第10話
有里達が執務室を退出すると、アーロンはお茶をすすりながら大きな溜息を落とした。
「ユーリ、最強だね。無意識な分、余計に凶悪と言うか・・・」
アルフォンスの食べカスぺろりの他にも、有里は大人の・・というか、母親全開で三人の食べ盛り男子の面倒をみていった。
それはここにいる男達の心を、色んな意味で鷲掴みするくらいの威力はあったようだ。
「見た目は可愛いんだけど、完全に母親だよね」
そして先日、騎士団の練習場へひょっこり顔を出した時の有里の事をアーロンは話し始めた。
庭園の手伝いの帰りだと言って練習場へ立ち寄ると、ちょうど騎士の一人が恋人に今日、求婚するのだと同僚にからかわれている場面に出くわした。
それを見て有里は、部屋に飾る為に貰った籠いっぱいの花を整え、髪を結んでいたリボンを解き、可愛らしいブーケを作って彼に渡したのだ。
「もし良かったら、彼女さんにこれをあげて?」
「えっ!?いいんですか?」
恐縮する騎士に有里はその花束に負けないほどの笑顔を向けた。
「当然でしょ!この花束が少しでもあなたの力になれたら嬉しいもの。老婆心ながら協力させて」
騎士は感動のあまり涙目になり何度も感謝を述べる。
女神の使徒から貰ったブーケで求婚。失敗する気が起きないくらい強力な援護だ。
周りの騎士達も気さくに接してくる有里に敬意を表しながらも親しみを感じ、彼女が顔を出せば自然と周りに集まり雑談をし始めるのだ。
「俺びっくりしたんだよね。いつの間にか近衛師団の連中、ほとんどの奴らと顔見知りになっていて。和気藹々だったんだよ」
城内だけではない。この大陸中で今、有里は話題の人なのだ。
城で働く者は全てが城内に住んでいるわけではない。町から通ってくるものもいるし、出入りする業者もいる。
その人達が大ニュースとして町に広げたのだ。女神の使徒、降臨と。
しかもその使者はとても可愛らしく、気さくで、優しいのだと・・・
それ以外にも、尾ひれが何重にもついて、たった二、三ヵ月で伝説のような内容になっていた。
その事実を有里だけが知らない。
「人気があるのはいいことだけど・・・危険もその分増してくるからなぁ」
「そうですね・・・分け隔てなく皆と接するのは良い事ですが、中には馬鹿な勘違い野郎が出てくるかもしれません。侍従長、リリとランには今以上に気を配るよう話しておいてください」
フォランドはエルネストに視線を投げると、彼は小さく頷き返した。
「それに・・・隣の大陸にも話は流れてるだろうから・・・」
アーロンは少し考え込むように眉を寄せた。
「お隣も益々、きな臭くなってきてますからね・・・」
フォランドの言葉にアルフォンスは、ソファーに預けていた背を起こした。
「セイルの港町の状況は?」
「あまり良くないようですね・・・先日もこちらから兵を派遣したのですが、予想以上に治安が乱れてきているようです」
フォランドの言葉に、アルフォンスは溜息を吐きながら、再度、背もたれに体を預けた。
「手遅れになる前に、計画を進めなくてはならないな・・・」
「まさか、アルが・・・?」
アーロンは驚いたように問うが、何が、とは言わない。
「この国を守るのが俺に役目だからな」
と、此度の掃討作戦には自ら陣頭指揮を執る事を告げたのだった。
セイルとは、ツェザリ国にある港町で、隣のフィルス帝国に最も近い町だ。
その所為か、隣の大陸からの難民、傭兵崩れのならず者がこの町を目指しやってくるのだ。
警備を強化しているものの、港町を取り囲むように守るのは不可能で、隙をついては上陸してくる。
それと比例して町の治安は乱れ始めた。
基本、難民は受け入れるようにし、各国で幸せに暮らしている者達もいる。
だが、ならず者たちは、闇夜に紛れ犯罪を繰り返し、その町に留まることなく帝国を荒らし始めていた。
一度、掃討作戦を行いはしたが、また新たに上陸する。まるでいたちごっこできりが無い。
基本的な問題、フィルス帝国内の問題が解決しない限り、同じことの繰り返しなのだと誰もが分かっている。
だが、下手に干渉すれば一触即発の事態にもなりかねない。それほどまでに彼の国は荒れているのだ。
国が乱れた原因。それは、フィルス帝国は此処何代か指導者に恵まれていない事にある。
昔はユリアナ帝国同様、豊かな大陸だった。だが、ある時を境に徐々に乱れ衰退していったのだ。
そして今では国交断絶にまで発展し挙句、この国の豊かさを手に入れようと戦は仕掛けては来ないものの、間諜や暗殺者まで送り込んでくること数え切れず。
「ユーリがいるからな。何かあってからでは遅い」
思案顔のアルフォンスにフォランドはニヤニヤと意味深な視線を送った。
「・・・何だ?気持ち悪い顔をして」
「いいえ、アル自ら出陣となれば、ユーリは寂しがるのでは?一日や二日では帰ってこれないのですから」
「そーだよね。ユーリはこっちに来てまだそんなに経っていないし。不安になるんじゃない?」
「・・・なんだ、お前たちは俺が出る事に反対なのか?」
「いーや。皇帝自ら出陣となれば士気は上がるし、例えならず者相手でも雷帝と呼ばれるアルがいてくれればこっちは有難いさ」
アルフォンスは政の才だけではなく、戦事に関しても秀でており鬼神の如く敵を薙ぎ払い、アーロンをも凌ぐ力を持っていた。
彼が振るう宝剣は闇をも切り裂く稲妻の剣とも呼ばれ、その使い手であるアルフォンスは雷帝とまで呼ばれている。
その戦の鬼神が共にいてくれるのは兵たちにとっては喜ばしい事。
だが、いつも先陣をきって戦う彼の危険度も言わずもがな上がり、守り切る自信はあるが、いつも無茶をし負傷するアルフォンスにアーロンはハラハラしどうしなのだ。
だからあえて有里を盾に釘を刺す。
「でも、アルが無茶をしていつもみたいに怪我なんてしたら、ユーリが心配する。彼女が住んでたのは戦のない平和な国のようだから」
その一言にアルフォンスは「ぐっ・・・」と唸る。
「そうですね。早く帰りたいがために無茶をし、ユーリを悲しませるようなことを、アルはしませんよね?」
怖い笑顔を張り付けたフォランドが、それ以上の恐怖を覚えるくらいの抑揚のない声でアルフォンスに同意を求めた。
「フェル・・・怖いからその顔、やめろ・・・」
「失礼ですね。確かに貴方がいればならず者の掃討は簡単でしょう。ですが、焦りは禁物です」
「わかっている・・・・だが、機は熟した」
アルフォンスの一言に、二人は表情を引き締めたのだった。
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