第65話

フィルス帝国での顛末は、事細かにユリアナ帝国にも報告された。

無事全てが成功に終わったと聞くと、緊張が解かれた様に一同が落とす安堵の溜息が重々しく室内に響いた。

有里に至っては小さな震えが止まらず、自分で自分を抱きしめながら「よかった・・・」と何度も繰り返している。

そんな彼女の肩を抱きしめながら、アルフォンスはフォランド達に指示を出す。

「これからが本番だ。フィルス帝国に送る人材の選別をすぐにするように。ザラムを通じ必要物資の手配を急げ」

指示を受けたフォランド達は一斉に動き始めた。


フィルス帝国は危惧した程の混乱もなく、国民たちは比較的平穏に生活していた。

正直な所、現政権が倒された事すら分からない者が大半なのかもしれない。

拘束された貴族の家族は全て屋敷に監禁。レジスタンスに下っていた者達が騎士となり監視している。

元々レジスタンスの人間は、平民はおろか貴族や騎士出の者が大半を占めていたのだ。

先のクーデター失敗で取り潰された家もあるが、すでに身分を元に戻す事も決まっている。

その分、取り潰される家もかなりあるのだが、入れ替えと考えればさほど違和感もない。


ザラムから報告される内容に、少し落ち着いた今となれば「なんてあっさり片付いたのかしら」と思うが、その時は本当に生きた心地がしなかったというのが本音だ。

簡単に済んだのならそれが一番。誰一人血を流すことなく終わったのなら、それでいい。

アルフォンスが言う通り、本番はこれからなのだ。



フィルス帝国は冗談抜きで今現在、猫の手も借りたいほど忙しい。

大袈裟ではなく、本当に全てを解体し作り直そうとしているのだから。

ユリアナ帝国からも人を派遣はするが、落ち着くまでは年単位の相当な時間がかかるのだろう。

「結婚式さえなければ、私もお手伝いに行くんだけどなぁ・・・・」

クーデターが成功して何日目かの夜。ベッドの上で有里はポツリと呟いた。

それを拾ったアルフォンスは、あからさまに不機嫌そうに眉を寄せた。

「この国に今大切なのは、俺たちの結婚式だと思うんだけど。ユウリは違うのか?」

「うっ!違うくない・・・です。ごめんなさい」

しゅんとする有里にアルフォンスは、やれやれというように膝の上に抱き上げた。

「ユウリの気持もわかる。これは失敗していればこの国もどうなっていたか分からなかったのだから、上手く行った今でも気持ちが落ち着かない」

「アルも?」

「あぁ。だが、俺はこの大陸の王だ。手助けはしても、立て直すのはサイザリス殿達だ。俺達は俺達のやるべきことがある。それが今、国民が最も期待し待っている慶事・・・我々の結婚式だ」

ユリアナ帝国国民は、皇帝と使徒の婚姻を恐らく有里が思っている以上に楽しみにしている。

物語でしか聞いたことが無く、過去に名君として君臨した暁の皇帝の妻も黒目黒髪だとはいっても、遠い昔の話だ。

自分が生きている間に女神の使徒をこの目で見られるという事が、国民にとっては奇跡の様なものなのだ。

結婚式は初めて女神の使徒が国民にお披露目される、大陸あげての祝い事なのだ。


世間が盛り上がっていくのと反するように、結婚式の準備などをしてく有里にとっては「平凡な自分がこんなにも神格化されて、大丈夫なの!?」と、一時いっときまるで国民を騙しているような感覚に陥っていた。

だが「誰もユウリを神様だなんて思ってないから大丈夫。単に、黒き使徒を拝みたいだけだ」と、さも当然のようにアルフォンスが返してくれる。

何となく「そっかぁ。存在しない黒い珍獣に興味津々ってやつね」と言えば微妙な顔をされた。

だがおかげで、肩の力が抜け大分気持ちが楽になったので良しとする事にした。

それでも、やはり緊張はする。

日本に居た時の様な、普通の結婚式ではない。テレビのニュースや特別番組なんかで見るような、所謂ロイヤルウエディングなのだから。

「何かね、結婚式の準備してるんだけど・・・リハーサルしてなければ、自分自身の結婚式だって今だ実感湧かないのよ。余りにも豪華で盛大すぎて」

当然のことだが、本番の日は近づいてくる。

この間まで「まだ半年あるから」が「もうウンヵ月過ぎた!!」と焦る今日この頃。

フィルス帝国の事もあって、時間が経つのがとても早く感じていた。

「ユウリ、今は結婚式の事だけ考えて。式にはサイザリス殿も必ず参加するようだから」

「本当!?大丈夫なの?」

「彼の事だから、何が何でも来るだろう」

もうすぐアーロンも、こちらから派遣する人材と入れ替わる様に帰ってくる。

そうすればきっと、今は気忙しいこの気持ちも、何時もの日常を取り戻すのかもしれないと有里は思った。




そして、フィーリウスがユリアナ帝国にやって来たのは、結婚式の一週間前だった。

有里の影になりたいと訴えていたカイも連れていた。

「フィー!身体は大丈夫!?無理してない?」

貴賓室に入るや否や、有里は堰を切ったかのようにフィーリウスに詰め寄った。

そんな彼女に、嬉しそうに微笑むフィーリウスだが、疲労の所為か心なしか少し痩せた様な気がする。

「大丈夫だよ。多少の無理は買ってでもしなきゃ、政権取り戻した意味が無いからね」

「でも、それで体調崩したら意味ないじゃない。優秀な側近が居るんだから、全部自分で処理しようとしないで」

「わかってるよ。だからこそ、こうして此処に来れたんだからね」

そんな二人の会話を聞いていたアルフォンスは、不機嫌さを隠そうともせず「取り敢えず座ったらどうだ」と言いながら、見せつける様に有里を膝の上に座らせ抱きしめた。

「相変わらずの溺愛っぷりだね。見ていて羨ましいよ」

あたふたする有里を腕に閉じ込めながら、彼の意外な言葉にアルフォンスはおやっという様に片眉を上げた。

「サイザリス殿も国が落ち着けば、妻を娶らねばならないでしょう。せっかちな貴族から引切り無しに縁談はきていると聞いているが」

「そうなんだよね。国が混乱している今、民を安心させるために結婚しろとか、意味が分からない。自分らが安心したいだけだろうに」

疲れたようにため息を吐くフィーリウスに、政治だけの疲れじゃないのかと、有里は憐みの目を向けた。

まぁ、結婚したらしたで法律では認められていないのに側室を進めてくるのだから、嫌になるほど身に覚えのある事に同情してしまう。

「だけど、結婚問題も解決しそうだ」

「え?誰か良い人でもいたの?」

「あぁ、これ以上無いほど私に相応しく、良い子だ」

「へぇ。当然フィルス帝国の人よね?貴族なの?」

「フィルス帝国ではないな。貴族・・・・まぁ、皇族だ」

「皇族?」と、アルフォンスと有里は顔を見合わせ首を傾げる。

「ユウリは渡さないぞ」

仄かに殺気をのせながらフィーリウスを威嚇するアルフォンスに「違う違う」と笑った。

だがどう考えても彼が言っている人物とは、他国の王族ではなさそうで、あくまでもユリアナ帝国の皇族を示しているようなニュアンスだ。

彼等にはまだ子供もいない。もしいたとしても、一回り以上年が離れる事になる。

だが・・・・まさか、と有里はフィーリウスを凝視した。

「フィー、その子って・・・・」

それ以上言葉が続かない有里にフィーリウスは花の綻ぶ様ににっこりと微笑んだ。

有里は立ち上がり、とっさに両手で腹部を隠した。

「駄目よ!まだできてるかも分からないのに!性別だって分からないのに!!」

悲鳴に似た有里の叫びに、ようやくアルフォンスも事態が飲み込め驚きに目を見開いた。

そんな二人をまるで愛おしい者でも見るように目を細めるフィーリウスに、力が抜け有里が崩れる様にソファーに座り込んだ。

「――――本当、なの?」

何が、とは言わない。

「あぁ。彼女も私に同意している」

その一言で有里は悲鳴の様に叫んだ。

「ちょっと!!本人も自覚ないのに、なに暴露してくれちゃってるのよ!!しかも、生まれる前から嫁ぎ先が決まってしまうなんて、絶対駄目よっ!!」

そう言いながら、自らアルフォンスの膝の上に座りお腹をかばう様に身を縮めながら抱き着いた。

「ちょっと、アルフォンス!貴方からもなにか言ってやって!!」

何の反応も示さない夫をイラついたように見上げれば、未だ放心したように目をかっ開いているではないか。

「アル?聞いてる?」

目の前で手を振れば、ハッとしたように有里を見て困惑と嬉しさを綯交ないまぜにした様な、なんとも言えない表情で恐々と肩を掴んだ。

「今のって・・・つまりは、俺達の?」

はっきりと聞けないのは、多分、半信半疑だからなのだろう。

だが有里はそんなアルフォンスの事など何一つ気に掛けることなく、冷たく言い放つ。いや、気に掛ける余裕さえないほど彼女も混乱しているのだ。

「そうよ、私と貴方の子がお腹にいるみたいね。しかも、女の子。し・か・もっ!既に目の前に義理の息子が居るときたもんだっ!!」

感情に任せて叫ぶと、いきなりギュッとアルフォンスに抱きしめられた。いつもみたいにではなく、どこか遠慮したように。

そして、その腕は小刻みに震えており、さすがの有里も冷静になる。

自分の大騒ぎが原因だろうかと心配になり「アル?」と声を掛けながら背を擦れば、くぐもった小さな声で「ありがとう」という言葉が届いた。

「俺の子を身ごもってくれて、ありがとう」

顔を上げた彼の目には、うっすらと光るものがあった。

一番に懐妊を喜んでくれる夫に感動し、そして喜びより怒りに身を任せた自分の狭量さを反省しながら、そっと目元を指でなぞった。

「ううん。私こそ感情に任せて怒ってごめんなさい。本当は一番に喜ばなくてはいけなかったのに」

「いや、母としては大切な我が子を守る事を最優先するものだ。気にする事はない。・・・・・だが、サイザリス殿」

言葉を区切り、気持ちを整える様に一つ息を吐くとフィーリウスを見据えた。

「我が子が妻の腹に宿った事を知らせてくれた事、正直な所・・・かなり複雑な感情もあるが、感謝する。だが、この子をサイザリス殿に嫁がせるかはあくまでも子供の意思を尊重させたい」

「それは構わないよ。自分で物事の判断が出来る様になり、それで私を選んでくれた方が私も嬉しいしね」

それを聞いた有里はほっと胸を撫で下ろしたものの、この子はきっとフィーリウスの所に嫁いでいってしまうのだろうと、認めたくはないが直感めいたものがある事は否めない。


多分、今言われなくても、生まれて成長してそしてフィーと出会って・・・・

きっと、この子は何も言わなくてもフィーを選ぶ。だって、「同意した」って言ってたもの。


「フィーは、この子と話が出来るの?」

「明確な会話はできないよ。ただ・・・そうだね、思念って言ったらいいのかな?何を伝えたいのかは、わかる」

「そう・・・・」

有里はそう言って、まだ平らでなんの実感もないお腹を、何かを伝える様にゆっくりと撫でた。

そして、俯いていた顔を上げ、ひたりとフィーリウスに視線を移した。

「フィー、もしどうしてもこの子と結婚したいなら、私から条件があるわ」

「条件?いいよ。何でも言って」

「聞く前から即答していいの?無理難題かもしれないよ?」

「無理難題、大歓迎だよ。これから十年以上、待たなくてはいけないのだからね」

「・・・・暇つぶし感覚?」

呆れたように呟く有里に、「まさか。努力と忍耐の期間だよ」と笑うフィーリウスが何だか憎らしい。

「では、私からの条件。―――本気でこの子と結婚したいなら、異性交遊禁止です」

「「は?」」

男二人の声がハモる。

「だってそうでしょ?生まれてなくてもフィーはこの子に求婚したのよ?年が一回り以上離れてるの承知で。当然、待つ時間も長いわよね。だからって、他の女をつまむのは許せない!」

「わかった。その条件を飲もう」

あっさりと受け入れるフィーリウスに、何故かアルフォンスが「いいのか!?」と声を上げた。

「あぁ、元々私に性欲と言うものが無きに等しい。かといって無い訳ではないよ。半分は人だからね。だから、これから先十五、六年待つ位たいしたことはないさ」

あまりに爽やかに答えてくれるから有里は呆気にとられ、そして「ぷっ」と噴出した。

「わかった。取り敢えずこの子が無事生まれて、本人の意思を確認してからの婚約でいいかしら」

「ユウリ!?」

「大丈夫よ、アル。この子に好きな人ができた時点で、婚約なんてさせないから」

「まぁ、確かに好きな人が居るのに、それを引き裂いてまではさせないが・・・」

「それでいいわね。フィー」

まだ言い募ろうとするアルフォンスの言葉を遮りフィーリウスに同意を求めれば、あっさりと得られた。

「まぁ、そんな事にならないよう私が努力すればいいだけだからね」

と良い笑顔で返され、先ほどの「努力と忍耐」をいかんなく発揮するのだろうなと苦笑する。

「それまでに国を立て直さなくてはいけないから、他の女に目を向ける時間もないさ」

その言葉を疑うわけではないが、有里は自分の影になりたいと言っていたカイをフィーリウスが浮気しないよう見張りに付けると宣言。

指名されたカイはというと、ようやく敬愛する使徒様にお仕え出来ると思ったのにと、涙にくれた事は言うまでも無い。




それから一週間後、盛大に式は執り行われた。

国民は初めて見る女神の使徒に、人間はこれほどまでに喜ぶことができるのかと思うくらい、興奮していた。

そして、若き皇帝夫婦の隣には、長く国交断絶していたフィルス帝国の白き皇帝までいる。

その光景に、これは正に両大陸にとっての慶事だと、誰もが思った。


「なんか、凄い熱気ね」

大きな歓声にかき消される声に、有里は背伸びするようにアルフォンスに顔を寄せ囁いた。

たったそれだけの事に、又も大きな歓声が上がる。

驚く様に身を寄せる有里を軽々と抱き上げその頬に口付ければ、歓声がまるで雷鳴の様に轟く。

そして、それに呼応するかのように、空から白い小さな花が雨の様に降り注いできた。

それは正に、女神ユリアナからの祝福である事を、誰もが理解し我先にとその花を手に取るのだった。


あぁ・・・幸せだなぁ。


手にした花を見つめながら、その身から溢れてしまいそうな幸福をそっと噛み締めた。

第二の人生としてこの世界に降り立ち、お世話を頼まれたのは子供ではなく皇帝陛下だった。

驚く事も戸惑う事も沢山有ったけれど、これからも彼のお世話をするのは自分なのだと、それが嬉しくて幸せで。

この熱気に当てられたかのようにアルフォンスの頬を引き寄せ、その唇に口付けた。


「愛してる」


くすくすと笑いながら愛を囁き合う二人に国民は見惚れ、この先も続くであろう幸福感に酔いしれたのだった。


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皇帝とおばちゃん姫の恋物語 ひとみん @kuzukohime

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