6-2節
「で、なんでおまえがついてくる」
目的地への往路、麓丸は背後を漂う浮遊霊に問いかけた。
「いいじゃないっすか。家にいても大して役に立たんし、
「そりゃそうだが、ついてくる理由にはならんだろ」
「ぐふ。だってイケメンがいるんですもん」
返事こそすれ、小夜子の眼中に麓丸はいない。ときめきの混ざった熱視線は、横の美男子に注がれていた。
「見境のないやつめ。おまえが応援してるアイドルはどうなるんだ」
「それはそれっす。別腹っていうか、やっぱり現実にいると目の保養加減が違うんすよ。眼福眼福」
「おまえが体うんぬんの話をしていると、全部やる気の問題という気がしてくるよ」
やれやれと嘆き、隣りの色男を横目でうかがう。
「だそうだが」
話を振られても、慣れているのか花岡はさしたる感想がなさそうだった。
「見た目なんて、見る人によって意見が異なるものだからね。人からどう思われようと、大して意味はないんじゃないかな」
「うわ、これだから天然物は。おまえそれ、モテるやつとそうでないやつが言ったんじゃ
指を差されて困惑顔の花岡にすらうっとりした小夜子は、次いで麓丸を見やった。
「そうそう。ろーるもさあ」
「もう前回ろっくんって呼んでから間が空きすぎて意味不明じゃねえか」
「むしろよく繋げられたっすね。まあろっくんも、顔立ちは意外とそんなに悪くないんすけどねー。どうも人相に難ありというか陰険というか名前に鹿の字が入ってるだけあって鹿沼的というか。やっぱり性格って顔に出るんすねえ。くわばらくわばら。これにておしまい人生いろいろご臨終っすわ」
傍若無人な物言いに、温厚極まる聖人君子と麓丸界隈で名高い麓丸も、大層ご立腹になられた。
「おまえみたいな勝手な女どもが始まってもいない男たちを終わらせるんだよ! もういい、尾行されてないか見張っとけ。地中に潜って、男前のうじ虫でも眺めながらな!」
「それだけはご勘弁をー」
そんなわけでかなり後方に小夜子を設置したため、当初の予定通り花岡と二人での行動となった。厳密に言えばもう一人ついてきているが、麓丸としては数えない所存だ。
先ほどから熟考していた花岡が悩ましげに言った。
「これまで深く考えたことはなかったが、結局、女性にかっこいいと言われた時、僕はどうすればいいのだろう?」
「爆発四散しろ」
日光二荒山神社は、かの日光東照宮、その西奥に鎮座している。関東平野北部に連なる「日光連山」の主峰「日光三山」にそれぞれ神をあてて祀っており、その神域には
道中、その他周辺地帯も含め、麓丸のスマートフォンを利用してインターネットで手がかりを求めたが、めぼしい情報は得られていない。
日曜日だけあって、早朝にもかかわらず、観光客もとい参拝客とおぼしき人がちらほら見受けられる。人が増えてはやりづらいので、暗号に近しいものに絞り、手早く巡る必要があった。
それにここは広い。日光二荒山神社の境内は、主に本社、
ひとまず主な観光スポットになっている本社の探索を始めた。とは言っても、暗号が解けていない以上、それらしいところへ行ってみるしかない。目的は宝ということで、金運向上のご利益がある大国殿に入った。
中は、赤と青の花を交互にあしらった装飾が目を引く、鮮やかな彩りだ。金ぴかの招き大国の絵はいかにも福を招きそうである。ところが、普通の大黒さまといえば打ち出の小槌を持っているのに、ここのは持っていない。代わりに小槌が置いてあるのだ。参拝客が自ら小槌を振ってお参りするのである。
さっそく麓丸たちも
仮に濁点が取れたとて意味はない。却下。
続いて向かったのは、大国殿の裏にある看板だった。「
ここは神の降りる地とされている。一帯の空間に神聖な気が満ちているのだ。
高天原というのは、天の神様がいる天界を指し、日本神話や
麓丸が目をつけたのは「天」という部分だった。「天ナラズ空」という暗号にもある通り、天ではなく空、つまりこの高天原を天と考えるなら、空が何を意味するかも自ずと知れよう。それさえわかれば、あとは芋づる式である。
だが、手詰まりになるのは早かった。三つの分け方を基準に、たとえば「天」がそのまま天界を指すのなら、「空」は地上界か死界ということになる。巻物がこの神社にあると仮定すれば、前者の可能性は高いが、だとして、そんなことはわかっとるわい広すぎるわいヒントにならんわい、とのそしりは免れない。
では死界の場合だが、これも難しい。まず探しに行けない。第一、死者の世界に宝は残せない。そしてそんなところから「出ズル」ものが宝になりうるとは思えない。
男なら、見苦しくなれば即却下、である。
次に訪れたのは
夜になってこの灯篭に火を入れると、すぐに油が尽きて消えてしまう。周囲に幻覚を見せたり、はたまた灯篭そのものが様々に姿を変えたとも言われる。警備の武士が不審に思い、毎晩のように斬りつけたところ、不思議な現象はなくなり、普通の灯篭になったという。ゆえに今でも無数の刀傷が残っている。
この怪異譚の出自は不明だが、事象からして妖あるいは術の仕業とも考えられ、暗号を残した者が忍ならば、関係を疑う余地はある。「ニコウハニコウニシテ」を、「ニコウと近しく非なるもの」と解釈した場合、暗号と符合するものは数多くあれど、その中でも考慮に値する。なぜなら、妖と忍は縁深く、これが奉納された鎌倉時代ほど昔となれば、今より魑魅魍魎が
暗号の冒頭部分のため、ここを足がかりに謎が解けていくのかもしれない。ところが、古来より化け続ける宝の番人など想像してみても、肝心の妖気や術っ気がない。花岡も同意見だ。よくよく考えれば当然だった。
神社なんてものは、妖と真逆の性質を持っている。魔を祓う側に属するのだ。しかも国の重要文化財にまで登りつめる妖怪がいるわけもない。よしんばいたとして、そこまで神主も節穴ではなかろう。
いくらなんでもこじつけが過ぎた。却下。
どうにか宝に近づこうとして、強引な空想を力ずくで接着させるような真似もしたが、その後も空振りに終わった。おまけに途中で麓丸は感じたのだが、道行く人々のカップル率が高い。あるいは、恋愛話に花を咲かせる乙女たちが散見される。
それもそのはずで、ここは良縁に関するものが多数祀られているのだ。人生の
神門の下にはハート型の風通し穴が開き、ハートの絵馬まで売っている始末。もはや縁結びの大安売りと言えよう。
とんでもないところに来てしまった。麓丸はそう思った。何が悲しくて、見知らぬ男女の良縁が結ばれる様を見せつけられなくてはいけないのか。男同士でいることを誤解されるおそれさえある。この感情をどこにぶつければいいのだ。嫉妬の業火で、片っ端からカップルどもを焼き尽くせばいいのだろうか。無自覚に漏れた幸せは、時に他者を侵す毒にもなり得る。我々はただ街中を歩く時でさえ、毒を吸って生きている。それでも耐えねばならない。なんと世知辛いことか。ただでさえ宝を求めてぎらぎらしていた眼は、もはや血走っていた。
一周して、大国殿の前には、人の心を丸くするという丸石があった。却下ァ!
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