第10話 ロックの決意 ~ネイ~

   *   *   *


 ――ロックが筋肉痛から回復して数日後のことである。


 私は狭いダイニングテーブルの椅子に座って一人で本を読んでいた。ロックは今日も、小荷物を届ける様な簡単なクエストに出かけている。テーブルの上ではゼロがまどろんでいた。


 突然、玄関の扉が開いた。


「よぅ。ロック、あのさ~」


 私は読んでいた本から目を上げた。そこには癖のある赤髪をさっぱり短めに切った少年が玄関口にいた。歳も背丈もロックと同じくらいだ。普段着ではあるが剣を帯びており、あからさまに冒険者という雰囲気を漂わせている。そんな彼が私を見て驚いた様子で固まっていたが、すぐに声をかけてきた。


「こんにちわ、お姉さん。ここ、ロックの家だよね?」


 あら、ロックの友達? ちゃんと挨拶をしてから話し出すなんて感じの良い子ね。


「こんにちわ。確かにロックのお家よ。あなたは?」

「いや~。驚いた~。

 鍵が開いていたからロックが居ると思ってたんだけど、代わりにすっげぇ綺麗なお姉さんが居るんだもん」


 その少年は、体全体で誇張気味に驚いたってことを表現している。


「あ、俺はルビィって言います。ロックの幼馴染みです。ところで、お姉さんは?」


 無邪気ってのを全身からにじみ出させている様な少年ね。


「ありがとう、お上手ね。ネイよ。よろしく。

 ロックの母方の遠い親戚よ。訳あってこの街に出てくることになったんだけど、信頼できる知り合いも居ないからロックの家にお世話になってるの」

「へぇ、ロックのやつ、羨ましいぜ。

 それで? 当のロックはどこに行ってるんだい?」


 きょろきょろしながら聞いてくるルビィ。


「今は仕事に行っているわ」

「あぁ、あれだろ? 雑用。

 あいつ、もっと良い仕事できるハズだけどな~」


 ルビィは思ったことをストレートに言った。


 私もそう思うのだけれども。


「そうかもね。でも、ロックが選んでるのだし、それ以上は口出しできないわ」


 それに種は撒いてあるわ。後は待つだけ……。


「う~ん……」


 ルビィは何やら暫く考えていた。


「ところでさぁ、ネイ。彼氏とか居るの?」


 ロックのことには興味が無くなった様子のルビィは、話題の矛先を向けてきた。


 ルビィはあまり言葉を選ばずに発してしまうタイプの人間らしい。しかし不思議なほど憎くたらしさを感じさせない。小さい子供をそのまま大きくした様な感じだった。純真無垢という言葉が相応だ。


 そうだ! ルビィをからかったら面白いかも知れない。ふふふ。そう、これは実験よ、実験。私にとって大切な事なのよ。


「あははっ、居るわよっ。

 そうね、ルビィが知っている人」

「ええ、マジ? 誰だ、そんな羨ましいヤツは?

 俺が知っているヤツか~。う~ん」


 必死に考えているけど、なかなか思いつかないルビィ。


「私はルビィのことを、今日初めて知ったわ。それがヒントよ」


 暫く考えるルビィ。


 そして、分かったという喜びと同時に、がっくりとした様子になったルビィ。


「えっ?! マジのマジで!?

 嘘だろ~!!

 ロックに彼女が……、それもすっげぇ綺麗だし、そんなことあるかよ……」


 などとブツブツ言いながら踵を返し、今にも立ち去ろうとするルビィ。


「あ、お邪魔しました」


 お別れの挨拶をすることを思い出し、振り返って丁寧にお辞儀をしたルビィ。そしてブツブツ言いながら出て行った。


 テーブルの上に陣取っているゼロは、ずっと興味無さそうに丸くなっていたままだった。


 そういえばルビィは何をしに来たのかしら? ロックに言う事があったんじゃない?


 ……まぁ、いいわ。そろそろ夕食の仕込みでもしましょう。


「今日は新鮮な魚が手に入ったから、魚の春野菜巻きにでもしようと思ってたのよね。ゼロは魚好きでしょ?」

「にゃ」


 顔をこちらに向け、尻尾をゆっくり振りながら同意する様にゼロが応えた。


   *   *   *


「ただいま、ネイ」


 ルビィが出て行ってから数時間経った頃、配達クエストを終えてきたロックが帰ってきた。


「お帰り、ロック」


 ロックは家に入ってきて先ず、護身用の短剣やポーチの付いたベルトなどを外している。


「今日のクエストはどうだった?」

「いつも通り、平凡だった。

 ねぇ、ネイ。……ちょっと話があるんだ」


 普段より真面目な口調のロック。怒っているとも悩んでいるとも感じられる表情だ。


「なぁに、真面目な顔して」

「今日、幼馴染みのルビィに会ってさ」


 あらぁ、ルビィをからかったことが面白いことになってるみたいね。


「僕、冒険者になるって決めた」

「え?」


 このタイミングでとは、完全に虚をつかれた。


 しかし良い方向に向かっているわね。しめしめ。


「ルビィに誘われたんだ。いや、それだけが理由では無いんだ。以前、ネイも言ってたろ? 自分が本当は何を望んでいるのかをよく考えろって」

「ええ。言ったわね」

「もっと沢山の人に役に立つことをしたいと思ったんだ。だから、ルビィの誘いに乗ることにした」


 ずっとどうすべきかちゃんと考えていた様だ。自ら決断したことだし都合が良いわね。


「なるほど。そういう事ね。

 あんたがそう決めたのなら、そうしなさい。前に言ったけど、私はあんたを助けるわよ」

「ありがとう」

「それで? そのルビィの誘いっていうのは、具体的にどういうことなの?」

「ルビィはジェイス団って言う小さな冒険団カンパニーの団員なんだ。団長のジェイスは、僕の三つ年上のいわゆるガキ大将だったんだ。アイツらは昔から冒険者になりたがってて、一年くらい前から冒険団カンパニーを作って妖魔討伐などのクエストを受けているんだ。僕が警備隊の入隊テストに落ちたことや、今の僕の仕事ぶりを聞きつけて、入団しないかって誘ってくれたんだよ」

「へぇ、いい友達ね」


 うふふふふ、実に良いわね。動機もしっかりしている。


「ああ。でも、まずは仮入団なんだ」

「いずれにせよ、あんたのことを気にかけてくれてたんでしょ。警備隊を狙ってたぐらいだから冒険者にでもなればと誘ってくれたってわけね」

「そうなんだ。だから僕はアイツらも助けたい。アイツらの役に立ってサンキューって言われたい。結局僕は、誰かに感謝されることに喜びを感じるんだと思うんだ」


 良いわ、その調子よロック。


「なるほどねぇ。

 自分の本当の欲求が何であるかを理解して、それに逆らわずに満たしていくための道を見つけたって訳ね。良いんじゃない?」


 ロックを初めて見た時の私の見立ては、間違いじゃなかった。今まで読んだ本には書いていなかったけど、直感に頼ってみたことが成功した訳だ。


 ロックは良い寄生主、いやいや、相棒になってくれそうだわ。


「ところでさ、ネイ」


 テーブルの上に陣取って丸くなっていたゼロの耳がピクピクっと動いた。その後ゆっくりゼロは玄関の方に顔を向けた。


「なぁに?」

「僕に何か言うことは無い?」

「えっと、今日の夕食のメニューは、魚の春野菜巻きってことかしら?」

「そうじゃ無いよね。そうじゃ」

「あははっ。何かしら?」


 きっと、ルビィのことね。ここはとぼけておこう。


「今日、ルビィが此処に来たよね?」

「ええ、来たわね」


 突然、ドアをたたく音がした。


「お~い。ロック~。居るんだろ?」


 ルビィの声が聞こえた。外が何やら騒がしい。


 ロックは冷ややかな目で私を見てから、玄関に向かった。ロックが玄関のドアを開けると、そこにルビィが居た。


「お、居た居た。ほら、みんな見てみろよ」


 ルビィは後ろを振り向き手招きをした。彼の後ろに控えていたのであろう数人の少年達が玄関に押し寄せ、ところ狭しと押し合いし合いしながら、こちらをのぞき込んで来た。


「おぉ、本当だ!!」「まじかよ!」「ロックのくせに、生意気だ!」「綺麗だ……」


 などという声が家に響く。ロックは呆れと、嘆きと、怒りと、誇らしさをゴチャゴチャに混ぜ合わせた様な表情でこう言った。


「これ、どうすんだよ。ネイが変な事を言ったからだぞ」


 こうなったら何と言っても収拾が付かないだろう。


 ここは一つ秘技を披露するしかなさそうね。


 私はすっと椅子から立ち上がり、真剣な顔をして一歩分だけ皆の方へ寄った。その圧に押されるかの様に僅かに下がる少年たち。


「皆様こんばんわ。ロックの妻です」


 しばしの沈黙。


「「「え~!!!」」」


 そこにいたロックを含めた全員が一斉に声を上げた。


 そしてこのタイミングで、どんな男も一瞬にして黙らせ、自分に向けられたあらゆる罪を免罪するという必殺技を披露して見せるのだ!


 自分で自分の頭を軽く殴るような仕草をし、もう一方の手は腰に当て体を捻った。そして表情は最高の笑顔にウィンク。


 秘儀――


「なんちゃって、てへっ」


 舌をペロッと口の端からのぞかせる。


 ……その場は凍り付き完全な静寂が支配したが、私の思惑とは少しズレている気がした。


 あれ? 『セトの嫁入り』の四巻に書いてあった秘技の筈なのに……。






◇ ◇ ◇ 付 録 ◇ ◇ ◇


ネイ:「あんた、友達いたのね。意外だわ」

ロック:「そりゃいるさ。僕を一体何だと思ってたんだい?」

ネイ:「いじけ虫?」

ロック:「……」

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