第35話 思春期男子キラー
「薫さん。こうなってはこの盗聴器がいつ仕掛けられたのか推測する必要があります。最初にですが、薫さんがこの鞄を準備した時にはこのようなものは入っていませんでしたよね?」
「はい、間違いありません。文化祭の日の朝に鞄が空か確かめて荷物を詰めましたから」
「なるほど。ということは盗聴器が仕掛けられたのは学内とみていいでしょう。出来ればその日一日の行動を包み隠さず教えてください」
僕は了承し、雪乃さんに全てを話すことにした。その日誰と過ごしてどこに行ったのか。そして櫻子さんとの罰ゲームについても触れ、僕が鞄を学校に忘れていったことを伝えた。
「あらあら、櫻子さんとやらもしっかりやることやっているのですね。それでいてそんな態度ですから、呆れて物も言えません」
「やめてください雪乃さん。その……あまり櫻子さんを責めるのは」
もちろん雪乃さんが言いたいことも理解出来るけれど、今更そこを掘り返しても事態は好転しない。
「いえ、別に責めるつもりはないのです。私もお嬢様も同罪ですから責める資格もありませんから。ですがまぁ何と言いますか、ここのところは女の嫌なところばかりを見せつけられると言いますか、薫さんの周りに渦巻くよくない感情に嫌気が差します」
「は、はぁ……。何だか僕には理解できないもののようですね」
女性の嫌なところというのは、沙織さんが言った下心というものなのだろうか。だけどそれがどういったものなのか、僕にはまだ分からない。
「薫さんはそれで良いのです。顔だけじゃなく心まで女性になったら目も当てられませんから」
「いえ、あなた昨日心まで女性にしようとしていたじゃありませんか」
「いやまぁ、アレはアレということで。私もあの時はおかしくなっていましたから」
少し恥ずかしそうに言う雪乃さんに、僕もあのことを思い出して逃げ出したくなる。
「さて、では盗聴器が仕掛けられたタイミングですが、薫さんが鞄から離れていたミスコン出場中か、忘れて下校した後か。もしくは櫻子さんが行為中に忍ばせたという可能性も無きにしもあらずといった具合ですが、不審な動きをすれば薫さんならお気づきになられるでしょうし、何より薫さんのためにも一応選択肢から除外しておきましょう」
「あ、ありがとうございます……」
僕のためと言うけれど、まだ雪乃さんは櫻子さんが仕掛けたか、何かしら関与したと思っているらしく、言葉の端にはトゲがある。
確かにまだ櫻子さんが情報を知っていたことに関する疑念は残っている訳だからそれも致し方ない。
ここは櫻子さんの疑念を払拭するためにも、冷静に記憶を辿り、怪しい点が無かったかを思い出す。
「そういえば……僕が帰宅後に鞄を生徒会室に届けてくださった方がいたような気がします」
記憶の片隅に、それは本当に些細な会話の中に、一つだけ僕以外の人物が鞄に触れた決定的な出来事があったことに気がついた。
僕が鞄を忘れた後に、忘れ物として生徒会室に届けて文香ちゃんに手渡した人物がいる。
「それはどなたか分かりますか?」
「僕が直接受け取った訳ではありませんから本当にその人かはっきりしませんが、文香ちゃんが言うにはミスコンの受付をされていた男子生徒だそうです」
ミスコンの受付をしていた人が、僕が登録した時の人と同じとは限らないが、少なくとも受付をしていた人物で思い当たる顔は一つしかない。
「確かに運営に関わっていた人物なら最後に忘れ物がないか確認で更衣室に入るのも不自然ではありませんし、見つかれば生徒会室に届けるのも普通の行いです。薫さんが帰宅後の話ですから盗聴器を仕掛けるタイミングはあるでしょうが、かと言って動機もないのです。薫さんの話ぶりですと、あまりその生徒と接点はないのでしょう?」
「ええ。声を聞いたのは受付の時が初めてですし、顔は覚えていますが、どの学年の誰さんかまでは存じません」
雪乃さんの言う通り、タイミングとしては怪しいが、盗聴器を仕掛ける動機がない。そもそも初対面の人間のために盗聴器を用意するだろうか。
「接点がないとなると、その人に何かされたとか、逆に薫さんが何かしたということもないでしょうし、容疑者としての可能性は薄そうですね」
「あっ……いえ、何でもないです」
何かしたされたの話で、僕はその生徒にしたちょっとした悪戯を思い出した。しかし流石にそれは関係ないだろうから誤魔化そうとするも、雪乃さんは隠し事はやめろと言った具合にこちらを見ていた。
「何と言いますか、その……受付の時に少し冷たく対応されたことにちょっとだけ腹が立ちまして、女装姿で軽い仕返しを……」
「薫さん、意外と狭量なんですね」
「うぐっ……」
図星を突かれ狼狽る。確かに自分でもあの時は小さかったな思っていた手前、尚更だ。
「それで、悪戯とは何をなさったのですか?」
「ぜ、全然大したことはしていなかったのですよ? ただ少し女装の出来栄えを確かめようと反応を伺ったと言いますか……」
「勿体付けずさっさと言いやがれです」
雪乃さんに急かされて、遂に僕は観念した。
「その……僕の女装に驚いていた様子だったので、わざと顔を近づけて照れるかどうか試してみました」
「あちゃー」
「あちゃー?」
悪戯した内容を正直に告白すると、雪乃さんから返ってきたのはいやに古風な呆れたような声。
「薫さん、あなたは痴女ですか。色仕掛けですか、エロエロアタックですか。そんな顔でそんなエロいことされたら、思春期男子なんて1秒で即堕ちですよ」
「……何ですか即堕ちって? だいたいそんな大袈裟な! こんなの大したことないじゃありませんか! それにエロくありません!」
「いいやエロいです。エロエロ過ぎてムラムラします」
ズビシッ! と音が聞こえてきそうなくらいの勢いで僕の顔に指を刺す雪乃さん。
いやいや、人の顔を指してエロいだのムラムラするだの、結構酷いことを言われているような……。
「薫さんはこの後に及んで自分の顔の恐ろしさに気がついていませんね。はっきり言いますが薫さんのお顔はエロいです。特にメイクを施した顔はもう近くにいるだけでこっちが変な気分にさせられるのです。特訓中何度身体が火照って悶々とした夜を過ごしたことか!」
顔を真っ赤にしている雪乃さんのそんな秘密の暴露に、僕はどうしていいか分からずただ顔が熱くなるのを感じるばかりだ。
「そ、そんなこと言われても困りますよ!」
「私だってこんなこと言うつもりじゃありませんでした! でも薫さんの無自覚エロスがいけないのです。そりゃあおかしくなりますよ。お嬢様も薫さんの幼馴染もみんなおかしくなります。薫さんがその男子にした行為は、もうほぼセックスです」
「そんな訳ないじゃありませんか!」
お互い顔を赤に染めながら、ぜいぜいと息を切らす。こんな会話が下にいる父に聞こえていないか心配になるくらいに、どうでもいいことで白熱してしまった。
しばらく僕たちは何も喋らずに、二人の呼吸が落ち着いてきた頃合いに、雪乃さんが口を開いた。
「まぁともかく、薫さんがした行いによって、盗聴器でないにしろその男子が何をしでかしたのか分かったような気がします」
「僕の顔がエロい云々はとりあえず保留として、なんです? そのしでかしたというのは……」
盗聴器の他にも何か異変はあっただろうかと記憶を探る。雪乃さんは僕がした行い——悪戯のことだろう——が原因のように言うが、雪乃さんの言葉を借りるなら……あまり考えたくもないが、その男子生徒がムラムラしたことになる。ムラムラした男子生徒がすることといえば……。
「……悪臭の件ですね」
ようやく一つの結論に至った僕は、色々な意味でぞっとした。あの悪臭は僕の罰ゲームで付着した匂いとばかり思っていたから。
でも確かに、よく考えれば僕はあの場でしっかりと汚れを拭き取ったはずで、ブラウスがあそこまで汚れた記憶はない。
「まぁ恐らく彼も若気の至りだったのでしょうから、そこは責められません。薫さんだってそういう経験ぐらいあるでしょう」
「そ、それはないとは言いませんが……むしろ対象にされた経験がありませんから、そっちの方に戸惑いが」
「お気になさらず。良い女なら皆が通る道ですから」
それはフォローなのか慰めなのかよく分からない雪乃さんの言葉を浴びつつ、何となく、女性の大変さを理解したような気がした。勘違いであって欲しいけれど。
「しかしどうしてその男子は薫さんの服にぶっかけたまま返却したのでしょうか。男性は直後に冷静になる時間があるのでしょう? 直前まで薫さんが幼馴染とお楽しみをしていたからこそ、汚れを怪しまなかった訳ですが、何もなければ当然不自然に思うでしょう」
「そのぶっかけたとかお楽しみって言うのやめてくださいよ。……ま、まぁ人によってはわざと汚して反応を楽しむという方もいると聞いたことがありますから、もしかしたらその人もそういった類なのかも」
とはいえ迷惑この上ないと言うか、僕は一度汚れたままの服を手に取っている訳だし、雪乃さんに至っては洗濯までしてもらっているのだから、あまり気分は良くない。もう二度とあの服を着たくはない。
「なるほど、ならば薫さんの反応を楽しむために盗聴器を仕掛けたといっても不自然ではありませんね。もちろん盗聴器を用意していた理由や、薫さんの幼馴染の方が知っていた理由についての説明にはなりませんが、ともあれ何かに一歩近づいたかもしれません」
「そうですね。少なくとも僕が帰った後の鞄の動きを知るいい機会になりますから、明日彼に直接会って確認しようと思います」
これは僕にとっても賭けのようなもの。盗聴器の出処の謎は解けないが、もし盗聴器を仕掛けたのが受付の男子生徒なら、櫻子さんへの嫌疑も晴れる。
だが逆にいえば、男子生徒が犯人でなかった場合に一番怪しいのは櫻子さんということにもなる。
今日あんなことがあった中で聞き出すのは難しそうだし、何よりこれ以上関係が拗れるのも避けたい。だからこその賭けなのだ。
「分かりました。薫さんがそうすると決めた以上、反対は致しません。私に何か出来ることはありますか?」
「ありがとうございます。実は何点かお願いしたいことがありまして」
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