第20話 新しい朝

欅並木は枯れ欅。


国道沿いの遊歩道に植えられた欅の列は、皆一様に落葉して、細く寂しい枝先を空いっぱいに広げていた。


足を一歩踏み出せばパリパリと鳴る地面に季節を感じながら、僕はいつもと変わらぬ通学路を歩いている。


少しだけ関係が変わってしまった後輩と。


「どうかなさいましたか、薫先輩?」


隣に並んで歩く文香ちゃんは、ひょこっと顔を出すと僕の様子を伺った。


「いえ、何でもないのです。ただ……もうすっかり冬だなぁと、そう感じてしまいまして」


「意外とロマンチストなんですね、先輩は」


言われた言葉に考えを巡らせてみてもどうにもしっくり来ず、僕はただ首を傾げていると、文香ちゃんは自ら言葉の意味を教えてくれた。


「季節が巡って冬が来るのは毎年のことですから、ふみは季節に想いを馳せるのにも飽きてしまいました。季節が変わって感じるのは、景色の違いとか、せいぜい感じる気温くらいなものでしょう。クローゼットの中で着回しを考える楽しみはあっても、それ以外に心境の変化を生み出す要素はありません」


「何だかそれも随分と極端だと思うのですが、そんなものなのでしょうかね……」


一筋の風が吹き抜けた。


地面の枯葉は走る北風を追いかけて僕らの間を抜けていく。


その冷たさに思わず身体が震え、自分の腕を抱きしめる。


「僕は少しだけ寂しいと……そう思っているのかもしれません」


冬の寒さがそう思わせるのだろうか。


冷えた身体が心までも冷ましてしまうのか、何故だか少し憂鬱な朝の通学路は、僕の足取りを重くする。


そんな風にゆっくり進む僕の歩幅に合わせてくれる文香ちゃん。周囲の人が足早に目的地を目指す朝の流れは、僕ら二人だけを取り残すかのようにバタバタと慌ただしく通り過ぎていく。


徐々に学校に近づくにつれ、同じ制服に身を包んだ人達がちらほらと現れるようになった。


それはいつもの日常の風景で、一人黙々と歩く者、友達と談笑する者、そして恋人達。活気に満ちた様々な会話は背景に溶け込んで賑やかだ。


もう後少しで、僕も日常の一つとなる。


クラスには友人がいて、櫻子さんがいる。いつもと同じくたわいもない会話をして、同じ時間を共有するのだろう。


もう残り数ヶ月の卒業までの間、僕達はそうやって変わらない日々を過ごす。


卒業したら疎遠になってしまうのかもしれないが、友情は不変であると信じて。それでも変えたい関係もある。


「そう……。そういうことでしたか」


自分の心の中で、ようやくどうして僕が寂しいと思っているかに気がついた。


櫻子さん。僕は櫻子さんとの関係を変えたいと思っている。


だから寂しいんだ、一緒に居れなくて。


僕は櫻子さんのことが好きだから。


自分の欲求に正直で、だらしがないこんな僕を櫻子さんは好きになってくれるのだろうか。


そう考えるとかなり不安になるけれど、それより自分が何に悩んでいたのかそれに気がつけた。それだけで気分は幾分か楽になる。


「さっきから変ですよ先輩? ぼーっとしたり、急に落ち込んだと思ったら、今度は笑顔になられて」


「そうですね、何と言いますか……文香ちゃんの言う通り、存外僕はロマンチストなのかもしれませんね」


櫻子さんとのこれからを夢想して一喜一憂している自分が面白くて、そう表現してみる。


櫻子さんのことを思うだけで胸が高鳴る。


櫻子さんは今何をしているのだろう。何を考えているのだろう。その全てを知りたくてそわそわしてしまう。


そんな風に考えている僕は間違いなく恋をしていて、それは目も当てられないくらいのひどい浮かれっぷりだ。


「変な薫先輩……。もしかしてまだお尻が痛みますか? 昨日の後遺症でしょうか」


「そういう下品な口は置いていこうかしらね」


軽口を吐く文香ちゃんにわざと女声で窘めると、僕は足を早めて前に進む。


さっきまでの遅さが嘘のように足は動いた。


早く、一歩でも前に。少しでも学校に近づけるように。そうすれば早く櫻子さんに会えるから。


「あぁん、お姉さま……待ってくださいよぅ」


慌てて背中を追いかける文香ちゃんを感じながら、それでも止まらずに学校を目指す。


この先どんな障害があろうとも、必ず櫻子さんのところへ。


なんだか少年漫画に登場する主人公のような心持ちになっている自分がそこにはいて、なんとなく苦笑いしてしまう。

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