第63話

今朝早く、フィーリウス達はフィルス帝国へと発った。


フィーリウスがローレッタを連れて帝国へ帰るまでの一週間は、とても濃いものだった。

フィルス皇帝前陣営とアルフォンス達との綿密な計画。一回限りのチャンスだと誰もが分かっている。

今回の政権奪還計画にはユリアナ帝国も手を貸すことになるので、絶対に失敗は出来なかった。

「共倒れだけは絶対に避けなければならない」

誰もが一度は考える最悪の結末。そうならない為にも、毎日のように会議をし何度も確認するのだ。

フィルス帝国で起きている事は、スキアからフィーリウスに毎日入る報告で把握している。

ユリアナ帝国を離れる日が近づくにつれ、報告は頻繁になってきた。

怖いほど真剣な表情の男達のそんな様子を見ながら、有里は見当はずれな事を考えていた。


影って便利。元々はフィーの神力から作られたものだものね。

どんなに離れていてもすぐに連絡がとれるなんて、超能力みたい。

私もそんな力もらえば良かったわ。


この世界に召喚される時、ユリアナに何か欲しいものはないかと言われ色々貰ったが、全てが現実的なものばかりだった。

この世界は中世時代に似ていた為、正直な所、生活水準の落差が怖かったのだ。

だが実際に生活してみれば、さほど不便さはなかった。恐らく周りの人達が相当頑張ってくれているのだろうと察し、常に感謝しかない。

でも、ここは女神が実在したり半神のフィーリウスが居て不思議な力を見せたりと、ふんわりファンタジー世界だ。

ならば魔法の様な力を貰っても良かったのではと、フィーリウスを見ていて思い始めてしまったのだ。

というのも、この度の計画に有里は何一つ手伝えることがない。

ユリアナ帝国からフィルス帝国に同行するのは、アーロンを隊長とする先鋭部隊とフォランドの片腕でもあるダレル・アトキンソンと、その部下数名。

その間、アルフォンスとフィーリウスのパイプ役としてザラムが側に控える事となっている。

自分にも何かできる事があるのかと有里が嬉々と「私は何をすればいい?」と聞けば、両皇帝から「大人しくしているように」と声を揃えて言われてしまった。

有里を狙う黒幕でもあるジェスト伯爵の存在がはっきりしたものの、未だ危険である事には変わりはない。


そうなのよね。こんな時自分の身は自分で守れるような特殊能力とか・・・欲しいわよね。

そうすれば一緒に行けたかもしれないのに・・・・


無い物強請りをしても仕方ないと分かっていても、願ってしまうほどに役立たずな自分が不安なのだ。

女神の使徒などと言われてはいるが、有里は何の力もないただの人間だ。

「私は一体、何なんだろう」と、この一週間彼等を見ていて胸の奥に湧いてきた疑問は、自分自身の存在価値。

必死の形相で議論する彼等の話を聞いていても、自分には役立てる提案も何も無い。ただ横で聞いているだけしか出来ない。

初めは小さな焦りだった。

女神の使徒だなんて大層な肩書の重みが、今更ながらに圧し掛かる。

自分も何かしなくてはいけないのではないか。そんな思いが先だって、知らず知らずのうちに溜息の数が増えていったのを本人だけが気付かない。


「どうした?具合でも悪いのか?」

これまでの喧騒が嘘の様に静かになった城内。何処かもの寂しさを感じ、ついつい溜息を漏らしてしまった。

「ううん、大丈夫。ちょっと・・・これからの事が心配だっただけ」

「そうか。彼等はきっとうまくやる。明日から又、忙しくなるのだからそう気を詰めるな」

アルフォンスの気遣いに曖昧に微笑みながらも、思わずポツリと本音が漏れる。

「私もフィーみたいに、何らかの力があったらよかったのに・・・」

はっとした様に口を押えても、アルフォンスにはしっかり聞こえていたようで、ふむ・・・と考える様に顎を撫でた。

「ユウリはサイザリス殿の様になりたいのか?」

「半神になりたいわけじゃないわ。ただ・・・皆の役に立てるような、そんな力があったら私なんかでも役に立てたのにって・・・」

女神の使徒だなんて言われているのに何も出来ない、と漏らせばアルフォンスはキョトンとしたように首を傾げた。

「ユウリはそんな事を気にしていたのか?」

「だって、私なんの役にも立たなかったじゃない!」

「そんな事はない。それに、元々彼等の役になんて立たなくてもいいんだし」

その言葉に有里は愕然とする。

それはまるで「いらない」と言われている様で、スッと表情が消えた。

それを見てアルフォンスはギョッとした様に「違う!ユウリが思っているような事ではないから!」と抱きしめた。

「俺はユリアナから、ユウリは俺のお世話をする人と言われている。ユウリはそう言われて此処に来たんじゃないのか?」

そう言われて、ハッとした様に顔を上げた。

「ならば、俺以外の奴の役に立たなくたっていいだろう?俺の為だけにユウリは居るんだから」

そう言いながら、優しく頬に口付けた。


そうだった・・・私はユリアナの大切な人のお世話をするために来たんだった・・・・

それが子供でなくて大人の、しかも皇帝陛下だったのには驚いたけど。


「そうね・・・私はアルフォンスのお世話をする為にいるんだった」

今更ながらに此処に居る意味を思い出し、本来の目的を忘れていた自分に苦笑が漏れる。

「誰もユウリに願いを叶えてもらおうとは思わないよ。この世に女神ユリアナが存在するんだから。ユウリはあくまでも愛し子なのだから、皆に愛されていればいいんだ」

その一言に今まで重苦しかった気持ちがスッと一瞬にして軽くなった。

「あまりにも手のかからない子だったから、すっかり忘れてた」

ちょっと恥ずかしそうにアルフォンスを見上げれば、彼はどこか不服そうに眉を眇めた。

「手がかからないのなら、誉めて欲しいな」

「そうね・・・、偉いわ、アルフォンス」

そう言いながら、小さなアルフォンスにしてきたように頭を優しく撫でる。

「ついでに、ご褒美も欲しいな」

了承する前にちゅっちゅっと口付けてくるのは小さくはない、我が夫。

それを無防備に受けながら、有里は彼の首に手を回した。

「有難う、アル。私何か、勘違いしていたわ」

異世界文化に慣れてくるにつれ、女神の使徒という肩書で知らず知らずのうちに自分で自分を雁字搦めにしていたらしい。

「初心忘るべからず、ね」

「ん?何?それ」

「あぁ、私の国の諺でね、本来は『己の未熟さを思い出して精進しなさい』って意味なんだけど、私的には『此処に居る本来の意味を忘れずに変な欲は出すな』って感じかな?」

有里の言葉にアルフォンスは目を見開き、そして噴出した。

「本当にユウリは面白いな。別に欲があるなら俺に全部ぶつけてくれて構わない。今みたいにね」

「こんなくだらない欲でも?笑わない?」

「笑わないよ。だって今のだって、自分の為のよくではなく、我々の為にほっしたものだろう?それを聞いて嬉しくないわけが無いじゃないか」

全ての人を魅了するよな柔らかな微笑みを浮かべ、労わる様に頬を撫でてくれるその手に、思わず心臓が跳ね上がり、驚いたように有里は目を見開く。

頬を撫でるどころか、毎晩のように身体を合わせているというのに。顔が熱くなり心臓が高鳴るその症状は、まるで・・・・・

急に黙り込んだ有里に、心配そうに顔を覗き込んだアルフォンスは眉を寄せた。

「ユウリ、どうした?・・・・顔が赤いぞ?具合でも悪いのか?」

愛しい妻が混乱のあまり目を見開き固まっているなど知る由もない有里至上主義の夫は、焦った様に彼女を抱き上げ寝室へと向かおうとする。

「あ、いや、その・・・具合悪い訳じゃなくて・・・・」

「本当?」

こくりと頷く。それしか出来ない。顔もまともに見られない。


ちょっと・・・今更、こんな事ってあり!?

気持ちまで初心に戻ってしまったの??


「ユウリ?」

抱き上げたまま顔を覗き込もうと首を傾げた時、恥ずかしそうに上目遣いで見てくる有里と視線がかち合い、アルフォンスはごくりと喉を鳴らした。

「ねぇ、ユウリ・・・・どうしてそんなに顔が赤いの?」

そう言うアルフォンスの頬も上気したように朱が差し、見つめる瞳には欲の炎が揺らめきとても淫靡だ。

まるで夜の睦み合いの時の様に・・・・

その眼差しに誘われるかのように有里は、そっとアルフォンスの頬に手を伸ばした。

そして戸惑う様に視線を少し泳がせた後、意を決したように顔を上げた。


「あのね・・・今更っていうか、自分でも信じられないんだけど、その・・・・私、ね・・・・」


貴方の事―――又、好きになってしまったみたいなの・・・・

囁く様な妻の告白に、一瞬目を見開いたものの、蕩ける様な笑みを浮かべる夫。


「嬉しいよ。でも前にも言っただろ?俺は―――ユウリに毎日、恋をしているって・・・・」


恥ずかしすぎる告白の応酬に耐えきれず、手で顔を覆ってしまったその指先に何度も唇を落とすアルフォンス。

その足の向く先は当然、寝室なのだった。


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