第62話

正直なところ、アルフォンスが言っていた『神隠しのカイ』が有里に盲信している、という言葉を鵜呑みにした訳ではない。

どちらかと言えば、かなり疑っていた。嘘ではないかと。油断させて、攫う気ではないかと。

だけど・・・・・


「あぁ、女神ユリアナの使徒であり、美しくも気高きユーリ様!お会い出来て光栄です!

あの様に無礼を働いてしまい、もう二度とお目にかかる事は無いのだと思っておりました」


―――・・・・え?


「契約とは言え、麗しき使徒様に手を出してしまったのです。極刑は覚悟しておりました。

ですが、死ぬ前にもう一度お会いしたく、私が持っている情報と引き換えに面会を申し込ませていただいたのです」


・・・・・えぇ??


「その願いを聞き届けてくださったユリアナ皇帝陛下の懐の深さに、感謝の意を申し上げます」


えぇぇぇ~~~???


「咎人であり幾ばくも無い命ではありますが、至高の御身に我が命と永遠の忠誠を捧げさせていただきたいのです。ユーリ様」


膝を付き後ろ手に縛られ騎士達に取り囲まれながらも、床に額を付けながら有里に懇願するその様は、演技なのであれば正に主演男優賞ものである。

見上げた表情、言葉から伝わる想い、そして何と言っても目力。

全てを総合し、恐らく嘘偽りなく・・・正気だろう。だが、この様な臭い科白や態度。自分であれば、絶対に出来ないと断言できるレベル。

それはアルフォンスをはじめとする周りの人間もそう思っているのか、ドン引きしていた。


目が、マジだ・・・・冗談じゃないんだ、これ。


何処か他人ごとの様に眺めていた有里。

そして自分をキラキラとした目で見上げるその男を、じっくり観察した。


年の頃は二十代後半だろうか。淡いオレンジ色の髪に森の様な緑色の瞳。

顔立ちはどちらかと言えば整ってはいるが、この職業には不似合いなほど人の良い容姿をしていた。いや、一番適している容姿なのかもしれない。

優しそうで人畜無害・・・周りからは評判の良い人と判断されるタイプだ。

だが、蓋を開けてみれば平気で人を騙し殺し、攫う。


ゼロか百なんて、ギャップが激しすぎて怖いわ。萌えないわね・・・・

さて、どうしたものか・・・・


「陛下、彼の処遇は決まっているのですか?」

「いや・・・、彼からの情報はこちらにとってはかなり有利なものだったから、減刑は考えているのだが・・・・」

まだ処分は確定してないと聞いた瞬間、再びカイが勢いよく床に額をこすりつけ「私をユーリ様の影にして下さい!」と叫んだ。

言われた本人は「影?」とぽかんとし、周りは「何をふざけた事を!」「信じられるか!!」と騒めく。

一瞬、異様な雰囲気が室内を満たしたが、アルフォンスがスッと手を上げれば、すぐさま静かになった。

「本気で言っているのか?」

皇帝の仮面を被っているアルフォンスの眼差しはかなり冷ややかなもので、大の大人でも竦んでしまいそうになる。

それをまともに向けられているカイなのだが、全く持って平然と受け止めていた。

そして「本気です」と、きっぱり答える。

互いに視線は逸らすことなく、暫しの睨み合いの後、「ユウリはどうしたい?」と聞かれるも『影』の意味が分からず首を傾げた。

「影とは、その名の通り常に影の様に主に付き添い、守る者を言う」

フィーリウスの創り出した影と似た様なものなのだろうか、と理解しつつも彼を信用していいのかと悩んでしまう。

アルフォンスは彼を信用できると言っていたが・・・・

「う~ん・・・私って人を見る目がないんだよね・・・・」

前の世界でも「良い人かも!」「わぁ、好み!」とか思う人はことごとく、お世辞にも良い人ではなく、どちらかと言えばゲスかったりした。

正に目の前にいるカイがそうだ。

有里的にはこの事実が無ければ「良い人」で温和な表情は正に「好み」だ。

だがその実態は・・・・

目の当たりにしている事実に、彼をどう判断していいのか自信が無い。

困った様にアルフォンスを見上げれば、彼は一つ頷きカイを見下ろす。

「カイ、そなたを我が妻の影とするには、色々と問題がある」

当然だろうな・・・と、カイは頷く。叶わないと分かっていながらも願い出たのだから。

「これまでのそなたの行ないでは、周りは納得もしなければ信用もしないだろう。妻を守る為に付けながらも同時に不安を与える事は、我の望む所ではない」

そう言いドアを見れば、フィーリウスが入ってきた。

何故、自国の皇帝が此処に居るのかと信じられない物でも見るように、カイは目を見開いた。

「待たせてしまったかな?」

フィーリウスはその場にそぐわない、にこやかにアルフォンスに問えば「いえ、ちょうど良かったですよ」と、元々彼を呼んでいた事を肯定する。

フィーリウスは驚きのあまり呆然としているカイに近づき、彼の顔を覗き込む様に屈みこんだ。

カイは初めて間近で見る白の皇帝の、その醸し出す不可思議な空気に完全に飲み込まれて動く事もできない。

アルフォンスに睨まれた時も、なんとか顔には出さないよう平静に見えるよう虚勢を張っていたのだが、それが成功していたかは本人にはわからない。

だが、これはその比ではない。

そして、改めて思った。これが傀儡の皇帝なのか、と。

宰相とジェスト伯爵が言っていた事は、本当なのか。彼等の目は節穴なのか、と。


次元が違う・・・・


カイの胸にストンと落ちたのが、この言葉。

誰も何も感じないのだろうかと周りを見ても、誰一人として平然としている。

ユリアナ皇帝が人であれば、フィルス皇帝は神に近い。それほどの差があると、カイは本能的に感じ取った。

そしてまたユーリも、捕らえようとした時にはさほど感じなかったが、こうして身近で接するとフィルス皇帝とは違う、独特の神聖な空気を纏っている。

それがとても心地よい。

ユーリに謁見を申し込んだのは正直な所、依頼に失敗しどうせ死ぬなら元々毛嫌いしていた悪の権現であるジェスト伯爵を道連れにし、冥土の土産に使徒様を拝んでから死のうと思っていたからだ。

だが、彼女を間近で見た瞬間、考えが一変してしまったのだから不思議なものだ。

何としても彼女のお傍に仕え、お守りしたい。

突然沸き上がった感情に一番困惑したのはカイ本人だったが、直感を信じる彼は己の心に従って今に至る。


正気に戻りグッと自国の王と目を合わせると、フィーリウスが楽しそうに笑みを溢した。

「アルフォンス殿、彼は大丈夫だよ。有里殿の影に適任だ」

「そうか。サイザリス殿がそう仰るのであれば間違いないだろう」

「両陛下がそう言うなら、異論はありません」

フィーリウスの言葉を全面的に信じる二人を、信じられない面持ちで見上げるカイ。

神秘的な二人は相変わらずの威圧感で腰が引けそうになるのに、それに引けをとらないほどの存在感を醸し出すアルフォンス。

彼が女神ユリアナに寵愛されているのが分かる気がして、今まで誰にも抱いた事の無い尊敬の念が沸き上がる。


任務を失敗したのは、ある意味僥倖だったのかもしれないな。

もう、ユーリ様以外には仕えたくないし、あいつらがいる限りあの国は変わらないし、終わりだ。

それに此処には何故か二人の皇帝が揃い、そして使徒様がいる。


そう考えると、何かが起こりそうな予感がして、幼い頃に感じていた胸の奥底から沸き上がるワクワクする様な感覚に、柄にもなくそわそわし始める。

そんなカイの気持を見透かしたかのようにフィーリウスがクスリと笑い、ついっと人差し指でカイの顎を上向かせた。


「彼女に仕える前に一度、私達と一緒に国に戻ってもらうよ。そこで君には思い存分暴れてもらう。そうすれば、誰からも何も言われる事の無い、確固たる信頼を得る事が出来る。

これは君にとっても私にとっても最後の好機だ。失敗は許されないよ」

柔らかく微笑ながら紡ぐ言葉には、とてつもない重みを感じこくりと唾を飲み込む。


一度は諦めたこの命。憂いなく使徒様に使える事が出来るのであれば、なんだってしてやる。


そんな気持ちを込めて「御意」と返せば、「期待しているよ」と子供にするように頭を撫でられ、年甲斐もなく赤面してしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る