第2話 幼なじみとミスコン対決
「な、ななな……何してるの薫⁉」
ミスコンの出場者控え室に入った僕を出迎えたのは、幼馴染の山岸櫻子が上げる奇声だった。
「あら櫻子さん。私が薫だと、よくお気づきで」
「そりゃ気づくよ幼馴染なんだから……って、そういう問題じゃなああああいっ!」
「ひゃっ! ちょ、ちょっと櫻子さん。お気持ちは分かりますが、もう少し声を落として」
驚いて狼狽える櫻子さんの悲鳴は、控え室として使われている体育館ステージ脇の小さなスペースには十分過ぎる大きさで、他の出場者達は何事かと一斉にこちらに顔を向けてしまう。僕は咄嗟に櫻子さんを窘めた。
周囲の視線にはっと気がつき、恥ずかしさから顔を赤らめながらも落ち着きを取り戻した櫻子さんは、そっと僕に詰め寄った。ややツリ目気味の二つの眼差しが、じっと僕を捉えている。
「で、どういうこと?」
そう尋問する櫻子さんは顔をぎゅっと寄せて、僕の眼前に迫る。背中まで真っ直ぐ伸ばした濡羽色の髪が左右に揺らめき、ふわりと香るローズの香りに、不意に鼓動が高まる。少し顔を動かせばキス出来てしまうような距離にドギマギさせられる。
櫻子さんの容姿はまさに端麗。小学生の頃から周囲に可愛い可愛いと言われていたが、この歳になると「可愛い」という表現から「美しい」に変わるくらい、彼女は綺麗な女性だった。
それ故に一年生の頃から毎年出ているミスコンでは毎回優勝。今年は史上初の三連覇が掛かった、ある意味大きなイベントだった。そして僕がわざわざ女装してまでミスコンに出場する本当の狙いも、これにある。
「どういうこと……って程でもないのですが、端的に言えば今年の櫻子さんの優勝を阻止しに参りました」
はっきり言ってしまえば、今年のこのミスコンは櫻子さんのためにあるようなものだった。
男子の間の下馬評では、櫻子さんの優勝はほぼ間違いなく、悪く言ってしまえば面白くない。
お祭り好きの僕の目的としては、優勝まではしなくとも、櫻子さんの票に迫ることで出来レース気味のミスコンに一石を投じることと、僕自身幼馴染をこれ以上の増長をさせるまいとする、上手く言えないが親心のようなものだ。
もちろんこれは僕一人の計画ではないのだけど、それを櫻子さんに言ったら怒られそうだ。多分もう怒ってるだろうし。
「ふふっそう来たわけ。なるほど、面白いじゃない」
しかし櫻子さんは僕の予想に反して、不敵な笑みを浮かべるのだった。
「前から薫は可愛いと思ってたけど、まさかこんな形で勝負する事になるなんてね。せっかくの機会だし、決着をつけましょう」
俄然やる気を出す櫻子さん。出場前に僕の姿を見せつけて出鼻をくじいてやろうという算段は、ここに来て頓挫してしまう。
「あの……櫻子さん?」
ようやく僕から離れた櫻子さんは、ステージへと歩き出す。いつの間にか舞台の前説が終わり、受付番号順に出場者が呼び出されていた。そして櫻子さんの名前が呼ばれ壇上を目指す。
その去り際、櫻子さんは僕に振り返り満面の笑みを浮かべた。その笑みは喜びの笑顔とは違う。美しくも艶やかで、それは妖艶だった。
一瞬の出来事。だけど、そのひと時の淫靡な笑みに、僕は骨抜きにされてしまった。僕の取り繕った女装なんかとは比べ物にならない女の顔が、そこにはあった。嗚呼、これは敵わない。そんな悟りに苦笑いしつつ、名前を呼ばれた僕も、同じ舞台の上に進んだ。
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