始まり


 鋭く光る短剣は一直線にこちらへ向かってくる。俺に対する明らかな殺意。困惑するよりも先に逃げようと考えた。しかし、さっき生じた炎の柱のせいで逃げ場はない。完全に袋のねずみ。


 ようやくあの少女と出会えたというのに、こんなところで死ぬわけにはいかない――


「では、生きて見せろ」


 どこからか幻聴とも思える曖昧な声が聞こえた。次の瞬間、俺の目の前に鎌が現れる。それは、死神の鎌を連想させる大きさ、形、雰囲気であった。


「誰だ!?」


「猶予はないぞ。死へ抗うのであれば、それを手に取れ」


「それもそうだけど……」


 他に方法はないのか考える時間はない。今は生きるか死ぬかの瀬戸際で、とにかく身を守らなければならない。


 俺は死神の鎌へ手を伸ばし、柄を持つ。すると、鎧が全身を包み、向かってくる敵と同じ姿になった。


 そして、鎌を大きく振り、敵を牽制した。敵は一歩下がり、こちらの隙を伺っている。俺も神経を尖らせて鎌を構える。


「お主の姿は彼奴に知られてしまった。故に、敵を殺さねば、お主の平穏な生活はないと思え」


「急にそんなこと言われても」


 同じ鎧を付けているということは、相手も俺と同じ人間に違いない。それを殺すなんて無理な話だ。


「安心しろ。そもそも彼奴はお主のことを逃がす気はないらしい。ここでどちらかが死ぬ」


「おいおい……さすがに非現実的すぎて、ただでさえ理解が追いつかないってのに」


 戸惑う俺に敵は容赦なく攻撃を仕掛けてきた。人間とは思えない速さで懐へ入り、短剣を振る。後ろに下がって避けて鎌を振るが、今度は相手も攻撃を躱し、また距離を詰めてきた。


 背後にある炎の柱の熱を感じ、焦りと恐怖を覚える。


 意地でも生きようと、近づく相手に体当たりした。金属の擦れる音が響き、敵はよろける。その勢いで走って逃げようとしたが、敵の移動速度が早く、まともに距離を取れないまま背後に迫られた。仕方なく振り返って鎌の柄で攻撃を受ける。


「ちょっと待ってくれよ! どうして俺の命を狙う!」


「かわいそうに。何も知らないんだな。だが、同情なんてするつもりはない。ここで死んでもらう!」


 敵はそう意気込んで素早い連撃を繰り出す。俺はそれを上手く回避できずに二撃当たった。鎧をすり抜けて左腕と右脇腹に痛みが走る。


「うっ……」


 痛みに怯んだ瞬間に、敵は持ち前の移動速度で背後に回り込んだ。


 ――バカみたいに理不尽で意味のわからない世界だから、死ぬのは本望だったはずなのに。どうしてこんなにも生きたいと思っているのかな。


 脳裏に笑顔の少女が映る。


 あぁ、もう死ぬのか。




 俺は敵の動きに反応できなかった。


「オラァ!」


 敵の声が燃える夜に広がる。俺は歯を食いしばった。しかし、痛みは一向に感じない。恐る恐る振り返ると、敵は背後から槍で胸を貫かれていた。そいつも同じく鎧を身につけていた。


「危なかったな。怪我はないか?」


 そいつは槍を引き抜き、俺に問いかける。死んだ敵は光の粒となって消えた。俺はそれに動揺し、身構える。


「安心しろよ、俺は仲間だ。ほら、な?」


 そいつは胸に刻まれているマークを見せた。


「どういうことだ」


「いや、だから、お前の紋章と同じだろ? だから仲間、チームってことよ」


 自分の胸を確認すると、たしかにそいつと同じ、印鑑のようなマークがある。


「まさか……何にも説明されてない?」


「……多分」


「そうか、じゃあ教えてやる。これは、神の代理戦争だ。与えられた武器と能力で殺し合う。現代風に言えば異能力バトルだよ」


「……はぁ?」


 ぶっ飛びすぎた話に思わず腑抜けた声が出た。

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君と月 Re:over @si223

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