第9話 ネイが語る神話

   *   *   *


「あんた、寝てるだけじゃ、暇でしょ?」


 朝食の後片付けを済ませたネイが、僕の即席ベッドの傍らに持ってきた椅子に座った。僕は全身筋肉痛で体が動かせないまま、そのベッドに横たわってる。そして僕は、ネイが朝ごはんを一口ずつスプーンで食べさせてくれたことを思い出している最中なのだ。


 あれはあれで良かった。ネイが『あ~ん』って言ってさ。


「ロック、聞いてる?」


 ネイに腕を突かれた。


「っ痛!」

「暇なんでしょ?」

「う? ああ」


 僕は甘美な回想から引き戻された。


「子守歌、じゃないけど、昔話をしてあげるわ。

 この世界は創造神が中心となって七柱の神が創ったと言われているわ。その神々を原初七柱神と呼ぶの」

「ちょっと待って。ネイの過去の話でも聞かせてくれるのかと思ったよ。神話を聞かせてくれるとは、なんとも壮大な昔話だね」

「まぁ、黙って聞きなさい。

 創造神、維持神、破壊神、戦闘神、知識神、豊穣神、商売神がその原初七柱神。彼らはこの世界の理を設定し、海と大地を作り、太陽を照らし、雨を降らせ、様々な生命を創造したらしいの。植物や動物、人間や賢人族エルフ鬼人族ラセツなどの人類、そして魔物や妖魔でさえも神の御業で創造されたらしいわ。世界が創造された直後は、知識ある生命たちはそれぞれ隔離された大地に住まい、各地で繁栄したそうよ。楽園と呼ばれた世界がそこにはあった。

 ただし、その楽園も永遠に続くものではなかったの。神々が維持神派と破壊神派に分かれて壮絶な争いが行われたらしいわ。彼ら神も完全な存在ではなかったらしく、互いに多かれ少なかれ利害関係があったみたいね。『楽園はそのまま保持しておくべきだ』という維持神派。『彼らの成長のためにも隔離はなくすべきだ』という破壊神派。大きく二つの陣営に分かれた彼らは直接争い、あるいは知識ある生命を巻き込んで争ったの。山は割れ、海は裂け、大地は涸れ、空は落ち、全ての生物の数が激減したそうよ。まったく呆れたもんよね。七柱神全員が破壊神にでもなったのかしら。

 我に返った神々は争いを止め、互いに他の神に直接関与することも止めたの。さらにこの大地に彼らが直接関与すると影響が大き過ぎるので、それも止めたと言われているわ。そして原初七柱神は知識ある生命の前から姿を消した。たとえ我々が呼び掛けても姿を現すことは無くなったらしいわ。我々の神への祈願は、魔法という形でその恩恵を現すに留める様になったとも言われているの。

 そしてその神々の争いの後、長い長い時間をかけて私達人類を含めた生命は復興してきた。ただ、楽園時代に存在してた種族間の境界がなくなっちゃったから、種族間の争いは絶えなかったのだけれども。さらに、同種族内での争いも絶えなかったわ。特に寿命が短かったり繁殖力が高かったりする種族はね。そしてその中でも好奇心旺盛な人間は、繁殖力も環境適応能力も知能も高いのでその活動範囲を広げていった。


 そして今に至るってわけ。おしまい。


 こういう話は本当なのかしらね? 誰かが作ったのかも知れないし……。ある歴史学者は、人間が後からこじつけた物語だと言ってるわ。またある探検家は、その証拠となる遺跡を見つけたとも言っているの。私はこういった話を、昔の書籍や碑文の写しで見たことがあるだけであって、直接見聞きした訳では無いのだけれどもね。

 そういう謎を解いてみたいというのも、私の好奇心の対象でもあるのよ」


 ネイは話し終わると僕の反応を待っている様だった。


「なるほどね。謎が解けると良いね」

「あははっ。だからねロック。私を助けて頂戴ね。大いに期待してるわよ」


 ネイがそっと僕の頬を指でつついてきた。


 僕もネイの期待に添いたいさ。でも、それができるかどうかは自信が無い。いや、今の僕では無理だろう。


「ねぇ、ネイ。神様って今でも何処かに居るのかな? そもそもその七柱の神は本当に居たのかな?」

「居ると思っている人にとっては神様は居るし、居ないと思っている人にとっては神様は居ないんじゃないかしら? 確認のしようは無いのだけれど」

「神様が居たら、僕の願いを叶えてくれるのかな? あるいは良く言われる様に、願いを叶えようとしている努力を惜しまない人間だけを助けてくれるのかな?

 ネイは、神様は本当に居ると思ってる?」

「当然居るわよ」


 なるほど。ネイは神を信じているのか……。


「もし居ないなら、作っちゃえばいいじゃない」


 ネイは右手の人差し指を立てて笑顔で言った。


 ……これは信じている信じていないといった話じゃ無いな。


「それに、あなたの前に既に居るわよ。美の女神であり、あんたに知識を授ける知識神でもあるネイさんが」


 ネイは左手の人差し指も立てて、両手の人差し指を頬に添えて笑顔で言った。僕がしばらく何も反応をしないと、笑顔のまま首を傾げるネイ。


「……そう、だね」


 僕はそう答え、そっと目をつぶった。


 もしかしたらネイは、本当に僕の救いの女神なのかも知れない。ちょっと騒がしいし、何を考えてるのか分からないのだけれど。


 まぁ、神様は気まぐれって言われてるしな。


 そんなことを考えながら僕は少し寝ることにした。


「……何よ、その薄い反応は」


 ネイに腕を連続三回で拳で突かれた。


「っ痛たた!

 え? 雰囲気的に、このまま僕を眠らせてくれるんじゃないの?」


「突くわよ」


 ネイはすでに僕を突いているのだが。


「あ、ありがとうございます。僕の女神様!」

「信仰心が足りないわね」


 ネイの口元がすっと上がった。


 やばいなこれは。


「あははは」「やめ、いでで、ちょっと」

「あははは」「あだだだ、ああ、まって、いでで」

「あははは」「いだ~~! ゲホッ、ゲホッ、いててて!」

「あははは」「やめれ!、いたっ!、あだだだだだ……」


 ネイの突き責めがようやく止まった。ネイは薄っすらと上気している。


「ねぇ、知ってる? 東方の土地神の話なんだけど。機嫌を損ねて洞窟に閉じこもった神様を引きずり出すには、こっけいな踊りを捧げると良いらしいわよ」

「それが何だと言うんだい?」

「ロックの今の舞いも滑稽だったわよ。だから、これで勘弁してあげる」


 僕が痛がる様子を楽しんだだけだろ?


 当然僕は、そんなことを思っても口に出すことはしなかった。


 そしてネイは鼻歌交じりでダイニングテーブルの方に向かって行った。

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