第56話 姉も兄も

「とにかく、何を言おうとこれはあなたに持たせる」

 石を握るその手を前に出す。

無言で手に取った輝く石は冷たく重かった。

「アルミスが居なくなったら、クルが悲しむよ」

「えぇそうね」

 今ある言葉をつなぎ合わせてアルミスの計画を変えようと口を開く。

「だったら――――」

「いいからもう寝なさい。悪かったわね引き留めて」

 是非を聞かない薄い声で防がれる。

「……おやすみ」

「ええ、おやすみ」

 挨拶だけは軽く、重みのない優しい顔で返してくれた。

 静かさの中に足音を足す。

「一つだけ聞いて良い?」

 後ろを見て。

「何かしら」

「どうしてボクに」

 美鈴やクルでなく自分自身を選んだ理由の返しを求める。

 一変とした笑顔も仕舞いには続かず、上がった口の端の下がりが無を感じさせていた。

「クルに伝えたら紛れもなく嫌と言うでしょうし、美鈴はあなたの安全と先の事を考えて断ると思うのよ」

 的確な答えだと感じる。

「それにお互い妹が大切で仕方がない身。こういうお話は妹には出来ないのよ」

 ボクなんかよりアルミスはみんなを理解していた。

犠牲は必然となるかの様な考えまでもが是非なしに正しく思えてしまう。

「…………」

「あまり気に病まないで。最悪の場合ってだけで、最初から無茶なんてしないわよ」

「ならボクはそれを招かせたくはない」

「頼もしいわね。あなたの努力を無下にしないよう私も答えなきゃいけないかしら」

 確率が低いのならボクにだって、それを防ぐ可能性はあるはずだ。

「さっきよりちょっと元気が出たみたいね」

「もうつっこまないよ」

「顔に出てるんだから、読む必要ないわよ」

 慌てて触れた口元は至って普通。おかしいのはアルミスが笑っている事ぐらい。

「おもしろい。まぁそれに関しては私も考えておくわ。もう遅いから寝てね」

 ダイニングから出るまで口元を確認して、改めて挨拶を交わして扉を開けたまま自室へ歩く。

 ホールから自室への廊下に向かおうとし瞬間的に睡魔に襲われる。

だいぶ動いたし疲れたんだろう。と、そう思いながらボクは自室の扉を開けてベッドに向かい、そのまま眠りについた。

「お、お兄ちゃん?! ああ寝ちゃった。お疲れ様です、今日はよく頑張ってくれましたもんね。おやすみなさい。私の尊敬してる……たった一人の家族。生き甲斐をくれるお兄ちゃん」


「ふぁあぁ……。あれ、まだ外暗いな。ちょっと早く寝たからかな」

 眠気がまだ残るなか渇いた喉を潤すためベッドから出ようと起き上がり座って、ようやく気づいた。

 あれ、ここ美鈴の部屋だ。

自分の部屋に入って寝たと思ってたけど。一つ手前の美鈴の部屋に入って寝てたのか。美鈴に迷惑をかけてしまったな。

 そっと静かに立ち上がった。その足で扉に向かおうとすると美鈴がボクの服の裾を引っ張っていた。

「お兄ちゃん。私……」

 起こしてしまったかと思ったが、ただの寝言のようだ。

 ボクは美鈴の手を離し頭をそっと撫でた。

「……にへへ~」

 そして部屋を後にした。


 ホールに向かって歩き始めると小さくピアノの音色が聞こえてきた。誰か居るのか。

 ピアノの前にクルが座っていた。しばらく演奏を聴いているとボクに気づいて演奏する手を止めた。

「お兄様……! すみません起こしてしまいましたか?」

「いや大丈夫だよ。でもどうしてこんな時間に練習してるの?」

 クルのところへ近寄って言った。

「目が覚めてしまって。それなら、と思って練習していました」

「そうなのか。因にボクは飲み物を求めてキッチンに向かおうとしていたところだよ」

 ボクがそう言った後少し間を開けてクルは。

「また、お兄様に聞かれてしまいましたね」

 そういえば前も運が悪かったのか練習段階で聞いてしまったな。

けど、ボクが思うにクルはもう十分上手い。だから変には感じなかったんだけど。

「ボク的にはクルはもう十分に上手いんだけど。練習熱心だね」

「ありがとうございます、お兄様。そうだ今度はお兄様が私に聴かせてください」

 立ち上がり少し離れた。

 弾けと言われましても。まともに弾けそうにない。

「弾くのはいいけど。間違っても気にしないでね」

「お兄様なら”大丈夫”ですよ」

「もしかしてボクの口癖じゃない? それ」

「えへ、取っちゃいました♪」

 クルのその言葉を聞きながらボクは席についた。

 指の腹を鍵盤に触れさせ優しく弾いていく。

右手で主旋律を、左手で伴奏を弾いている。案外手が動いてくれてよかった。


 気づけば光が窓から差し込んでいた。朝方だろうか。

「…………」

 クルはゆっくりボクの背中に被さるように凭れてきた。

「重い」

「あーダメですよ、お兄様。女性に向かって重いだなんて。ひどい」

 弾きづらくなる。

「事実、です」

 そういえば飲み物を求めに来たのに、どうしてピアノを弾いているんだ。

「お兄様、私は嬉しいです。お兄様達に会えたのも、お兄様の演奏をこうして聴けるのも。全てすべて、私の宝物です」

 相も変わらずボクの横でニコニコと楽しそうにしてる。

 改まって言うってことはピアノの音色を聞いて何か思ったのか。こんなのでも音に感情を込められたってことかな。

「そう」

「はい♪」

「……。それより退いてほしいな」

「はーい」

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