第179話 ありがとうの言葉が言えない

「さぁ。行こう瞳楽」


陽太郎は私の掛け布団を剥ぎ取ろうとする。

それを断固拒否する私。

掛け布団を握り、布団に丸まる。


「子供みたいだよ?」

「いいの」

「良くないと思うよ?」

「いいの。このまま布団のカビになる」

「なれないよ?」


分かっているけど、動きたくない。

なんか、素出川が居ない世界で息をしたくない。


「死にたいの?」

「死にたいよ!!!」


思わず、叫んでしまった。

それは陽太郎の前では禁句だ。

すんごい力で掛け布団が奪われ、太い指が私の首を握る。


「うっ」


声が出ない。

私は陽太郎に首を掴まれて、宙を浮いている。

指が蛇みたいに首を締める。バタバタと抵抗して、陽太郎を蹴ったり、叩いたりするけど、びくともしない。


陽太郎はまっすぐ、私を見ていた。

瞬きもしないで。

じっと見ている。


そっか。

これが怒りなんだ。

残された人が生きているのに、それをバカにした私への怒り。


いいよ。

陽太郎だったら、いいよ。


そう思った瞬間に、重力が戻った様に床へ落とされた。


「瞳楽、諦めてどうするの?」

「ごほっごほっ。素出川が居ないんだよ!!! 何があるんだよ! 生きてて」

「瞳楽は、素出川くんが、今の君を見たら、どう思うか分からないのかい?」

「素出川が?」


多分、アイツは「馬鹿じゃねぇの?」って言う。

絶対に言う。


「素出川くんに会いに行こう。お葬式にも参列しない瞳楽がお墓に行くのも変だけどね」

「 ――――――――――――― だね」

「 ん? 泣きながら言われても分からないよ瞳楽?」


もう、ありがとうの言葉も言えないんだ。


素出川にメロンって呼んで貰えないんだ。


素出川に家でご飯を作って貰う約束だったのに。


そう思うと涙が流れて止まらなかった。


陽太郎は、何もせずに見守ってくれた。


その優しさがとても心地良かった。


続く。


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