8-4節
日光市西部にある湯ノ湖。そこからの水の流れを追っていくと、戦場ヶ原という湿原に出る。「戦地ノ下流」とある通り、戦場ヶ原をさらに下った先には「竜」がいる。奥日光三
滝はやがて二手に分かれ、それぞれの途を行く。これこそが「二ツノ途」であり、二枝に分かれた滝を、正面から見た姿を竜の頭、あるいは二手の流れを竜の髭に見立てたと言われる。そして途を辿った先、つまり「袂」こそが巻物の示す地なのだった。
道が分かたれる前を「泡沫ノ夢」と記すところに、無念を感じる。おそらく分かれ道の片方が「悔悟ノ途」をなぞっているのだろう。再び現世での邂逅が叶わないからと、せめて手向けを残した。
己の中を流れる宮の忍の血がそうさせるのか、ここへきて、絶対に宝を手に入れなければならないと強く思った。そのためには、因果を絶つ必要がある。かといって、師に頼るつもりはなくなっていた。もちろん任務達成が第一だ。だが、きっと人に頼った分だけ、喜びは損なわれる。そう思ってしまった。
冥土で言われた通り、口先だけでは何も得られない。後は戦うだけだ。戦って、証明してみせる。飛騨の名は、宮の忍にふさわしいものだと。
意気込み、決戦の地へ乗り込んだ麓丸は、
真雁が吊るされていたのだ。
高い木の頂上付近に縛りつけられ、ぐったりとしている。気を失っているようだが、それを差し引いても、威厳の欠片すらない。というかアロハシャツを着ている。佇まいだけで人を恐怖させたあの迫力はどこへいったのか。そしてなぜこんなことになっているのか。拍子抜けの極みにありながら、ひとまずそこへいた花岡に訊ねることにした。
「飛騨くん、来て大丈夫なのか?」
「あいつは無事だ。私情を挟んで悪かったな。それよりあれはなんだ? なんだあの有様は」
「いやそれが、僕たちにもわからないんだ。着いた時にはああなっていた。ほどなくして沼の忍が来たが、彼らにとっても青天の
見ると、水流を挟んで対岸に沼の三人がいて、師と言い争っている。
「だーから、わしじゃないと言っとろうが」
「貴様以外に誰がいる!」
どうもその繰り返しで、水掛け論のようだ。麓丸からしても、可能性があるとすれば師匠だと思っていたので、ますます解せない。
「ずっとあの調子で困っているのさ。雹隠氏を恐れてか、向こうも手出ししてこない」
「奴らは真雁に言われてここへ来ただろうからな。互いに状況がわかってないわけか」
麓丸は心当たりを考えた。相手が演技をしているようには見えない。こちらも尚更である。ただ偶然こうなったはずがない。何者かの意思が働いているはずだ。そいつはここに皆が集まるのを知っていた。なおかつ真雁を引っ捕らえるほどの実力者であり、なんらかの目的があって吊るした。ではその目的とは何か。あるいは必然性とは。見せしめか、もしくはこちらに
そうして
全身に痺れが駆け巡った。突然の衝撃に、わけもわからず倒れ伏す。見れば花岡も師匠も沼の三人も同様に倒れている。思うように体が動かない。声が出ない。全員身動きがとれないでいる。かろうじて眼球だけは動いた。
やがて、悠々と一人の人物が歩いてきた。といって、地上でも水上でもない。散歩でもするかのように、空中を歩いている。
麓丸は目を疑った。眼前の光景が信じられない。さっき見た。その姿が。なぜここに。
全員の視線を意に介さず、袂の大岩までやってきた唯良乃は、すこし調べると、あっさり岩の中から千両箱を引き抜いた。ふわりと風で持ち上げ、元の道を戻っていく。誰もが叫びたかった。しかし叶わない。麓丸の前に一枚の写真を置いて、唯良乃は飛び立っていった。
やがて、痺れが抜けてくると、麓丸はゆっくりと立ち上がった。写真には、何か建物が写っている。ブルーシートが掛けられているが、麓丸には場所がわかった。
「飛騨くん……?」
不穏な気配を感じ、まだ倒れながら花岡が声をかけるも、麓丸の後ろ姿からは「うふふ」という狂気じみた笑い声が聞こえてきた。
「あははうふふあはは」
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