第2話 それなら

「っ! あなたがお兄さんですか! …妹さんなら無事助け出しましたよ」

 ボクはその言葉で汗が引いていくのを感じた。

 だけど火事の煙を吸ってしまった為救急搬送されることが分かった。

視界に担架で運ばれていく美鈴が映り、ボクはすぐさまテープを潜りその場に駆けつけた。

 今にも消えそうな灯火みたいに声を出して美鈴は言う。

「お兄…ちゃ…ん…ありが…と……」

 美鈴は確かにそういい残して運ばれていった。

 ……何もしていない。それどころか迷惑をかけていた身なのに。

そんなボクにありがとうだなんて、どうして。

 美鈴は優しかった。こんなボクでも優しく接してくれた。

迷惑ばかりかけあげくの果てには何も声をかけてやれなかったボクは美鈴の、何の役にたっていたのだろうか。


 ボクはその夜を隣人の家で過ごすことにした。知人だけあって快く入れてくれた。

角部屋を借りた。

 やったことといえばこの家の人と少し駄弁ったぐらいだ。

 ここの人によると火事の原因は事故らしい。何でも誤って服に火が燃え移ったそうだ。

その証拠に最初に燃え移ったと思われる服が残っていた、と。

 やはりボクが責任なのかもしれない。……ボクが美鈴に任せっきりだったのが悪かったんだろう。

そんなことを考えながら眠りについた。



 大雨、雷の音で目を覚ました。次の日の朝だ。

ボクは隣人にお礼を言って病院に向かった。

電話によると美鈴の容態は安静にしていれば治るそうだ。

 病院に着き、受付の人に美鈴の病室を聞き、その病室に向かった。

 ドアノブに手をかける。それと同時にボクは深呼吸しドアを開けた。

「お兄ちゃん、来てくれたんですね」

「…来るもなにも、お兄ちゃんとして当然だよ」

 美鈴は嬉しそうな顔でこっちを見つめていた。

「そういや安静にしていれば大丈夫なんだってな。よかった、無事で何より」

 美鈴は嬉しそうに微笑んで喋った。

「こちらこそ。私はお兄ちゃんに会えて心から嬉しいです。ありがとうございます、お兄ちゃん」

「感謝されることなんて何もやってないよ。…美鈴こそありがとう」

 それしか言えなかった。

そんなボクに少し間を開けて美鈴は言った。

「あ、そうだ。誕生日に渡しそびれてたんですが、お兄ちゃんにこれあげます」

 棚の中の鞄を探って、こっちに手を出しボクにキーホルダーを渡した。

楕円形で中に星が四つある。色が銀色だったからか光を反射してキラキラと輝いていた。

「あ。ありがとう」

「それはお守りです、大事にしてくださいね。もちろん私とお揃いですよ♪」

「は、はぁ」

 間の抜けた返事をしていた。お揃いね。


 それからボク等は、他愛もない話で盛り上がっていた。

そうこうしている内に気付けば夕方になって、雨も止んでいた。

「そろそろ帰るとするよ」

「帰るって、何処に行くんですか?」

 当たり前の返事だ。

帰る宛もなければまた隣人に世話になるわけもいかない。そもそも一晩だけの約束だったし。その辺で野宿するしかないか。

 無駄にお金を使わないように。美鈴の為にも、家族用の口座にあるお金は置いておかないと。万が一美鈴に何かあったら大変だから。

「その辺で野宿するよ」

 美鈴は心配そうな顔でこちらを見ていたが、大丈夫だと言い病室を出ようとした。

 その時、ノイズ混じりのそれは聞こえた。

『……この声届いていますか?』

 誰かが呼んだ。美鈴の声ではなかった。

「ねぇ美鈴。今の聞こえた……?」

「はい、聞こえました。今のお兄ちゃんですか?」

 違うと首を横に振った。

「なにこれ。幻聴でもないし」

『よかった。桐埼壱曁きりさきいちとさん。桐埼美鈴きりさきみすずさん。……あなた方には、正直に言って”悪い事”をしてしまいました』

 なんだろう直接頭の中に話してきている感じがする。

『昨日のボヤ騒ぎ。火事の原因は私です私があなた方の家を。迷惑をかけました』

「え……」

 頭で追いつけていないのが分かる。

「え何、どういうこと」

「この声がどこから聞こえているのか分かりませんが、何の冗談ですか。笑えませんよ」

『冗談では、ないんです』

「……意味が分かりません」

『私があなた方の居場所を奪ってしまったんです』

 美鈴も混乱していた。

『今はその部屋の座標に、音声を流しています。分け合って今は会うことが出来ません』

「座標、ですか」

『はい。突然でごめんなさい。でもこうするしか方法が無かったんです、すみません。私が不甲斐ないばかりに』

「もうなにがなんだか分からないじゃないですか! 何ですか。何なんですか、いったい……」

 涙をこぼしていた。声も震えていた。

『すみません』

 涙を拭う。

「そんな勝手な言葉で許されると思ってるんですか!」

『いいえ思いません。ですが、そのお詫びとして"あなた達の願いを叶えよう"と。そう思い今に至ります』

 燃やしてしまった変わりに、ということか。

「なんですかそれ。理不尽過ぎますよ……」

 だとしても美鈴が危なかったのが何とも言えない。例えば、美鈴が死んでしまった場合にはこの声は届いたんだろうか。美鈴を助けてくれたんだろうか。

いや。美鈴はこうして生きている。なら問題ないな。

『そう、ですね。その通りです』


 さっきの、願いを叶えるってのは。急に言われても考えがつかない。

と思っていたのにこんな状況下で思い浮かぶものが一つ、頭を過った。

それを何も考えずに口に出す。

「異世界に"幻想的な世界"に行きたいです」

「お兄……ちゃん? 何言ってるんですか」

 困惑した表情をとっていた。

「あ。ご、ごめん。変なこと言った」

『……行けますよ』

「本当ですか!?」

 高鳴る心臓。

『はい、ですが。もう二度とここへは、戻ってはこられないかもしれません。それでも、行きたいと思いますか』

「じゃ、じゃあボクは行きたい!」

 何言ってるんだ。

混乱してるのか話を最後まで聞けていないボクがいる。

「いや」

 帰ってこられないのだとしたら。それなら美鈴はどうするんだ。こんな身勝手なボクの意見に賛同してくれるのか。駄目だ一人で勝手に決めてはいけない。落ち着かないと、美鈴の事も考えないと。駄目だ。駄目だ。

「美鈴」

 そんなボクの目を見つめている一人の妹。空気の変わり目を感じ息を呑む。

「お兄ちゃん。お兄ちゃんは本当にそれを望むんですか。しかもこんな知らない声を信じて」

 知らない。この声も、この現状も。

でももしかしたらって思ったから。こんな日常を変えられるならって思ってしまったから。

「うん。ボクは……望むよ。で、でもそれは美鈴がついて来てくれるならって話で」

「知ってました。お兄ちゃんがそう言うのは」

 深呼吸を挟んで。

「なら。私もそれを望みます。お兄ちゃんを一人で行かせるのはもっと嫌ですから。それに確証のない事ばかりですが、私も見てみたいので」

 悲しげなまま、続けて話しをする。

「ですが。それならちょっと待ってて下さい」

 そう言ってゆっくりと病室を出ていった。


 10分程時間が過ぎても戻ってこない。

そんな待ちぼうけのような空間で、口を開いた。

『……幻想的とは言いましたがおすすめ出来ません。それでも良いんですか?』

 唐突な言葉に少し戸惑う。

「折角なので行ってみたいんです。変なこと言ってるのは分かってはいます」

「いや、変なこととは思いません。でもやっぱりこれは……」

 言い詰まった。すごく申し訳なさげに。


 そうこうしていると扉の引く音が聞こえた。

「終わりました。もう大丈夫です」

 帰ってきた美鈴は、少し笑顔が戻ったように見えた。

「美鈴。何してたの?」

「秘密です。お兄ちゃんには特に」

 もしかして嫌われた。無理言ったから。

「もう、あからさまな顔しないでください。私はお兄ちゃん子ですよ?」

「そうなの?」

「そうです」

「そーなんだ」

 良かった。

『他にするべきことはありませんか』

「はい。……お願いします」

「了解しました。それでは。転送するのでお待ち下さい」

 とても淡い夢のような、期待と不安をこの身に感じていた。幻想的な世界をずっと望んでいたから。

 視界が暗転すると同時に"ある事"が頭に流れた。

あれ、何か。何か……忘れていることがある気がする。何か後悔する選択をしてしまったんじゃないか。

思考を巡らせてはみたがしかし思い出せそうになかった。ボクは何を、忘れた?

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