6-3節
同神社には、
親切にも無料で汲めるが、隣接するカフェにてこの霊水を使った品が提供されていると知った二人は、休息も兼ね、店内で今後の方針を相談することにした。
「もう本社は望み薄だな」
抹茶をぐいと飲んで麓丸が言った。
「怪しいところはあらかた回っただろう」
「しかし見たまえ飛騨くん、中宮祠には宝物館があるみたいだぞ」
手もとの冊子を示して花岡が言うも、読み上げながら麓丸は気落ちしていった。
「
花岡の気勢も削がれた。
「……もっともだな。やはりこれじゃ埒が明かない。暗号を解かないことには」
「闇雲に探すのは無理がある。かといって、あまりぐずぐずもしていられない。師匠に確認したが、あっちも手がかりなしだそうだ」
自然、ため息がでる。暗号とのにらめっこが始まった。とは言え、閃きでどうにかなる問題ならいいが、特殊な知識を要するならお手上げだ。などと、脳が枯渇している時ほど余計なことを考えてしまう。考えても仕方ないのなら捨て置き、その分を他に回すべきである。もっともそれは、都合よく制御できればの話であって……。
妙案は湧いてこず、そうして堂々巡りに時間を空費していると、ふいに妙な音がした。
途切れとぎれで弱々しく、人声とは異なるが、確かに聞こえる。不揃いの拍で鳴るそれは「漏れ聞こえる」といった方が近く、森のざわめきに混じる
周囲にいる他の客や店員は、まるで反応すらしない。どうやら自分たちにしか聞こえていないらしい。妖の類であろうか。しかし最も危惧されるのは敵襲だ。鹿沼のやり口なら、
深い杉の古木を分け入っていくと、ある木の根元に、一人の人物がもたれていた。性別がわからない。というのも、おじさん顔のおばさんなのか、それとも逆のケースなのかといった哀しい話ではなく、顔がすっぽり覆われていたからだ。
ぐったりと傾いた首の下から挿入された尺八が、呼吸と共に微弱な音色を奏でる。押さえる指は動いているものの、よたよたとおぼつかず、とても演奏と呼べる代物ではない。息も絶え絶えとはこのことだ。
救助の体勢に入ろうとする花岡の横で、麓丸は軽く頭を下げた。
「お邪魔しました。おれたちはこれで」
「待ちたまえ!」
すかさず花岡が引き留めた。
「それはあんまりだよ。見るからに
急にしかつめらしい顔になって、麓丸は講釈を垂れはじめた。
「この多様化していく社会の中では、誰もが明日の我が身も知れん。常識は次々と塗り替わり、情報はめまぐるしく
「そうだろうか」と、真剣に思い悩む花岡を尻目に麓丸は去っていく。はたと気づき、花岡は前に回り込んだ。
「やはりいけないよ飛騨くん。放ってはいけない」
「安心しろ。救急車くらいは呼んでやる」
「だからといって……冷たすぎやしないか」
「何が言いたい」
麓丸はいらいらしてきたが、花岡はなおも言い募る。
「宮の忍は人の道を外れるべからず。それは任務中であったとしても変わらない。今ここで困っている人を置き去りにすることが、宮の忍としての振るまいと言えるのか? 正しい行いと言えるのか?」
むかっ腹が立ち、麓丸も息を巻いた。
「伝わっていないようだが、おれはこの状況を不自然だと思っている。だから関わるべきじゃない。即刻立ち去るべきだ。人気のない山中に横たわる虚無僧、脆弱なはずの音が離れた茶屋にまで届き、しかもおれたちにしか聞こえない。怪しいことだらけだ。本当に弱っていて、自ら助けを呼んだのならいい。だから救急車を呼ぶ。待っている間おれたちは何もできない。医療の心得があるならまだしも、第一さっき言ったが、ちんたらしている時間はない。だから去る。何か問題あるか? だいたい、宮の忍がどうだと持ち出してるが、結局はおまえが気に入らないだけだろ。自分の正しさを人に押しつけるな。狭い正しさを鵜呑みにして、本分を忘れるのが宮の忍だというのなら、そんな間抜けはおまえだけで結構だ!」
「なにを!」
今にも取っ組み合いが始まらんばかりに二人がにらみ合っていると、高らかな音が響いた。気がつけば虚無僧がまっすぐに立って、尺八を構えている。
深編笠の向こうから、くぐもった声がした。
「神ノ宝ヲ脅カス
男は尺八を地面に突き刺すと、壊れかけの通信機器のような、ひどい雑音混じりの声で念仏を唱えはじめた。後方で知り合いの浮遊霊らしき断末魔の叫びが聞こえた気がしたが、おそらく気のせいであろう。目の前の事態の方がはるかに切迫していた。
尺八の穴という穴から、無数の黒い物体が出てきた。木漏れ日に照らされた各個体からは、
蜂の大群が飛来する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます