第12話 冒険者への準備2
「ところでロック。どうして冒険者になるのか尋ねても良い?」
「ネイが前に言ってただろ?」
「あははっ。大陸を制覇するってことかしら?」
「はは……。そうじゃ無いよ。前にも言ったろ? 僕は誰かの役に立って褒められたいのさ。まずはルビィからだな。これは自己満足的な下らない動機かも知れないけど、それが僕の本質なんだと思うよ」
「下らないなんてことは無いわ。動機ってのは人それぞれで他人がとやかく言うことは出来ないわよ」
深く何度もうなずきながらネイが言った。
「それにさ、ネイの役に立つかも知れないとも思ったんだ。ネイは色んな事を知ってるけど、喧嘩や物騒なことは苦手そうだし。だから冒険者になるってことは、ネイを守ったりちょっと危険なところに行って調査を手伝いすることが出来る様になると思うんだ」
「……本当にそう思ってるの?」
少し疑う様な眼差しを向けてくるネイ。
「あれ? ネイが言ったんだろ? 私の為になれって」
ネイはちょっと驚いた様子を見せた後、品定めをするかの様に僕をじっと見つめていた。
「……ありがとう」
「どういたしまして。まぁ、まだ成果はゼロだけどね」
「そうね」
そしてつと、ネイは自分のベッドの方に歩いて行った。そしていつもベッドの横に置いてある、例の『誰か私をお宅に住まわせてください』の箱を鼻歌交じりにまさぐった。その文字が書かれた張り紙は、まだ取り除かずにそのまま張ってある。まるでネイがここに居候することを約束した契約書であるかの様だ。
ネイはそこから何かを取り出した。それは奇妙な形の短剣だった。
あれ? あの箱にあんな短剣が入ってたっけ? 他の書類やアイテムなどで隠れてたのかな?
ネイがそれをテーブルの方に持ってきた。それをテーブルの上置くときゴトリと重厚な音がした。ゼロが興味深そうにそれに見入っている。
その短剣は刀身は肉厚で片刃、先端の一部が両刃になっている。短剣と言うよりは短刀である。そしてその形状が特徴的だった。刀身からまっすぐ
「
ネイが神妙に言った。
「私が研究していてた
今度は、半分ふざけているともとれる口調で言ったネイ。
「あ、
一般の人間なら、
「まぁ、私に言わせれば、こんなもの欠陥品にも程があるわ。だから気にしないで受け取って。
そうそう、ロック。ちょっと手を出して」
ネイは、呆然とブラッドサッカーを見ている僕の手を勝手に掴んだ。
「ふふ~ん。ちょっと、おまじない」
ネイは鼻歌交じりに、僕の手を刀身の根本付近に持って行った。そしてその手をブラッドサッカーの刀身に押し当てた。
「痛っ!!」
針状のものが刀身から出っ張っていたのだろうか、手の平に痛みが走った。
「はい、これで登録は完了よ。
これでこいつは、あんたの言う事しか聞かないわ」
手の平から、ほんの少し血がにじんでいた。刀身を改めてよく見たが、針状のものが出ている様子はない。すると、全体的に黒かった刀身の意匠の背景部分がゆっくりと濃い赤色に染まっていった。そしてブラッドサッカーは、赤と黒の禍々しくも美しいコントラストに仕上がっていた。
「なんだこれ? 生きてるのか?」
「生きてないわよ。普通の
「
「あら、そう?」
僕は
「そんなことよりもロック、それを持って玄関の方に腕を伸ばしてみてくれる?」
僕は言われるままにブラッドサッカーを右手に持った。ネイは、ブラッドサッカーを握っている僕の手を自分の手で固く握り、伸ばした右腕を身体と腕でぎゅっと抱きしめた。というより動かない様に抑えている様だ。ネイの胸が腕に押し付けられている。これは意識せずにはいられないが、そんなことを無視してネイは言う。
「『装填』『放て』って言って」
右腕の感触に意識を持っていかれてしまっていた僕は、突然の要求に変な感じで反応してしまった。
「あ、ふぁい。
装填。放て」
刀身から思いもよらない強い力が僕の腕に伝わってきた。そして玄関扉は、さらに思いもよらないことになっていた。木材が粉砕される轟音と共に吹き飛んだのだ。
「うわえ?!」
変な声が出た。そして僕は驚きで固まっていた。ネイもちょっと意外そうな顔をして呆然としている。何か考えている様にも見えた。ドアが吹き飛んだ轟音のあとの静けさが、やけに長く感じられる。
僕は、血の気が引いた感じがした。
「まぁ、そういう事よ」
もう僕の右腕を抑えていなくても良いことを思い出したかの様に、ネイはそっと離れた。
「いや、何が『そういう事』だよ。何だこの短刀?」
僕の問いを無視して説明するネイ。
「ちなみに、『放て』の代わりに『
さらに説明を続けるネイ。
「『装填』をした後じゃないと、『放て』も『穿て』も効かないわ。あと、これが一番大事なんだけど、『装填』には代償が必要なの。まぁ、当然よね。その代償は、その短刀の名前で想像できるかもしれないけど、使い手の血を吸い取っちゃうのよ。困りものね~。この機能を使わないことに越したことはないけれど、一日一回のご利用がお勧めよ。計画的にね。二回のご利用は身体の限界に近いわ。三回使うと確実に貧血で倒れるわね。短刀としては普通に使えるわよ。むしろその辺の剣よりも頑丈よ。
そうそう、血の気が多くてどうしても眠れないモンモンとした夜には、一発空撃ちするのも有りかもね」
ネイは例の解説ポーズで説明しながら、最後にはウィンクで締めた。
「あ、ありがとうネイ。計画的に使うよ」
こんなぶっとんだ機能を誰かに知られたら、良からぬことを考えるヤカラがわんさか寄ってくるな。この機能は、絶対に誰にも見せない様にしなくては。
「今日のところはこれでお終い。明日は防具の仕立て直しや、剣の仕入れもあるから街に買い出し行くんでしょ? 私も一緒に行くわ」
そう言ってネイは自分のベッドの方に歩いて行った。そして僕のことは全く気にせずにブーツを脱ぎ、下着姿になってベッドにもぐりこんだ。あの行動に慣れてきた訳ではない。ただそれを上回る衝撃が先ほど起こったので、僕はそれをぼうっと見ていた。
「じゃあ、私は寝るわね。おやすみ、ロック」
「……あぁ、おやすみ」
そう言って暫く後、僕は置かれた状況を確認した。
装備品を収納していた開きっぱなしのチェスト。その中から取り出した装備品の数々。就寝するまでに、散らかっている物の片づけとベッド作りが必要だった。さらに、馬鹿みたいに口を開きっぱなしにしている玄関がそこにあった。
「……誰が玄関を破壊したんだよ。まったく物騒な奴だ」
大口を開けた玄関の向こうの闇の中には、こちらの様子を興味深げに伺っている近所の白猫が居た。
◇ ◇ ◇ 付 録 ◇ ◇ ◇
ロック:「どうしても眠れないモンモンとした夜って何のことだろな」
ゼロ:「……」
ロック:「少なくとも今日は玄関扉を直すまでは眠れないな。空打ちを一発したけどさ」
ゼロ:「……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます