第9話
お世話係と言いながらも時間の有り余る有里は、この世界に慣れるためよく図書館でこの国の歴史や産業、農業関係、特産物などその他色々調べていた。
そして、この国で彼女の国の主食たる「米」が作られている事を知ったのだ。
それ以来、色々な本を借りては知識として蓄える為、図書館通いは日課のようになっていた。
今日は、先日フォランドから聞いた地域特有の農産物に興味を覚え、地理と農作物関係の書物を借りにきたのだ。
見たことも聞いた事も無い果物に、味の想像ができないのにも関わらず口の中が唾液であふれかえる。
「あぁ、食べてみたいわ」
うっとりとしながら本を抱きしめる有里。
そんな彼女にリリとランは厨房を借りる時間が迫っている事を告げ、急いで向かうのだった。
「おはようございます!」
元気に調理場に入れば「おはようございます!」と複数の元気な挨拶が返って来た。
「料理長、今日はよろしくお願いしますね」
意の一番に挨拶をするこの城の料理長ローレンは、恰幅が良く豪快で髪の毛は全て白髪だが、見るからに美味しいものを生み出しそうな雰囲気をもったおじさんだ。
ぷくぷくしたその指先から繊細で美味しい料理を作り、有里にも色々なアドバイスをくれる、頼りになる師匠でもある。
また、時折厨房を借り日本の料理を作る有里のレシピにいたく興味を持ち、意見交換をしながら新しいメニューを開発することもあった。
「ユーリ様、材料は揃っていますよ。本当に手伝わなくてもいいのですか?」
「はい。今日はこの前の雪辱を果たす為に、皆さんに協力してもらった成果を最大限発揮してみせます。そして、陛下達をぎゃふんと言わせてやるんだから!」
と、拳を胸の前で握れば、「それは楽しみだ」とそれこそ豪快に笑った。
腕まくりをし、手を洗い、まずは肉の下ごしらえをしていく。
試作段階で悩んだのが、タレだ。
ここの調味料でどこまで何ができるのかを、模索する時間が結構長かった。
だが、その甲斐あってか思ったよりも美味しいものができ、試食した人たちの評判も上々だった。
黙々と作り続け、完成したのは、それこそお昼に近い時間。
出来たものを籠に詰め、後片付けをし料理長達の分をお皿に乗せた。
「料理長、後で感想を聞かせてくださいね」
そう言い残し、有里達はアルフォンスのいる執務室へと向かったのだった。
執務室のドアをノックすると、侍従長のエルネスト・アルカがドアを開けてくれた。
「アルカ侍従長、こんにちは。お仕事、大丈夫ですか?」
「ユーリ様。お待ちしておりました」
そう言って、有里が持っていた籠をそっと受け取り、中へと招き入れてくれた。
エルネストは赤みがかった金髪に赤茶色の瞳をした、なかなかのいい男だ。
アルフォンスやフォランド達より年上で三十五歳。
落ち着いた物腰ではあるが、隙が無い・・と言うのが有里の第一印象だ。
彼は前皇帝時代から仕えていて、リリとランの直属の上司でもあり、彼女らはエルネストを心から尊敬し命の恩人だと言っていた。
何やら込み入った事情がありそうな彼等だが、正直、そこまで踏み込もうとは思っていないし、今はその必要はないと思っている。
この世界に慣れるだけでもキャパシティーがオーバー気味で、無責任に興味本位でそう言事に首を突っ込みたいとは思わないのだ。
話したくなれば相手から話してくるだろうとも思っている。
取り敢えずは、職場で培った外面と愛嬌で、乗り切るべし!!
心の中で拳を振り上げ気持ちを引き締めながら、エルネストに笑顔を向けるのだった。
「ユーリ、昼飯ご馳走してくれるんだって?」
明るく声を掛けてきたのはアーロン・エインワーズだ。
彼は皇帝を護る精鋭部隊でもある、三つの近衛師団の頂点に立ち、二十六才という若さながらも近衛師団総指揮官だ。部下からは団長と呼ばれている。
ユリアナ帝国最強の一人とも言われており、言わずもがなアルフォンスとフォランドの幼馴染。
深い赤褐色の短い髪、新緑色の瞳を持ち、騎士らしくなく細身で爽やかなイメージがある。
口調も親しみやすく、有里的には一番話安いかもしれない。
「今回は大丈夫だと思うよ!でも、あんまり期待しないでね」
そう言いながら、リリ達が用意してくれたお皿に盛りつけていく。
エルネストはお茶を用意し、準備が整うと三人は一斉にサンドイッチに手を伸ばしてくれた。
ぱくりとかぶりつき、咀嚼する姿を有里は緊張した面持ちで眺める。
「・・・うん、旨い」
「これはこれは、美味しいですね」
「ユーリ!これ、旨いよ!この鶏肉の味付け最高!!」
三者三様の賛辞に、有里は心底ほっとしたように胸をなでおろした。
「よかった~」
「やりましたね、ユーリ様」
「試作を繰り返した甲斐がありましたね」
リリとランも我が事のように喜んでくれた。
「ありがとう!二人の協力のおかげよ!」
きゃっきゃ喜ぶ女子達に、アルフォンスは珍しくも柔らかな笑みを浮かべた。
「ユーリは食べないのか?」
「え?私はいいよ」
「いいから、こちらへ」
アルフォンスはポンポンと自分の横の席を叩いた。
ちょっと困惑した視線をリリに向けると、頷いてその席へと導いてくれた。
アルフォンスの横に座り、卵と野菜のサンドイッチを手に取り、頬張った。
う~ん!懐かしい・・・・
声には出さないが、しみじみと味わっていると、ふいに視線を感じ隣を見た。
「ユーリは本当に旨そうに食べるのだな」
「ん?そうかなぁ?・・・・あ、アル」
有里はトントンと自分の右の口元を指で示しながら、彼の口元にタレが付いている事を教えた。
アルフォンスは手の甲で拭うが的外れなところを拭い、中々取れない。
見かねた有里は「ほら、こっち向いて」と言って、人差し指でそれを拭い、ぺろりと舐めた。
その行動に、一瞬にして場が凍り付いたように固まった。
フォランドはにやにやと意味ありげに笑い、アーロンは顔を真っ赤にしあんぐりと口を開けている。
アルフォンスにいたっては、綺麗な目を全開にして呆然とした表情をしていたかと思うと、バチンッと音がしそうな位の勢いで手で口元を多い、有里とは反対側に体を向けてしまった。
エルネストやリリとランは微妙な笑顔を貼り付け、生暖かい視線を寄与してくる。
突然流れる微妙な空気に、私は何かまずい事でもしたのか・・・と、考え込む有里。彼女にしてみれば家族間で普通に行われていた行為がついつい出てしまっただけなのだが・・・
疑問符を浮かべる有里にフォランドは、
「あぁ、気にしないでください。陛下は、この昼食の美味しさを噛みしめているだけですから」
と、胡散臭い爽やかな笑みを乗せて、嬉しそうにお茶をすすった。
「そ、そうなの?それは、ヨカッタデス・・・」
何か違う気がしたが、追及した後ちょっと面倒くさい事になりそうな予感がしたので、有里は気にすることなく残りのサンドイッチを頬張ったのだった。
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