夢現

10-1節

 しじまの彼方が白々明ける少し前、そっと城を抜ける者がいた。先に進むうち、いつしか重なっていた影はもうない。片割れはもう片割れではなかった。

 空ろな肉体を風が通り、寂寞せきばくたる音が過ぎていく。半身は失われても、記憶だけはなくならない。乾ききった体は、ただ引きずられていった。

 主君が天下を極めた今、使命はここまでだった。もはや何も残されていない。使い道がなかった。命を賭したのは、自分ではなかったのだから。

 城の裏手を進んだ先には、谷があった。夜が明けきっていないことを差し引いても、底が見えない。すべてを呑み込みそうな漆黒が口を開けていた。

 きわに立ってみても、足はすくまなかった。ここで落ちることに意味はないとわかっていたが、わざわざ生きながらえる理由のなさが上回っていた。希望があるとすれば、落ちた後のことだった。

 ふいに、何かが視界に映った。見ると、同じく崖際に箱が置いてある。近づき、目を疑った。

 そこには、主君の家紋が刻まれていた。中には黄金色の貨幣、慶長大判がぎっしりと詰まっていた。

 彼は悟った。殿は何もかも察していた。察していながら、身を切る思いで友を断罪した。そして役目を終えた自分が、ここへ来るであろうとわかっていたのだ。

 文が入っていた。

 たった一言「手向けを」と。

 顔を押しつけ、声をあげた。せきを切った悲しみが、止めどなく溢れてくる。慟哭どうこくが、深い谷に響き、遠ざかっては散っていく。

 やがて、滲む視界に、曙光しょこうが差した。

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