第6話 休息

 徐々に自分の、いつもの感覚に戻ってくる。

 箱を受け取りつつ表情を変化させていく。

「あ、ああ……あぁそんな。へへへうれしい、嬉しい……です。いちと様。へへへへへへ。見つけましたよ……」

 様付けされた。それとその笑顔なんか怖いんだけど。

「はは、様なんて付けなくて良いよ」

「……は。え、えっとでは。お、お兄様と」

 どうしてそうなったんだ。

「……。…っと、あ…まし……ね…。…………。ま…がい…り…せん…」

 聞き取れない程小さく何か言っていた。

さっきからどうしたんだ、この子。少し変だぞ。

「私を差し置いて何言ってるんですか⁉」

 唐突に言った。

「……何か問題でも?」

 美鈴は怒っていた。

「あります。妹でもないあなたがお兄ちゃんをお兄様なんて言わなくていいんです」

 どうしよう。とりあえず仲裁に入るか。

「まぁケンカしないで二人とも」

「お兄ちゃんは黙ってて下さい!」

 えー。なんとかしてケンカを止めたいところなんだけど。

 そんなこと考えていると突然頭痛に襲われる。しかもかなりのものだ。

あまりの痛さに倒れ、目を閉じていった。

「……お兄ちゃん? お兄ちゃん!?」

「へ、返事してください。……お兄様!!」

「しっかりしてくださいお兄ちゃん!」

 意識が遠のくのを視界越しに、二人の顔を見ていた。



 日差しによって目が覚めた。

ここは宿屋。あぁそうか昨日。確か、路地で意識を失って。

 取り敢えずベッドから起き上がろうとした。がしかし起き上がれない。金縛りかと思ったが違った。美鈴がボクの腕を枕に寝ていた。

そして。何故か昨日の子が美鈴の横、隣の壁際のベッドで寝ていた。なんでだ。

 取り合えず枕にされている手を抜いて体を起こし、頭を整理しようとした矢先のことだった。

 コツコツ、コツコツ。足音が聞こえた。

いや、待てまてこの状況大丈夫か。いやダメだよなこれ。小さい子拉致してきたみたいな事にならないか。

隣のベッドで寝ている子を見てそんな事を考えていると。

「すみませーん。容態はどうですか?」

 コンコンと扉を叩く音と声が部屋に響く。

「あ。なんとか、大丈夫です」

「起きられたのですね、なによりです」

 そう言って階段を降りていく音がした。

倒れて運ばれてきたボクを気遣ってくれてたのかな。

「……はぁ、良かった」

 ボクは安堵のため息をついた。

 今日のボクはついている感じかな。よし、この調子で異世界を満喫するか。

「そろそろ、狸寝入りなんてやめてくれない?」

 何らかの違和感を覚えボクが唐突にそう言うと、ビクンと美鈴が反応した。どうやらあたりらしい。

「美鈴ー」

「は~い、何でしょう?」

 起き上がってそう言った。

「何かやましいことでもあるのかな?」

「と、とくにないですよー?」

 同時にパーカーのポケットに手を入れる。

服装が変わった時に入っていたキャンディーを握って。

「ポケットにチョコ味のキャンディーが一つ入ってたんだけどさ。美鈴は要らないよね、最後の一個」

「はっ。ま待ってくださいお兄ちゃん。誤解なんですお兄ちゃん!」

「ほぉ言ってみな」

 先手を取ったボクが有利だ。よーし、前々の付けを晴らさせてもらおう。

「えっとですね。起きたら足音が聞こえたんです。それで、このまま寝た振りをしていれば面白い事になるかなって思いまして……えーと」

 目をそらす美鈴。

「そうかそうか。じゃあありがたく貰っておくとしよう」

「私は悪くありません!」

「へー」

 少し間を開けて美鈴は続けて言った。

「お兄ちゃんは優しいってわかっています♪」

「悪いがもうボクが食べると決めたんだ」

 ニヤリと笑って見せた。


「わかりました。……いいですよー。お兄ちゃんが意地でも渡さないと言うなら、もう食べるのを止めません」

 いじけたかやけに素直だな。おかしい、美鈴がここまで素直だったなんて。

まさか裏があるんじゃないのか。

「まさか、美鈴」

「なんでしょう?」

「ボクのスマホを持ってたりする?」

「あったり~♪」

 はぁ、今度こそやり返せるかと思ったのに。このままじゃスマホのデータが危うい。

「わかった。さっきの話は無しなし。だからボクのスマホ返して」

「良いですよー」

 あぁ無事で何よりだボクのデータ。

 そうだそういやイヤホンもだ。昨日美鈴に渡しっぱなしだった。

「美鈴。イヤホンも返してほしいな」

 手を差し出した。

「え? いえいえイヤフォンは私が持っていますよ。何しろお兄ちゃんの必需品ですからね」

 見せつけるようにそれを手に持つ。

「ま、まさかまたはめようなんて事は……」

「あるかもしれませんね♪」

 ボクはどうやら妹には勝てないようだ。虚しい。

 いや、まだ手はある。

「美鈴さんやー。イヤフォンなるものを、返してはもらえないんですかね」

「フッフッフ。私がそう簡単に渡すとでも?」

「あー、こんなところに美鈴のスマホがー。ファイルいじっちゃおうかなー」

「っ! いつの間に?!」

「あー手が勝手にー」

「ああ!! わかりましたわかりました! だから返して下さい!」

 交渉成立だな。

美鈴にスマホを渡しイヤフォンを受け取った。


 キャンディーを口にして、美鈴は言った。

「おいしいーですお兄ちゃん♪」

「よかったね」

 食べたかったな。

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