第11話 冒険者への準備1

   *   *   *


 ルビィと馴染み達が押し寄せてきた騒動の後、僕らは既にネイが作ってくれた魚の春野菜巻きを食べ終えていた。


 さきほどの騒動の騒がしさとは対照的に、家の中は静かだった。


「何してるの?」


 背後からネイの声がした。冒険者向けの装備品を準備しようと僕が物色しているのは、父さんが残した様々な装備品やがらくたが入ったチェストだ。そのチェストの上に置いてあった僕の仮の寝具は脇に避けてある。


「父さんが残した武具の中から使える物を探してるのさ。そして何か不足している物がないかもチェックしているのさ。足りないものは買い揃えなければならないし」

「ふ~ん。

 ねぇロック、専門家にアドバイスを受ける気はない?」

「でも、ネイってこの手の専門家じゃないだろ?」


 僕は箱をまさぐるのを止めずに言った。


「何言ってるのあんた、専門家は私じゃないわよ」


 僕が振り返ると左腕だけでゼロを抱きかかえたネイが居た。ネイはにこにこしながら右手の人差し指でゼロを指している。


「とりあえず代わりなさいよ」


 ネイはゼロと意識を入れ変えろと言ってきた。


 ゼロに装備を選ばせるという訳か。


「あぁ、なるほどね」


 僕はネイに近づき、ゼロと視線を合わせ意識を集中した。僕の視界が暗転し、視界が元に戻ると、チェストの前に居る僕が見えた。


「にゃ」


 代わったよという合図のつもりで、一声を発した。


「ねぇ、ゼロ。聞いてたでしょ。

 使えそうなものを選んであげて。あと、足りないものは教えて。絶対に必要なものとか、あれば良いものとか」


 ロックゼロにネイは言った。


「あぁ、分かった」


 ロックゼロは物色作業にとりかかった。ネイはダイニングのいつもの椅子に戻り腰かけた。抱いたままのゼロぼくを開放する気は無いらしく、あごの下を優しく掻いてくれている。


 ゴロゴロと喉を鳴らしたくなる気分になるな、これは……。


「あ、そうそう」


 ネイが思い出したようにロックゼロに話しかけた。


「選ぶのは、普段ロックが使うものと、いざというときにロックに代わったゼロが使うものよ。ちょうど今の状態のゼロが使うことも考えておいてね。二人が使い分けても良いし、同じものを使ってもいいと思うけど、そこはお任せするわ。

 ロックがクエストに行くときにはゼロが必ず随行するんだから」


 え! そうなの?


 ゼロぼくはネイの顔を見上げて疑問の目を向けた。


「あら、不満? 別にいいじゃない。ほっといても一緒に来てくれる猫は役立つでしょ? いざ能力を使おうって時に猫を探し始めるのも大変だしね。あと、ゼロはいざというときに役立つわよ~。

 でもね、いつまでもゼロに依存しない様に気を付けてね。いずれはゼロは元の人間に戻るのだから、交代できなくなるわよ。それまでに、ちゃんと自分を磨き上げておくのよ。分かった?」


 ネイはゼロぼくの頭をなでながらそう言った。


「革鎧は一通りそろっているな。仕立て直しとちょっとした補強は必要だが、これは使える」


 その革鎧を含め、防具類を着込んがゼロが言った。そして、短剣を両手に持ち素振りをして見せる。刃先が何度も空を切る音が部屋に響いた。


 な、なんなんだ、その速さ!


 僕のそれとはまったく異なっていた。ゼロが僕の身体を使うとこんなに速い動きができるのか。


「あははっ。

 ほら、あれがいざと言うときの切り札」


 ネイが満足気に言った。


 こ、これは……。


 漆黒のカナテに僕の体を預ければかなり有利に戦えるぞ。いやいや、それはいざというときだけにすべきだ。もっと自分自身の力で強くならなきゃ。使っているのは同じ僕の身体なのだから、きっと僕もあんな風に動かせるに違いない! ……多分。


「この体なら、これよりも長い武器でもいいな」


 素振りを止めたロックゼロが、短剣に刃こぼれが無いかを確認しながら言った。


 それよりも長い武器は父さん長剣ぐらいしかない。その考えを聞いたかの様にロックゼロはチェストからその長剣を引っ張り出した。


「だが、これは長すぎて重すぎる。この体はまだ仕上がっていないから駄目だ」


 両手でその長剣を中段に構え、剣先だけをゆっくり振っているロックゼロ


「あなたが私を襲ってきたとき、重装備ではなく軽装備だったわよね?」


 何!? 襲ってきたときだと?


 ネイを見上げてみたけれど、無視された。


「ゼロは軽装備の方が良いの?」

「ああ、俺は攻撃を受ける型ではなく避ける型だ。攻撃も力任せに叩き崩す型ではなく、急所や隙間を狙ったり手数を稼いたりする型だからな」

「ロックもその型になるのかしら?」

「今の身体は、そういう風に仕上げているぞ。俺が鍛えてるんだ、そっちの方が効率が良いしな」


 僕の知らないうちに、僕の体は改造されていた。


 ありがたい限りではあるが一言欲しかった気もする。


「じゃあ、非常時のゼロモードの時も、常時のロックモードのときも軽装備で良いってことね」


 僕の身体にゼロの意識が入っている状態を『ゼロモード』、僕の身体に僕の意識が入っている状態を『ロックモード』と言い表しているネイ。


「ああ」


 ロックゼロのその返事の後、ネイは顎の下に人差し指を当て暫く考えこう言った。


「クエストではジェイス団の重装備のメンバーに前衛を任せておけば良いんでしょうね。ジェイス団も最初っから討伐クエスト未経験者をあてにするはずもないし、一年もクエストをこなしているんだったら前衛役はすでに居るでしょうしね。だとしたら、未経験者のロックには抜けても痛手にならない様なポジションが割り当てられるのでしょう。まず考えられるのは後衛の防衛かしらね。そしてそれに余裕があるんだったら、前衛のフォローに回す感じかしら。とすると、全体視野を確保することと、移動力を重視とすること、そして一定以上の打撃力を持つこと。こう言ったことが装備の指針かしらね。

 繰り返しになっちゃったけど、結局軽装備のスピード型に落ち着くのね。どう思う、ゼロ?」


 まるで冒険者のクエストに行ったり、冒険団カンパニーとして活動したことがあるかの様に語るネイ。


「まぁ、そんなところだ。チーム内の役割りは状況に応じて考えるだろう。それに、無理に自分に合わない装備をする必要も無い」

「いずれにせよ、主武器が無いので明日はそれを調達する必要があるわ。ところで、ゼロは双剣が良いんでしょ?」

「ああ」


 必要な小物もロックゼロの手によって箱の外に並べられている。僕が話す余地なく、僕の装備の方向性が決まってしまった。


「他に何か足りないものはあるかしら?」

「うむ。特に無いな」

「そう。じゃあ、もう戻ってもいいわよ」


 ネイはゼロぼくを両手で持ち上げ、ロックゼロに向けた。僕はロックゼロと視線を合わせ、意識を集中した。


「戻ったよ」


 ネイはゼロをテーブルの上に戻し、頭をシャカシャカと撫でた。


「どうかしら、専門家の意見は?」

「反論の余地は無いよ」

「反論できる様に経験を積むことね。

 それからロック。一つ言っておくことがあるのだけれど良いかしら?」

「なんだい?」

「ゼロとの連携の話よ。人間と猫は意思疎通が難しいでしょ? 人間が猫に話しかけることはできるでしょうけど、隠密行動のときには声を出せないときもあるわ。だから、大事なことは、ジェスチャーで伝えられるようにしておいてね。例えば、猫側から言葉で伝えたいことがあるから代わってくれとか、二十メートル以上離れずについてこいとか、二十メートル以上はなれて強制解除せよとか、止まれ警戒せよとか、警戒解除とかね」

「確かにそうだ。ゼロと一緒に考えておくよ」

「にゃ」


 僕のその言葉とゼロの返事に、ネイは満足げにうなずいた。






◇ ◇ ◇ 付 録 ◇ ◇ ◇


ロック:「代われの合図はどうする? よし代わろう」

ロックゼロ:「ロックが決めてくれ。よし代わろう」

ロック:「猫側はジェスチャーの種類が乏しいよな。よし代わろう」

ロックゼロ:「ロック、すまないがちゃんと話をまとめてから代わってくれないか。よし代わろう」

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