10-4節

 道場へ向かう途中、どうにも耐えかね、麓丸は仏頂面ぶっちょうづらで振り返った。

「なぜ、そんなに離れてる。断じてこっちへ来いという意味じゃないが、足音が聞こえるくらいの距離なら、かえってうっとうしい」

「夫の十歩後ろを歩く。わたしほど慎み深い妻もいないわね」

「物理的な距離で表してどうする。それから妻でもない」

「まだそんな細かいことを気にしているの? いい加減、悪あがきはよしなさいな」

「いいや、おれはあきらめんぞ。あきらめないからな!」

 ずんずんと進む麓丸の背に、唯良乃は黙ってついていく。

 道場の裏手へ回ると、話し声が聞こえてきた。

「そうなんじゃよ、わしも……うん、うん、本当にな、困ったもんで、うん、いや、そんな大それた、うん、そうもっと個人の、ああ、そうかもしれんな。うん、まあ、そのへんも含めて今夜、はは、じゃあ、はい」

 電話を切った嵐蔵は、軽く息を吐いた。

「おう麓丸、それと」

「こんにちは、おじさま。昨晩は失礼いたしました」

 まったくもっていつもと変わらぬ微笑みを向けられると、伝え甲斐のある言葉などなくなってしまった。

「……まあ、若い者の考えることはわからんが、次の世代の色が違っていても、それはそれ。わしが口を出すことでもあるまい」

「さすがです師匠。おい、見たかこの器の大きさ。寛大な措置に感謝するんだな」

「そうね。尻の穴の小さいロクと違って、おじさまは素敵だわ」

「おれの尻の穴は小さくない!」

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