第61話
翌日の、エストレンス侯爵達との面会は、有里を除いてのメンバーで行われた。
というのも、昨晩の夫婦の営みの激しさに有里がベッドの住人と化してしまったからだ。
所謂、アルフォンスのフィーリウスに対しての嫉妬が炸裂。そのすべてを受け止めた有里は当然の事ながら無事ではなかったというだけなのだが。
「うぅ・・・アルフォンスのバカ・・・・」
「ユーリ様、お食事の用意が出来てます」
「ベッドで召し上がれるよう、準備しますね」
これまでに同じような事が何度もあったので、リリとランは大して気にしている様子もなく、淡々と準備を進める。
だが有里は慣れる事ができず、その度に恥ずかしい思いをするのだ。
アルフォンス自身が自制してくれる事が一番なのだが、それもあてにはならないので、有里自身いい加減慣れなくては・・・・と思うのだが、根がこってこての日本人な為、やはり若干の照れがどうしても拭えない。
「ユーリ様、大丈夫ですか?」
リリが有里の背にクッションを置き、体勢を整えてくれた。
「ありがとう。ねぇ・・・会談はもう、始まってるの?」
「はい。昼食をとりながらという事で、先ほどから」
「・・・・昼食・・・・」
思わず有里は遠い目をした。
もう、昼なの?・・・・そうよね、あんなに天高くお日様が昇ってるんだもの・・・
何て事なの・・・恥ずかしいわ!明日、皆にどんな顔して会えばいいのよぉ!!
アルフォンスのばか!!
羞恥と恨み言を心の中で呪文のように繰り返しながら、目の前の果物にザクリとフォークを刺したのだった。
アルフォンスが部屋に戻ってきたのは、もうそろそろ寝ようかという頃。
昼まで寝てたとはいえ、酷使された身体は怠い。
会談の内容が気にはなっていたものの、既に寝る気満々で横になっている所に帰って来たアルフォンス。
起きて迎えようとした有里を手で制し、愛おしそうに抱きしめながら一緒に寝転がった。
文句の一つでも言おうと思っていた有里だったが、いつになく疲れきっているその様子にぐっと言葉を飲み込み、労わる様に頬を撫でる。
「お疲れ様。会談はどうだった?」
触れる彼女の手に己の手を重ね、昨夜の事を怒っているだろうに自分の体調を優先してくれる有里に、ほっとしたように息を吐いた。
「あぁ、とても有意義だったよ。ここ数日で色々決めなくてはいけないのは大変だけどね」
「そうね・・・あまり時間もかけてられないだろうし」
「宰相だけであれば、事はすぐにでも収められたんだが・・・」
「もしかして、彼の後ろに誰かいたとか?」
「そのようだ。今回の会談が無ければここまで詳しくは知り得なかっただろう」
まず会談は、フィーリウスとエストレンス侯爵達とで、前回のクーデター失敗の原因を話合った。
そこから見えてきたのは、宰相を操る一人の貴族の姿だったという。
どちらかと言えば日和見主義のその男は、宰相に取り入ろうとすることもなく、その時々の状況でフラフラと派閥を渡り歩く
派閥を渡り歩くという事は、いずれ裏切る可能性も高いからだ。
「まぁ、そんなスタイルも人の目を欺く為だったみたいだけどな」
その貴族は、ウレカ・ジェスト伯爵と言う。
愚鈍な振りをしながら有力貴族の間をフラフラし、渡り歩いて得た情報をちらつかせながら、言葉巧みに宰相に取り入っていた。
だが決してその関係を振りかざすわけではなく、気付けば宰相の話し相手になっているが、つかず離れず・・・というように周りには見せかけ、実態はかなり親密だったようだ。
宰相の傍に居れば最新の、それでいて重要な情報がいち早く入ってくる。それを利用し彼はどの貴族よりも優位に立っていた。
クーデターの情報が入った時も宰相同様、ジェスト伯爵側でも手を打った。それこそ、この立場を失わないために。
そして全ての情報を彼が操作し、内部から切り崩しクーデターを未然に防いでしまった。
宰相は、自分の仕立てた間者の所為でと思っているが、それを更に操っていた伯爵の狡賢さが勝利へと導いたのだ。
印象は冴えないが、その裏では相当あくどい事をし荒稼ぎしているようで、この国一番の資産家でもあるというのだから驚きである。
フィルス帝国にいる時にリリやラン達が住んでいた貧困街『リーサ』を牛耳っていた総元締めが、何を隠そうジェスト伯爵なのだから当然と言えば当然なのだろう。
「つまりは宰相をいいように使って、うまい汁だけ吸ってたって事ね」
クーデター未遂後、側近の裏切りから人間不信に陥った宰相だったが、いつもと変わりなく傍に居る伯爵だけは、その例外だった。
宰相を盾にし、影で好き放題するジェスト伯爵は、その凡庸な容姿から彼が悪だと誰も気付かないし想像もしない。
「エストレンス侯爵達がこちらに渡っていた事を宰相に隠し、密かに始末しようとこの国に刺客を送り込んできたのもジェスト伯爵だ。この城に入ろうとする間者も全て」
豊富な資金を使い、次々と刺客や間者を送り込んでくる。当初は宰相の手の者だと思っていたが、彼はそんな面倒に金を掛けるような事をする人間ではない。
そんな事に金を掛ける位ならば、自分の欲望を満たすために使う方が有意義だと思っているのだから。
「何故、侯爵達がこちらにいる事を宰相には内緒にしていたの?」
「それは、伯爵の正体を知られたくなかったからだろう。特に宰相には」
これまで宰相の影に隠れてうまい汁を吸っていたのだ。自分の正体に感づき始めた危険分子は幸いな事に、ユリアナ帝国にいる。
ならば金に物言わせ、刺客を送り続ければいい。彼等を抹殺するまで。
「先日、ユウリに投げ飛ばされた男がいただろう?」
その言葉に、有里の肩が跳ねた。
あの件は一応、内緒にしていてアルフォンスが何も言ってこない事を良い事に、バレてないと思っていたのだが・・・・
びくびくしながらアルフォンスを見つめる有里に、大袈裟に溜息を吐きながら「昨晩の事で相殺しよう」と、いかにもな感じで言ってくるので有里は不満そうに愚痴った。
「何か比率的に不公平な気がするわ」
「そんな事はない。アーロンからそれを聞いた時は余りの恐怖に、ユウリを監禁してしまおうかと真剣に考えたくらいだ」
「んな、大袈裟な」
呆れたように、そして反省の色すら見せない有里にアルフォンスは、彼女の頬を両手で包み込みグッと力を入れると、まるでタコの様に唇がむにゅっと前に付き出された。
「監禁は出来ないけど、今日のように自主的に部屋から出れないようにする事は可能だ。そうだろ?」
美しい笑顔とは裏腹の不穏なその言葉に、間抜けな顔をしながらもギョッとしたように目を剥き、口をパクパクさせる。
突き出てうにょうにょ動く唇をパクリと咥え、何度も口付けるアルフォンス。
「公平だろ?」
強制でもなく脅しでもない、問いかけられただけのその言葉に有里は「ふぁい・・・」と、間抜けな返事をかえす事しか出来なかった。
話は戻り、有里が投げ飛ばした男こそ、ジェスト伯爵の手の者だった。
「金で雇われた男だったが、フィルス帝国での裏の世界ではそこそこ名の知れた人物なのだとエルネストが言っていた。リリやランにも確認したが、彼は『神隠しのカイ』として有名らしい」
「神隠し・・・なにその中二病みたいな名前!!」
「ちゅう・・に?―――ユウリ、真剣に聞いてる?」
有里的には、地球で生きてた頃の娘や息子たちが好んでいた漫画やアニメを思い出し、反射的に叫んでしまったがアルフォンスに睨まれ「ごめん」と肩を竦める。
「そのカイが、エストレンス侯爵達を消す奴等とは別に、ユウリを攫うために雇われたと白状した」
「え?それって、信用できるの?」
依頼者をいともあっさり売るなんて、口軽すぎない?
ぼんやりとしか思い出せない、彼――カイの顔を思い浮かべる。
「ユウリの心配はもっともだが・・・彼に関しては信用できる、と思う」
「思う?」
「あぁ・・・カイは、ユウリに投げ飛ばされた事で、女神の様に崇めてる」
奥歯にものが挟まったかのように歯切れが悪く、文章的もおかしい言葉に首を傾げた。
「ん?崇める?誰を?」
「カイがユウリを」
「何で?」
「初めて女性に負けたそうだ。しかもド素人に」
有里はそんな事で・・・と、驚きに目を丸くした。
「あれはそんな風に相手が油断してたからだよ。まぁ、ほんのちょっとだけ護身術が使えたから・・・あれは出来過ぎだと自分でも思うわ」
「まぁ、何であれ結果的に彼はユウリに捕らえられた。彼にとっては結果が全て。例えそれがまぐれでもね」
裏社会では結果こそが全てなのだろう。
彼の名前が有名だという事は、それだけ成功率が高く一目置かれているという事。
でも、たった一回女に投げられたからって・・・崇める?しかも、本当に奇跡的なまぐれだというのに。
「信じられない。何か裏があるんじゃない?」
「それは俺達も疑った。だが、こちらが求めている以上の情報を提供してきた。ジェスト伯爵に関しては彼からの情報で確信となった。もう、あちらには戻る気がないのだろう。それに・・・・」
「それに?」
アルフォンスはギュッと有里を胸に抱き込むと、はぁ・・・と大きな溜息を吐いた。
「ユウリの事を語る時の目が、盲信するかのように・・・完全にイッてた・・・・」
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