ex.2 僕が女装したら何だか周りの様子がおかしくなって?!
「ちょっと雪乃さん! 少しだらけ過ぎじゃありませんか?」
それはとある昼下がり。とても憤慨した様子でいるのは文香ちゃんで、その怒りの矛先は文香ちゃんの家のリビングのソファにだらっと寝そべりぐうたらしている一ノ瀬家の使用人に対してだった。
「だってしょうがないじゃありませんか。私が何かする前に、薫さんが全部終わらせているんですもの。あーのんびりしながら貰える給料は最高ですね」
雪乃さんは文香ちゃんを見向きもせず、世の休日のお父さんのように横になりながらお菓子を食べている。
「もう頭に来ました。お姉さま、今すぐこちらに来て頂けますか?」
一ノ瀬のリビングで、大きな庭に繋がるガラス戸を掃除していた僕は、雇い主の娘である文香ちゃんに呼ばれて近くまで寄った。
「お姉さま! 雪乃さんを何とかしてくださいよ」
「何とかと言われましても……。私もこの部屋の掃除が終わったら他にやることもありませんから、雪乃さんに手伝って頂くことは何も……」
ちなみに僕は裁判で文香ちゃんのお父様と親しくなって以来、暇な時のパートタイマーとして一ノ瀬家の使用人としてアルバイトをしている。
「ああ、何ということでしょう。お姉さまがお屋敷に来てからというもの、雪乃さんがただの穀潰しになってしまいました……」
「なーにを失礼な。お嬢様だって薫さんが働いてくれると聞いて、それは喜んでいたじゃありませんか。私はそのつもりなかったのに、わざわざメイド服まで着させているのも他ならぬお嬢様でしょうに」
「そ、そうなのですか?」
確かに今僕は女装して働いている。それも雪乃さんとお揃いのメイド服をだ。
勤務初日に雪乃さんから手渡され、これを着るのが勤務条件だと聞かされていたものだ。
僕はてっきり雪乃さんがそうしたいから着させられているとばかり思っていたけれど……。
「だから何で雪乃さんは言わないでと約束したことを平気で言うのですか!」
「私こそ以前お話しましたよね。一方的なお願いは約束ではないと。私はお嬢様が好きなだけ薫さんを視姦出来るように、極力邪魔にならないようにしているだけですから」
「し、視姦なんてしてません!」
また始まったと僕は呆れる。
確かに僕と雪乃さんが恋仲になる前から、このような感じで二人は軽い言い合いになることはあったけれど、僕達の交際が始まってからというもの、その回数が多くなった気がする。
まぁだからといってこの二人が本気で喧嘩を始めて仲が悪くなることはありえないと、働き出してからはよく分かったので安心していられる。
もちろん気をつけておくことは、何より二人に巻き込まれないようにすることだけだ。
「あ、薫さん。お掃除が終わったら紅茶を淹れて頂けませんか? それから、私の部屋でマッサージをお願いします。どうにも最近足の疲れが取れなくて」
「……お姉さまとお付き合いされるようになってから、どんどん雪乃さんが堕落しているような気がします」
文香ちゃんは雪乃さんに対して怒りを通り越して、もはや呆れ果てている。
「ま、薫ってそういうとこあるよね。ダメ人間製造機というか、つい相手に尽くしちゃって捨てられる女みたいな」
そう言ったのは櫻子さんで、雪乃さんがだれているソファの向かい側の椅子に座っていた。
櫻子さんを助け出した一件以降、どういう訳か文香ちゃんと急激に仲が良くなった櫻子さんは、こうして定期的に一ノ瀬家へ遊びに来る。
「お姉さま? 雪乃さんに捨てられても、ふみがいつでも待っておりますから安心してくださいね」
「ふっふっふ、残念ね文香ちゃん。予約はあたしの方が先だから、文香ちゃんはその次ね。まぁ次なんて来ないけど」
「言いましたね櫻子先輩。ふみとお姉さまのえっちの盗み聞きを聞いて心が折れたのは櫻子先輩じゃありませんか」
「そ、それを持ち出すのは反則じゃない? だいたい文香ちゃんだって振られてるんだからお互い様じゃない」
「残念なのは櫻子先輩の方です。だってふみはお姉さまとえっちしたことありますが、櫻子先輩はないじゃありませんか」
「な……っ!? この、言うわね……」
文香ちゃんの矛先は雪乃さんから櫻子さんへと移り、今までと変わらずきゃあきゃあと賑やかなままだった。
昔から女三人寄れば姦しいとは言うがまさにその通りで、どうしてこうも飽きずに同じような話を繰り返せるのだろうかと感心する。……話の内容はさておいて。
「雪乃さん、悪いけど今晩薫借りるから! さぁ薫、黙ってあたしを抱きなさい」
「ちょっ、櫻子さん! 何を言って——んんっ!」
戸惑う僕の唇を塞いだのは雪乃さんの強引なキスだった。
雪乃さんは僕をソファへと引きずり倒し、二人に見せつけるように貪った。
「残念なのはお二人ともです。今晩も明日の晩も、薫さんは誰にも貸しません」
雪乃さんは僕に優しく微笑み、そしてもう一度キスをした。
「だって薫さんは、ずっと私の女ですから」
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