

「……そうですね。分かりました。姉さんが大丈夫と判断したのなら、俺の方からは何もありません」


「じゃあ、卯野原君が自分自身で言ったように時間もないから早速始めましょうか」


 こうして、色々と気になるところはあるものの、時間も惜しいので作業に取りかかることにしたのだった。

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