第3話

ここは、ユリアナ帝国宗主国であるツェザリ国。

厳かな謁見の間の王座には、若き皇帝アルフォンス・ツェザリ・ユリアナが、頭を下げ挨拶をする三人を無表情のままに見下ろしていた。

うっすらと緑がかった銀髪を後ろへ撫でる様に流し、若葉色に琥珀を散りばめた様な不思議な瞳を持つ皇帝は、なまじ美しい顔立ちをしている所為か、表情がない分かなり冷たい印象が強い。

だが、目の前の三人は気にすることもなく、どこか儀礼じみた口調で淡々と美辞麗句を並び立てている。


今日は半年に一度の、三つの領土の国王たちが宗主国に赴く日だ。

ユリアナ帝国は四つの領土からなり、大陸の南側に位置するツェザリ国が宗主国となっている。

二十六才の若き皇帝アルフォンスが前皇帝が亡くなった五年前より治めていた。


宗主国より東に位置するのが、ヴェールジュ国。

レオンハルト・ヴェールジュ国王が治めており、アルフォンスの叔父でもある。

兄である前皇帝と少し年が離れており、現在四十五才の家族第一主義イケメン国王である。


宗主国と反対側、北側に位置するのが、アーシェスタス国。

レイノルド・アーシェスタス国王が治めており、アルフォンスより三つ年上の二十九才。昨年王位を譲られ王となった。

お互い独身でもあるせいか、アルフォンスと人気を二分するほどの美形国王である。


最後は宗主国の西側に位置する、べェーレル国。

シェザリーナ・べェーレル女王で、アルフォンスの実姉が統治している。

十八才の頃より統治しており、女傑として他国より一目置かれている。

三十五才とは思えないほど若々しく、活発。

彼女の力の源は夫と三人の子供達。厳しくも優しい母親でもある。


この国ではその国の王となる時、その国の名を姓としなくてはならない。

よって、アルフォンスの姉はべェーレルを治めたその時から、姓を変えなくてはいけなかった。

ツェザリ国以外は世襲制と言うわけではなく、アーシェスタスのように息子に継がせる場合もあるが、大概は皇帝の血縁者が治める事が多かった。

その所為か、四人は互いを愛称で呼び合うほど仲が良く、年若い皇帝陛下を陰で支えていると言っても過言ではない。

この儀礼的な挨拶も、さっさと終わらせて早く四人で寛ぎたいのが本音だ。

そう、いつもならそこで終わり、別室で四人寛ぐはずだった。


「恐れながら、皇帝陛下。申し上げても宜しいでしょうか」

そんな声が上がるまでは。


アルフォンスの玉座から見て、右側に大臣、左側には貴族たちが立ち並んでいた。

その貴族の中から、一歩前に出る者がいた。

エンゲリオフ・ヌルガリ伯爵。

その容姿は「チビ・ハゲ・デブ」プラス「脂ギッシュ」の、こってこてのキモ容姿だ。

そして性格もまた、この帝国の毒にはなるが薬にはならない所謂、利己主義者。


この帝国は、フィルス帝国と比べ、かなり国民の意に沿った政策を進めている。

大臣官僚は昔は能力に関係なく貴族階級が占めていたが、数百年も前の皇帝がそれを廃止し、身分に関係なく能力重視とした。

全ての国民に勉学の機会を与え、貧富の差も縮めようと画期的な政策を次々と打ち出したのだ。

当然、自分たちの立場を脅かすであろうそれに、反発した貴族たちもおり、いくつかの貴族が結託して反乱を起こそうとしたが、それは未遂に終わりそして、断罪される。

急激な変化は、当然反発を生む。だが、より良い未来を掴むために、決断が必要な時もあるのだ。

彼の実績は歴史上稀に見る賢帝と湛えられ、暁の帝王とも呼ばれていた。

そして皇帝を支えた皇妃が、実は異世界の娘だという伝説もあった。


それを経ての現在だが、当然、貴族至上主義の考えを持つ者も少なくはなく、だからこそ、いまだに身分制度が存在する。

ヌルガリ伯爵はその筆頭で、皇帝へ取り入れられようと必死なのだ。

「陛下、先日、私がご提案しました後宮の件、此処に三ケ国の王もいらっしゃいます。再度、ご提案させていただきたい」

そう言って、恭しく頭を下げた。

玉座のアルフォンスは表情を変えることなく、ヌルガリを一瞥し、三人へと視線を移せば三人の王は肩をすくめ苦笑を浮かべる。


ただでさえ、帝国一の金と権力を持つ男が、美丈夫で独身とくれば、当然このような提案が起きることは予想がつく。

また、アーシェスタス大公国のレイノルドにも身に覚えがあり、思いっきり顔を顰めた。


このツェザリ国には後宮がない。というか、ユリアナ帝国に存在しない。

暁の帝王が後宮を廃止し、それ以降、存在しないのだ。

これまでも皇帝と血縁を結びたい貴族が何度も提案してきてはいたが、歴代の皇帝は全て退けてきた。

先日も、後宮に関しての議題が、彼により提案された。が、アルフォンス自ら却下していた。

だが、懲りずに何度もこうして発言をしてくる。

彼をここまで突き動かしているのは、己が娘をなんとしても皇帝の妃に、と言う野望のみ。

その見え見えの魂胆に、皇帝を筆頭に大臣たちは辟易していた。


面倒臭そうに溜息を吐き、自分の右に控える宰相、フォランド・ベルモントをちらりと見た。

肩までの伸ばしたダークブロンドの髪を後ろで束ね、人の好さそうな表情を顔に張り付けてはいるが、彼は皇帝の懐刀とも呼ばれているほどの切れ者だ。

彼は小さく頷き、青色の瞳をスッと細め、一歩前に出た。

「ヌルガリ伯爵、その件に関しては先日、陛下より直々に却下されたはず。陛下の意向を汲まず何故、再度議題とする」

冷たい・・・まさに底冷えするような、冴え冴えとした声が、謁見の間に響いた。

宰相とは言え、まだ二十六才の若造の声に、言葉に、大臣はもとより、貴族たちもびくりと肩を揺らした。

だがそこは厚顔のヌルガリ伯爵。脂汗を滲ませながら、なおも食い下がる。

「しかし、国を思うならば陛下もそろそろご結婚され、お世継ぎをと。後宮を復活させ、より良いご縁に出会っていただければと言うのが我等の願いでございます」

後宮を復活させれば、恐らく意の一番に自分の娘を送り込んでくるのだろう。彼に似ているという評判の娘を。

「恐れながら、我が家からは、幼少の陛下をお世話させていただいた者もおります。よって、お子様がお生まれになっても、ご安心かと」

彼の頭の中では、どうやら彼の娘が皇帝の子を産む事になっているようだ。

その伯爵の言葉に、無表情を貫いていたアルフォンスが、あからさまに顔を顰めた、その時だった。


『あらぁ~、それはちょっと違うんじゃなぁい?』


突然、決して狭くはないこの部屋に女性の声が響いた。

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