除け者

 一仕事終えて、八神は山に入ることにした。

 どうせ山に入っても、竜も獣も出てはこないだろう。けれど何度も入っている山とはいえ探れるところは探っておきたいし、そうなると、山が静かなうちに歩き回れるのは格好の機会だ。

 村にいて本当に休まることができるのは、禄一のように家族や家のある者だし。

(――あ)

 遠目に子どもたちを見つけた。

 睦子と寿一、もう一人、駒と思われる少女が、地べたにそのまま座っていた。三人の前には、大きな葉に乗せた泥団子や椎の実が置いてある。ままごとをしているらしい。

(あれ)

 三人の子どもが微笑ましく遊んでいる背後、山への入り口に人影が見えた。

 木の陰から、そっと三人の様子をうかがっている。

 昨日、竜追いたちに難癖をつけてきた男の娘だ。

 少女は何度もひょこひょこと頭を出して、そのうち意を決したように三人の前に飛び出した。思いきるように三人に何かを告げる。子どもたちは露骨に嫌な顔をしたと思ったが、突然、睦子が吹っ切るように笑って、少女を葉で作った皿の前に座らせた。

(一緒に遊んだり、するんだろうか)

 竜追いたちはあの親子を好ましく思っていない。禄一もだ。親が厭うものは、子も遠ざけやすい。

 だけど、もしかしたら。

 睦子が泥団子を手に取った。子どもたちがままごとの、どの役割を振りあてているのかはわからないが、睦子が少女をもてなしているかのようにも見えた。年の近そうな子ども同士だ、楽しく遊ぶかもしれない。

 次の瞬間。

 睦子が少女の顔面に、泥団子を押し付けた。泥団子を無理やり食べさせるかのように、口元に思いっきり擦り付ける。

 頭を振って逃れた少女は、子兎のように飛び跳ねて、山の中に逃げて行った。

 思わず八神は飛び出す。

「あれ、どうしたの八神のおじちゃん」

 睦子はきょとんとした顔で八神を見上げた。慌てる様子もない。

 八神は黙って、そのまま山へと入って行った。


 すばしっこく逃げて行った少女は、それでも山の入り口に近い木陰で見つかった。体力は残っていたとしても、気力の方がもたなかったのだろう。木陰にしゃがみこんで、背中を震わせて泣いていた。

「おい」

 声をかけると、びくりと肩が跳ねた。

 子どもの扱いに慣れているわけではないから、優しい声の掛け方なんて知らない。多少、睦子や寿一の相手をしているうちに慣れたと思っていたが、多分あれは八神の無愛想に子供たちの方が慣れたのだ。

「大丈夫か」

 少女の傍に膝をつくと、怯えながらも顔を上げた。涙と泥で顔をぐしゃぐしゃにして、鼻水をすすりあげる。口周りが黒くなった姿は狸か柴の子犬のような愛嬌があったが、あまりにも哀れだった。

「こっち向け」

 少女は警戒するように体を引いたが、八神は着物の袖で口元を拭ってやる。子どもの扱いが下手ゆえに、乱暴な仕草になった自覚はあったが、とりあえず泥は落ちた。

「口に泥、入ってたら吐け」

 腰の竹筒を渡す。少女はそれこそ子犬のように鼻を鳴らして中身の匂いを嗅いでいたが、すぐに口に水を含んで口をゆすいだ。水を吐き出して濡れた口周りを、もう一度拭ってやった。

「親父さんは?」

 尋ねると、少女は小さな声で答えた。

「お父さんは、村の子たちと遊ぶなって言うから。こっそり、出てきた」

 八神は眉をひそめる。

「でも、みんな遊んでくれない。意地悪するの。竜を殺しちゃ駄目って言うのは、村の人たち怒るから」

 子どもも、大人も、村の人はみんな。

「石を投げるの。悪口言うの」

 そう言って、少女は着物の裾を握りしめた。

「つらいな」

 それは、つらいことだ。

 自分は悪くないのに。

 親のせいで。それぞれの道理のせいで。

 誰が決めた道かは、知らないのに。

「お前、名前は」

「……イサナ」

 ようやく八神の目を見て、イサナは言った。

 八神は懐の包みを探る。

「食うか?」

 団子じゃないけど、と言って包みを開いた。干し杏を取り出してよこすと、イサナはそれも匂いを嗅いだ。恐る恐る一口かじったかと思うと、目を輝かせて残りも夢中で食べ始める。

「うまいか」

「……おじさんは、なんで優しくしてくれるの?」

 その問いが、今までイサナがいかに他者から傷つけられてきたかを語るようだった。

 この幼い少女に、何の罪もあろうはずもないのに。

「俺も、イサナみたいだったからだ」

 

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