第46話 反撃
それからどれくらい時間が過ぎただろう。三十分か一時間か。
手足を縛られて身体の自由が効かない櫻子にとって、逃げ出すことも叶わず周囲に武器を持った恐ろしい男達がたむろし、それでいて時折いやらしい視線で全身を舐め回すように自分を眺めてくる状況は、耐え難い苦痛となって体内時計を無限に引き伸ばす。
「アニキ。早いとこマワしちゃいませんか?」
櫻子を近くで監視するようにじっと立つ高級スーツの男に向かって、ジャージ姿の男が話しかけた。
「だめだ。お嬢からまだ許しがない」
高級スーツの男は待てと命じるが、ジャージの男はそれでも食い下がる。
「いやぁでもっすよ? いくらお嬢の命令つっても、ガキを攫ったってカシラにバレたらマズくないっすか? どうせお嬢も俺らにやらせるつもりなんだから、はぇーとこやっちまわねぇと。部屋住みの連中まで連れて来てるんすから、バレたらやべーっすよ」
ジャージの男にそう言われ、高級スーツの男は櫻子をしばらく見続けてから、ジャージの男に向き直り頷いた。
「……だな。おい、野郎共! てめぇでマスかく時間はここまでだ。これからはこの嬢ちゃんに思い切りぶち込んでやれぇや!」
高級スーツの男の一声に、倉庫にいた男達は皆一斉に歓喜の声を上げた。
「んっ、んんん……っ!」
遂にその時が来たことを櫻子は悟り、自由の効かない手足でもがき、後ずさる。
「どこに逃げようってんだよ。ああっ?」
だが背後にも男が一人、櫻子の行く手を阻む。
「大丈夫だよ、安心しろよ。こんな人数にぶち込まれることなんか滅多にねーんだからよぅ、おめーも楽しめや」
「——んぁぁんっ、んんぁんっ‼︎」
後ろから首筋をねっとりと舐められて、嫌悪の鳥肌が全身を駆け巡る。
そうされている間に他の男達もやってきて、櫻子の全身を弄ぶかのようにべたべたといやらしい手つきで触る。
ブラウスを力任せに破かれたのを皮切りに、全身の衣服や下着までもがあっという間に剥がされて、珠のように白く美しい肢体が醜い欲望の渦に曝された。
「おい、やべーなこいつ。超エロいじゃねーか」
「どうせ学校で男のやりまくってんだろ。こんな上玉ほっとかねーって」
「マジでガチJKハメれるなんて、俺ヤクザになってよかったっす」
「うっせぇ馬鹿野郎。てめーは最後だ。いいからさっさとぐつわ外せ。上の口も使わねーと勿体ねーだろ」
猿轡を外された櫻子だったが、身体じろじろ眺め好き勝手なことを言い合う男達に向かって怒りの言葉をぶつける余裕などありはせず、漏れるのはこれから自分の身に起こることに対する恐怖と絶望から逃れたいと願う泣き声だけだ。
「うわぁ、ガチ泣きしてるわこいつ」
「るせーな。イケば黙んだろ」
男の一人が足の縄を解き両足を大きく広げると、櫻子の穢れた腕を伸ばす。
「いっ——‼︎ いやぁっ! やめて‼︎ やめてやめてやめてぇ‼︎ 誰か助けて‼︎」
「うるせーんだよマジで‼︎」
大きく硬い拳が櫻子の顔面に振り下ろされ、鈍い音と共に強烈な痛みが襲った。
櫻子は恐怖のどん底に陥り、脳は麻痺する。
抵抗の意思はあれど、身体は命令を拒絶する。
痛みは死への恐怖を生み出した。逆らえば殺される。逃げ出せば殺される。殺されるのは嫌、死ぬのは嫌だ。生存本能は櫻子の身体の自由を殺し、自らの死を避ける。
「おいおい、あんまし顔殴んなよ。ぐちゃぐちゃのブサイクとやれってんのか?」
「す、すんません」
男達は陵辱の手を止めず、好き勝手に一つの身体を辱める。顔や身体を舐め回し、面白くなければ蹴り殴打し、まるでオモチャのように櫻子を扱った。
「さて、そろそろお楽しみだ。ヤス、まずはてめーがやれ」
「え、いいんすか?」
「いいからさっさとやっちまえ。嫌なら他の奴にやらせるが」
「い、いやぁ、俺がやります!」
ヤスと呼ばれたジャージの男は、マットに横たわる櫻子の前に近づいた。
「嫌だ、やだやだやだやだ、やめてっ! いやっ! 助けて、助けて薫! かおるぅぅ‼︎」
咄嗟に浮かんだのはやはり大切な幼馴染の顔だった。
こんなところに薫が来るはずがない。告白を拒絶した女を助けるはずがないと分かっていても、薫の名前を叫び助けを求めることしか出来なかった。
「櫻子さんっ‼︎」
その声は櫻子にとって聞き馴染みのある声音。そして男達には予期せぬ叫びだった。
声に驚いた男達が一斉に振り返ると、倉庫の扉が開かれて、その前に立っていたのは二人の女。
方や女子高生、方やメイド服の奇妙な二人組が、自分達しか知らないはずの秘密の場所に乗り込んで来ている事実が不思議でならなかった。
「おい、見ろよ! 女が二人も増えやがったぜ! 何の用で来たか知らねぇが、ついてねぇなぁ。ちょうどこっちは穴が足りねぇと思ってたとこなんだよ」
突然の来訪者に警戒した男達であったが、それが女だと分かると一様にケラケラと笑い出す。
男の一人が前に進み出て女子高生の方に近づくと、下品な目つきでじろじろと眺めた。
「しかもこりゃあかなりの上物じゃねぇか。どうしてお前みたいなのがこんなとこ来るんだ、あぁ? 友達と一緒にズコバコされに来たってか?」
「……櫻子さんに何をしたのですか」
凍てつくような視線の女子高生——薫は、鼻息荒く至近距離にいる男にそう問いかけた。薫の目に映るのは、服を剥ぎ取られ裸にされた櫻子と、それを取り囲む下品な男達。
その状況から推測される事実は一つしかないが、わざわざ問いかけたのは質問するためではない。これは怒りに満ちた薫からの宣戦布告だ。
「お前ら運が良いな。ちょうどこれからお楽しみってとこなんだよ。やっぱりパーティーは初めからいた方が楽しいからな」
「……それには同感です」
「へへへ、そうこなくちゃ——ぐぉえ……ぅぅおうぇ……かはっ、あ、ああ……」
男は一瞬何をされたか理解出来なかった。
喋っていると突然女子高生の腕が自分に迫った。そこまでは理解出来たが、何故か急に息が出来なくなり、酸素が足りずに段々意識が遠のいていく。
男が喉を押さえ苦しみながら地面に倒れると、残りの男達は皆驚いた。
薫の放った正拳突きは正確に男の喉を潰して、あっという間に地面に叩きのめしてみせたのだ。
「……か、カチコミだ!」
誰かが叫んだ。男達は櫻子を囲むのをやめて、各々手に武器を持つ。
それに対するように薫とメイド服の女——雪乃も身構えた。
(来てくれた……。本当に助けに薫が来てくれた……)
助けを求めたのは自分だ。薫を願ったのは自分だ。だけど本当に薫が来ると思っていなかった櫻子は、嬉しさと戸惑いの二つの感情の昂りに混乱していた。
薫が男を倒した時に確信した。薫は本気で自分を助けに来たと。
薫の隣にいるメイドが誰かを櫻子は知らない。きっと薫と一緒に自分を助けに来てくれた人なのだろう。
しかしいくら薫一人じゃないとしても、相手は大勢だ。中には日本刀やナイフを持った者もいる。このままでは薫が殺されてしまう。
そう思った櫻子は全身全霊で声を出す。
「ダメっ‼︎ 薫逃げて‼︎ 殺されちゃう‼︎」
だが薫は逃げ出さない。一度櫻子の方に顔を向け、美しくも愛らしい笑顔を見せると、また険しい表情に戻り男達と相対した。
「薫さん。幼馴染さんもああ言っておりますが、どうしますか? 私もこんなにいるとは思っていませんでした」
「なら雪乃さんはここから逃げて警察を呼んでください。雪乃さんに怪我をして欲しくありませんから」
「……薫さんの分際で私を舐めるなです。いいでしょう、やってやります。私もこれ以上薫さんに怪我をさせる訳にはいかないので」
薫と雪乃。二人は互いの目を見て一度頷き合うと、男達に向かって走り出す。
(どうして……何で逃げないの……)
状況は多勢に無勢。始まった乱闘は地獄のような叫び声を倉庫中に響かせて、耳鳴りのような断末魔や、誰かが殴られ血を吹き出す光景に、櫻子は目が離せないでいた。
薫も雪乃も、何度も殴られながら、それでも怯むことなく立ち向かい、一人また一人と倒していく。
自分の血や返り血で服を真っ赤に染めながら、武器で殴られたら、それを奪い殴り返す。薫が狙われれば雪乃が守り、雪乃が襲われれば薫が庇う。そうして息の合う二人は、まるで昔からずっとそうしていたかのような連携でヤクザ達を少しずつ圧倒していった。
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