第47話 戦いは男の顔をしていない
「何でこうなるんだよ! 女二人にぃ!」
そう忌々しそうに叫ぶのはリーダー格の高級スーツの男。
手にはずっとナイフを握り締めていたが、その手は震え、足は怯えていた。
男にとってそれは信じられない光景であった。
これまで何度も激しい喧嘩や抗争を繰り返し、男は過去に自分の二倍はあろうかという屈強な男をねじ伏せたこともある。
百戦錬磨の自負さえもあった男は、こともあろうに襲い掛かる女子高生とメイドに恐怖を抱いていたのだ。
高級スーツの男が乱闘から少し離れたところでそうして震えているうちに、仲間の数は目に見えて減っていく。
ついに最後、日本刀を持った仲間が武器の切れ味を発揮する前に、女子高生が奪った自転車用のチェーンを使い、仲間のその顔をズタズタにしている光景を目の当たりにすると、次にやられるのは自分であると嫌でも気付く。
一人を除いて男達は皆やられた。
ヤクザでもない女二人はヤクザ以上に情け容赦なく、そして無慈悲な暴力の渦を以てその場を蹂躙した。
なぜ彼女達はここまでするのか男は恐怖の海の中で疑問に思う。
例え喧嘩であっても
顔を鉄パイプで殴られ口から歯を溢している者。肩から先の腕があらぬ方向に曲がっている者。膝の関節を壊されただみっともなく地べたをのたうち回る者。
女二人に戦いを挑んだ者全てが惨い有様で、むしろ死人が出ていないのが奇跡のようでもあった。
大立ち回りを見せた二人はあちこち叩かれ殴られ、満身創痍の重傷であるはずなのに未だ健在だ。
男は理解に苦しむ。圧倒的な数の優位がありながら、どうして負けたのか。だが薄々気が付いてもいた。
喧嘩に必要なのは腕力と度胸だ。しかし女達は喧嘩をしに来たのではない。囚われた女を助けに来たのだ。男達を殺すつもりで来ていたのだ。
ならばこれは実に単純な話で、人を殺すのにはただ覚悟さえあればいい。
人間には武器を手に持つその時から、頭に無意識で浮かぶ相手を殺してしまうかもしれないという恐怖が生まれる。それは恐怖という名の安全装置だ。
だが強い覚悟で安全装置を外してしまえば、後に残るものは単純であり純粋な暴力だけだ。
だから強いはず。通りで強いはず。男は恐怖以上に差し迫る死に怯えた。死はもうすぐそこまで迫っている。そして死は女の顔をしていた。
男は脱兎の如く走り出す。だが逃げない。逃げたいが出口は死の真後ろだった。死を振り切って逃げる術はない。ならばと方策を練る。
いや、そんなものを練る余裕は男に残されてはいなかった。ただ生存本能に従って、己が生き残る最善の策を見出す。例えそれが誰かにとって最悪であったとしても。
「く、来るんじゃねぇ! 来るんじゃねぇぞクソが!」
最後の一人、高級スーツの男が動き出すのを薫達は見逃さなかった。
男が走り出したと同時に追いかけたが、男まで迫るあと数メートルの場所で、その足を止めざるを得なかった。
「そうだ、そのまま動くな。でなきゃこの女の喉を掻き切る」
男が見出した生存戦略は人質を取ることだった。多くのヤクザが薫と雪乃に気を取られ監視がいなくなったとはいえ、倉庫の真ん中手足を縛られ逃げ出すことも出来なかった櫻子は格好の餌食となった。櫻子の背後に回り込み、首筋にナイフを押し当てる。
「い、いや……薫っ! 薫ぅ!」
「櫻子さんじっとしてて! ……この卑劣な」
男が感じた同種の感情は、鈍色に光るナイフを通じて櫻子にも伝染する。薫が救助に来たことで薄れていた恐怖の感情が再び蘇り、櫻子は体を強張らせる。
「櫻子さんを離しなさい!」
「るせぇ! こいつを殺されてーのか!」
感情昂る男の手に力が入り、ナイフの先端が櫻子の首に食い込む。つぅと一筋流れる自分の血が肌を汚す様を見て、櫻子は気絶してしまう。
「くそっ、こいつ!」
突如力を失い自分にもたれるように倒れる人質の重さに、男は体勢を崩してしまう。
雪乃はその隙を見逃さない。
咄嗟にメイド服のスカートの裾を翻すと、露わになった太ももに巻かれていたのは皮製のベルトに繋がったホルスター。
そして即座に銃を引き抜き構えると、照準と共に引き金を引いた。
パシュッとガスが噴出する音と同時に銃口からワイヤーが飛び出す。ワイヤーの先には針のように鋭い電極があり、それが男の額に突き刺さった。
「んんあああああああっ‼︎」
バチチチチと小さく電流が流れる音が聞こえると、高級スーツの男は獣のような呻き声を上げながら倒れた。
「櫻子さんっ!」
すぐに薫は櫻子へ駆け寄り状態を確認すると、気絶していることを除けば体にそこまで大きな傷がないことを確認し、ようやく安堵する。
「……テイザー銃ですか。そんなものがあるなら早く使ってくださいよ」
「これは一回きりの、言わば虎の子ですから」
雪乃は役目を終えた銃にキスをして、そして地面に放り投げた。
もう武器はいらない。
辺りに立つ者の影はなく、戦いは終わった。二人はそれを実感し、互いに見つめ合い、そして自然と笑みが溢れる。
「さぁ薫さん、さっさとズラかりましょう。その、多分やり過ぎたので、何かしらの罪に問われます」
「ええ、そうですね。警察に出頭するのは櫻子さんを安全なところへ運んでからです」
辺りに散らばる櫻子の服をかき集めてそれを着せる。二人は櫻子を抱き抱え、そして歩き出した。
「家に帰りましょう。みんなで」
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