【感謝3万PV達成!】僕が女装したら何だか周りの様子がおかしくなって?!

江藤公房

第1話 男から女へ

それは、その日限りの遊びのつもりだった。

日々僕らが勉強する学校の校舎は、華やかな装飾と大勢の人の熱気に包まれて、それはちょっとした非日常の世界だった。


今日は文化祭。先生の言葉を借りるのならば、文化祭というものは、日々学んだ学習の成果を家族や地域の方に発表する大切な機会なのだと言う。だけど僕ら生徒から言わせて貰えば、文化なんて関係ない。楽しいお祭りだ。


普段なら鬼の様に厳しい授業を受ける拷問部屋でしかない教室が、ジャンクフードの出店や喫茶店、映画館に変わる様は文化祭ならではの光景で、そんな普段は味わえない独特の高揚感は、日頃勉強の奴隷として暮らす僕らの中に、一種の背徳感を含んだ喜びを芽生えさせた。


だからなのだろうか。僕の心にはちょっとした悪戯心が芽生え、なおかつそれを実行に移そうと決意するのに、大した時間はかからなかった。


私立星妙学園文化祭最大の目玉は、なんと言っても学校一の美少女を決める大会——ミス・コンテストに他ならない。


学年を問わず女子なら自由に出場することが出来、優勝したから何かが貰える訳ではないが、文化祭特有の自由なノリと、沸き立ち興奮する男子達で盛り上がる一番のイベントだ。


そのミスコンに、僕は参加する。一応言っておくが、僕は自分の事を僕と自称している部分から察して頂けるに、性自認は男だ。それはこれからも変わる事はないだろう。では何故ミスコンに参加しようかと思いついたか説明すると、それは前述した通り、ちょっとした悪戯心だ。


基本的にミスコンの参加資格は女子だけだが、何もこれは芸能事務所の厳格なオーディションなんかじゃない。たまにこのミスコンの優勝者が芸能事務所にスカウトされることもあるようだが、それは今回とは違う話。大真面目な大会ではないが故に、参加資格には例外もある。それはおふざけ枠だ。


おふざけ枠というのはただ単純に、言葉通りの意味で、悪ふざけでミスコンに参加すること。お調子者の目立ちたがり屋の主に男子が、女装をして他の女子に紛れて出場する。これがおふざけ。毎年この手の輩が女装というには目も当てられないくらいお粗末な姿でステージの上に立つのだが、良くも悪くもウケる。僕もこれが狙いだった。


だけど僕は本気だった。ミスコンに参加するのはただの冗談だけど、どうせ出場するなら本気で臨んでやろうと息巻いていた。つまり、全力で女装して可愛くなってやろうと。女子よりも女子らしく。僕は今までの高校生活を振り返っても、ここまで本気を出したことはないだろうというくらい、今日のミスコンに全てを注ぎ込んでいた。全ては完璧な女性になる為に。


「あーえっと……三年一組の三鷹薫さんっと。それじゃぁ、はいこれ受付番号。着替えはあっちでどうぞ」


受付を担当していた男子生徒は、僕の顔を見ると「またお調子者がやってきた」という様な呆れた顔をしていた。面倒臭そうに受付番号の書かれた札を手渡すと、すぐ近くの教室を示した。


通された部屋は出場者達が衣装に着替える更衣室——とは別に用意された別の部屋だった。いつの頃からか、おふざけ枠専用の男子更衣室も用意されるようになっていた。当然男子を女子更衣室に入れる訳にはいかないのだから当然といえば当然だろう。


僕は更衣室として充てがわれた教室で、早速女の子になりきる支度を始める。今年のおふざけ参加者は他にいないようで、誰もいない部屋の中、持ち込んだ荷物を鞄から広げた。今日の為に用意したウィッグや化粧セット、衣装やシリコン製のバストパッドなどだ。


パッドを除けばそれらは女性からしたら普段から使い慣れた道具であろうが、男の僕からしたら、どれも未知の物ばかりだ。それらを使いこなす為、この数週間は特訓の日々であった。


恐らく気の利いた誰かが用意した化粧台の前に座り、僕は変わる。美しく生まれ変わる。


化粧水で肌を整え、ファンデーションで下地を作る。その上から頬にチークやら、アイシャドウやら一通りのメイクを施す。素肌の胸にパッドの偽乳を装着し、それから衣装、そしてウィッグを被ると全ての儀式は終わり、男の僕は何処かに消え去った。


「これで……うん、大丈夫」


自然と独り言が溢れてしまう。でもそれもしょうがなかった。自分の目を通して鏡の前にいるその人物は、紛れもなく僕とは別人の綺麗な女性だったからだ。


早く全身を確かめたく、衣装台から立ち上がり姿見の前へ移動する。立ち上がる仕草も何故か普段と違い、自然と柔らかな動作になっていたことに苦笑いしつつ、改めて自分を確認した。


鏡の中の僕は、切れ長の細い目が特徴の、端正な顔立ちをした女性へと変貌していた。二の腕まで伸びるダークブラウンの長い髪は、ウィッグだと思わせない良く出来た作りをしていて、頭を軽く動かす度に、自然にその動きを追随する。


着ている衣装は黒のゆったりとしたベアトップワンピース。でもこれだけだと肩が出過ぎていて少し下品に見えてしまうので、素肌を隠すように下から白のブラウスを着て、上品さと大人っぽさを演出してみた。


ワンピースのスカートから伸びる足は特に何も弄ってはいないのだが、普段はまず意識しないであろう女装した時の自分の足は、カモシカのように美しくスラリと伸びていて、男としては複雑ではあるが、スカート映えする美脚と言っても差し支えなかった。


違和感はない。僕は——いや、私は紛れもなく女だ。


顔にかかる髪をさらりと流して、鏡の前で一回り。ふわりと舞うワンピースの裾。立ち姿も、そして動きも、全ては特訓の成果。今日は文化祭。男の矜持などは、今は構わない。


更衣室を出ると、準備を終えたことを伝えるために、再び受け付けの男子生徒の下へ向かった。


「遅くなり申し訳ありません。着替えが済みましたので会場に向かいたいのですが、出場者はどちらに向かえば……あら、どうかなさいましたか?」


ぽかんとした表情、さしあたり適当な表現をするならば間抜け面で僕を見つめている男子生徒に、意地悪く尋ねてみる。もちろん女声で。


「あ……いえ、なんでもありません」


とても何でもないとはいえないその表情は驚きだった。何度も僕が出てきた更衣室が男子に割り当てた部屋だと確認し見返しては、しきりに首を傾げている。


「本当に何もありませんか? もしかしてお体の調子が悪いのでは?」


そう言ってわざと顔を近づけ様子を伺う。途端に男子生徒の顔は赤く染まり、慌てた様子で距離をとった。


「だ、だだだ大丈夫ですから‼ 本当にっ‼」


この取り乱しぷりを見る限り、なんとか女性に見える最低ラインには達しているようだ。一先ずは安心だろう。


「なら良かったです。それで、私はどちらに向かえば?」


「あ、はい! 会場は体育館ですので、裏口から入ってください。後は係の者がご案内します!」


勢いのあまり飛んでいってしまいそうな男子生徒に僕はお礼を告げてから立ち去った。


「あの人は本当に男子なのか……?」そんな呟く声が背中から聞こえてきて、僕は思わず頬を緩めた。

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