第3話 宝塚女子の大胆告白?!

「それで、どんな気分?」


控え室に戻って来た櫻子さんは、開口一番僕にそう尋ねた。


「どんな気分と聞かれましても……そうですね、純粋に悔しいです。櫻子さんを打ち負かすことだけに、この数週間を費やしてきましたから」僕の答えに薫子さんは満足そうに「うんうん」と腕組み頷く。


結果として、このミスコンで僕は二位という順位になった。一位はもちろん櫻子さんで、ミスコン始まって以来の三連覇を果たしたその実力はまさに圧倒的だった。一度櫻子さんのアピールタイムが始まると、体育館中が沸き立ち興奮した。


今回おふざけ枠で出場したのは僕だけで、つまり三位以降の人達は本物の女の子達ということを勘案して、僕もかなりいい線には行ったものの、やはり不動のチャンピオンは揺るぎなかった。


「まさか完璧超人の薫に勝つ日が来るとはねー。これは一生の記念日にしてもいいかも」


「そんな大袈裟な……。それになんですか、その筋肉プロレス漫画に出てきそうな称号は」


すっかり気が抜けて、元の声に戻している僕は、舞い上がり嬉しそうに喜んでいる櫻子さんを見て、悔しくも何故かやりきった満足感を覚えていた。


いつも櫻子さんとは真剣勝負だった。昔から事あるごとに僕と櫻子さんは対決していた。


大体は学校の試験順位で競っていたが、時には料理、そして時には裁縫対決と、何度も競い合っていた。


そしてほとんどの勝負では僕が勝っていて、だからだろうか、今回も何処かで僕が勝つだろうと驕っていた。そうだからこそ、僕は負けたことを嬉しく思っていた。


「はは。やっぱり僕じゃ櫻子さんに敵いませんね。今日はなんだかそんな気がしていました」


「もちろん。いくら可愛くても、見た目で男の子に負ける訳ないじゃない」


自信家の櫻子さんはそう言って勝ち誇っていた。いつも僕に負けている腹いせだろうか、普段以上に強気になっている。そんなことを言ったら、僕より下の順位の子達はどうなってしまうのだろうと申し訳ない気持ちにさせられた。それにいい気もしないだろう。


そんな僕の予感は、実際に鋭い視線を感じることによって痛感していた。視線の主は同じく控え室の隅にいて、先程まで一緒の舞台に立っていた女子生徒、檜山沙織だ。


彼女もまた美しい出で立ちの少女で、短く切り揃えた髪と切れ長の細い瞳はまるで宝塚の男役を思わせる凛々しい顔つきをしている。


彼女はどちらかというと男子より女子に人気があるタイプの女性で、彼女も毎年ミスコンに出場している常連だ。


そして櫻子さんには及ばないが、毎年二位の座を手にしている人物でもあった。だがそれも、今年僕が参加するまでの話。今回の檜山さんの順位は三位だ。


僕はさっきの櫻子さんの言葉が聞こえて不機嫌になったのではないかと、恐る恐る様子を伺った。


彼女は特に表情を険しくしている様子はない。ただ静かに、じっと僕の方を見ている。


檜山さんを伺う僕と、僕を見つめる檜山さん。やがてお互いの視線が絡み合うのは自然の摂理だ。ぶつかり溶け合う目と目の先、檜山さんは無表情を貫いたまま僕の側に寄る。 


さぁいよいよ対峙だと迫る距離。僕は投げかけられるであろう不満の言葉に対する返事を、死に掛けた脳細胞をフル稼働させていくつものパターンを考えた。


だけど、用意した言葉全て用を失い、あっという間にゴミ箱へ投げ捨てる羽目になった。そうせざるを得なくなったとも表現出来る。


「君は……とても可愛いね」


場は騒然とし、僕は唖然としていた。檜山さんとはそれ程親しくは無いが、それでも分かることはある。それは、彼女の性格からして、そんな軽率なナンパ男のような台詞が飛び出してくるはずがないということだ。


それを知っている僕も櫻子さんも、そして周りにいた他の女子生徒ですら、その言葉にただ驚いた。当の本人はと言うと、今までの無表情も何処かへ消し飛び、ただ爽やかな笑顔を僕に向けていた。


「いや、失礼。君があまりに可愛いから、思わず声を掛けてしまったよ。といっても本当は声を掛けるかずっと悩んでいたんだけど、君と目が合ってしまったから。そしたら我慢が出来なくなってしまって……君のような可愛い子が男だなんて、未だに信じられないものよ」


「あ、ありがとう……ございます。その、お褒め頂き……」


僕にはそう返すことしか出来なかった。学内でも美人で有名な人に声を掛けて貰って、何故だか急に気恥ずかしくなったからだ。


それは彼女の口から放たれた歯の浮く台詞がとても大仰で、まるで舞台俳優のように朗々としている独特の雰囲気だったからなのかもしれない。


彼女の宝塚気質は本物で、彼女が男役ならば僕は娘役。無意識に覚えたばかりの女声になっていたのは、檜山さん主演の舞台に、いつの間にか出演していたからかもしれない。


「ちょっと、雰囲気飲まれ過ぎ!」


脇を突く櫻子さんのおかげで、僕は現実に帰って来れた。危なかった。僕は一瞬檜山さんに女にさせられていた。少し酔っていたみたいだ。


「もし僕が出場したことでご気分を害されたのなら、申し訳ありません。ちょっとした悪戯心だったのですが、他の方のことを考えていませんでした」


素面に戻った僕は謝罪の言葉を口にした。檜山さんは特に怒った様子もなければ、不満をぶつけてきた訳では無いけれど、打倒櫻子さんばかり考えていた僕はすっかり他の人のことを忘れていた。それを謝らなければと。


「ああ、三鷹君が山岸さんの優勝を阻止するって話だろう? 盗み聞きって訳じゃないが会話が聞こえてきてね。確かに君くらいの容姿じゃなきゃ、優勝を阻止するなんて大それたことは難しかっただろうからね。まぁ結果は結果だが、少なくとも私たちよりは、君の方が見目麗しいと、それは証明されたのだから」


そう言う檜山さんの言葉に、櫻子さんを除いた他の女子生徒も頷いて同意する。櫻子さんはなんだか面白くなさそうな顔をしていた。


「檜山さん、なんというか少し誉め殺しと言いますか……恥ずかしいので、多少手加減して頂けると、僕としては助かるのですが」


「謙遜……だね。確かに日本人の美徳ではあるが、君に謙虚になられると、男の君に負けた私たちは立つ瀬が無くなってしまうよ」


その言葉に僕はハッとした。おふざけ枠で出

場したとはいえ曲がりなりにも優勝を狙った身。優勝こそしなかったものの、二位という立場は下に相手がいることを意味している。


僕が上位に立つと、本来僕がいる場所にいたであろう檜山さんや、その他の人達がどう思うのかそればかり考えていたのに、口から出してしまった言葉はその真逆。謙遜すればする程、僕という存在は迷惑になる。浅はかな自分を殴ってやりたかった。


「君は外見だけでなく、どうやら中身も好感が持てる人のようだ。どうか顔を上げて。私は君を責めるつもりはないのだから」


「檜山さん……」


俯いていた僕の顔を檜山さんはそっと持ち上げる。視界の先にいる檜山さんはとても優しい顔をしていて、僕の髪——正確にはウィッグを優しく撫でた。


「でも檜山さんって呼ぶのは少し他人行儀かな。確かに今までは移動教室で顔を合わせる程度の仲でしかなかったけど、こうして知り合えたのも何かの縁だし、出来れば名前で呼んで欲しいな。私も君を名前で呼びたい。山岸さんのようにね」


「さ、沙織……さん? でも、どうして……」


僕はうっとりと沙織さんを見つめた。答えを求めるように、すがるように。自分でも分かるくらい頬が熱くなっている。多分僕はまだ沙織さんに酔っていた。


「こんなこと、なにぶん私も初めてで戸惑っているのだけれど、私は多分君と仲良くなりたいって思っているんだ。ああ、そうか。これは一目惚れだ。私は薫君、君に惚れてしまったのだと思う。良かったら友達になってくれないかな」

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