ケモーナとの戦争の裏側(ウサギ視点)
リキ様が国を相手に戦うという話を最初に聞いたときは半信半疑だったけど、冗談ではなく本当の話だったらしい。
なんでそんな死にに行くようなことをするのかと不思議に思っていたけど、アリアたちの反応からして、ウチはまだリキ様のことをあまりわかっていないらしい。
国対個人の戦いを真正面から受けるのは馬鹿だというのは一般論としては間違っていないけど、リキ様には当てはまらないらしい。
でもやっぱりウチにはわからない。
リキ様はたしかに強いし、怒ると怖いし、なんだかんだと大抵のことは出来てしまうくらいに凄いけど、みんなはリキ様の力を過信してると思う。
リキ様は人間だし、人間は簡単に死んじゃうんだよ。
ウチを受け入れてくれたリキ様に死んでほしくないと思うのは間違っているの?
なんでみんなはリキ様の心配をしないの?
みんなはウチ以上にリキ様を好きなのかと思っていたけど、本当は違ったのかな。
けっきょくみんなとウチの認識がズレたまま、リキ様が戦争に行く前日の会議の時間になった。
前もってアリアにいわれていた通り、夕食後に寝る準備を整えてから屋敷の空き部屋で待っていたら、1人また1人とみんなが集まってきた。
会議に参加するのは戦闘奴隷組だと聞いているけど、内容は一切聞いていない。
アリアに呼ばれて話し合いをすることはたまにあるけど、戦闘奴隷組が全員集められることはあまり多くない。だから重要な話なんだと思うし、今夜集まるということは戦争に関する話し合いなんだと思うけど、戦争に参加できないウチらが会議に参加する必要はあるのかな。
もしかしてこの前のグループ名を決めるみたいな会議なのかな?あれなら重要ではあるけど、そこまで気が重い話し合いじゃないからいいんだけどな。
ほとんどが集まり、アリアとセリナが入ってきたところで鍵をかける音が聞こえた。
戦闘奴隷組は全員揃ったけど、リキ様がいないうえに鍵をしめたということはアリアの独断で秘密裏に進める話の可能性が高そうだ。
アリアは頭がいいから、まるで未来が見えているかのようにいろいろなことが予想できるらしく、それを未然に防いだり、リキ様に知られないように解決させることがある。
せっかく成果が出てるんだから、リキ様にいえばいいのになんで隠すんだろう?
前に聞いたときは余計な心配をかけたくないっていってたけど、いわなきゃ頑張っていることに気づいてもらえないじゃん。
そんなことを考えながらアリアを見ていたら、なんかいつもと違う気がした。
…あれ?アリアの古傷がなくなってる?
ウチも古傷があるから知っているけど、簡単に治るものじゃないはず。
……リキ様に治してもらったのかな?
仲間の古傷が治ることは嬉しいことなのに…。
………なんだか心がモヤモヤする。
なんでアリアばっかりリキ様に大事にしてもらえるの?
アリアはウチ以上に気持ちに素直になれてないのになんで伝わるの?
最初に仲間になったから?
私だって正直になろうと頑張ってるし、リキ様の役に立とうと頑張っているのに…。
「…それでは話し合いを始めたいと思います。」
アリアの言葉にハッとした。
また醜い感情に飲まれそうになった。
人間とも魔物ともいえない醜い体…人を憎んでばかりの醜い心…そんな醜い化け物の自分が本当に嫌いだ。
違う…ウチは人間だ……。
「…今回集まってもらったのはわたしたちが戦争にいっている間に起こる可能性について伝えておきたいのと、その対処をしてもらいたいからです。」
沈んだ気持ちのまま、アリアの話に耳を傾けると、ウチにも関係がある話のようだ。
なんでアリアが先のことをわかるのかはわからないけど、アリアがいうことが外れることはあまりない。だから聞き逃さないように集中する。
「…この戦争はケモーナの愚王による私怨によるものと思われていますが、実際にわたしたちを狙っているのはケモーナの第一王女です。わたしは聞いた話でしか第一王女のことを知らないので予想でしかありませんが、最悪の予想が当たった場合でも対処できるようにしてもらいたいと思っています。」
アリアが一度言葉を区切り、みんなを見回した。
「…ケモーナの第一王女はリキ様とセリナさんを殺すだけでなく、それに失敗したときのためにカンノ村を襲撃する可能性が高いと思っています。なので、カンノ村に残る方々には村の防衛をお願いしたいです。」
「騎士団が攻めてくるのですか?」
アリアの言葉にサラが質問した。
サラはまだ6歳の子どもなのにアリアの話についていけている。ウチもいわれたことは理解出来ているけど、そこから先を考えるまでは出来ない。
アリアがいるから目立ってないけど、サラも十分おかしい。
「…いえ、勝手に騎士団を他国に入れたら、それこそ国同士の戦争になってしまいます。だから、個人で持つ駒を使うと思うので、多くても15人程度だとわたしは予想しています。」
「15人はちとキツいのぅ。アリアのことじゃから、村人たちは戦わせるつもりはないのじゃろう?」
イーラに作られた体をもつアオイが口を挟んだけど、何がキツいのだろう?
「…はい。村人では死者が出てしまう可能性があるので、リキ様を悲しませることのないように戦わせないつもりです。わたしたちが村を出てから帰ってくるまでは屋敷にこもるように伝えてあります。」
村人たちは子どもなのに凄く強くなった。なのに死ぬかもしれないって、相手はそんなに強い相手なの!?だからアオイはキツいといったのか。
「屋敷にこもってくれるのなら、なんとかなるかのぅ。指揮はいつも通りサラが取るんかの?」
「…いえ、今回はアオイさんに頼みたいと思っています。連絡や薬類の管理はサラに任せますが、他は全てアオイさんにお願いしてもいいですか?」
「リキ殿からも頼まれておるからのぅ。責任が重すぎるが引き受けるとしよう。」
「…それではカンノ村に残る方々はアオイさんの指示に従ってください。明日、わたしたちが戦争に向かってから帰ってくるまでの間はいつ襲われてもおかしくないので、長い緊張状態となってしまうと思いますが、よろしくお願いします。」
話がどんどん進んでいく。
とりあえずウチはアオイの指示に従って敵を倒すだけだから、そこまで難しくはないはずだ。
「…戦争に向かう方々には別でお願いがあります。今までこの周辺で流してもらっていたカンノ村の噂を国境までの道中で寄る町でも流してもらいたいです。」
「まだ人間の子どもを集めるの?そんなに必要?」
ウチには関係ない話だったけど、イーラの質問はウチも気になっていたことだったから、あらためて意識をアリアに向けた。
「…リキ様は救える子どもには手を差し伸べたいと思っています。なので、数が必要だから集めるのではなく、わたしたちはリキ様のために動くだけです。でも、無理に引き入れる必要はありません。リキ様は努力をしない者が嫌いなので、助かりたいと願い行動した子どもだけがここに来れるように情報を残すだけでいいです。…今回の戦争に参加するケモーナの騎士団のほとんどの方が亡くなると思います。そのため、父親のいない家庭が増えますが、ケモーナにとっては予想外に戦死者が多すぎてたいした補償金が出せず、生活していけない家庭も少なくない数出てくると予想出来ます。なので、大量の孤児が出るでしょう。さらにケモーナは近いうちにクルムナからも戦争を仕掛けられると思います。そうなればケモーナにいられなくなった孤児が身分証の期限が切れる前にアラフミナに流れてくると考えなくてもわかるというのに動かなければリキ様に失望されてしまいます。」
「リキ様は優しいよね。ほっといたって強い個体なら生き残るし、死ぬのは弱いのが悪いのに、わざわざ強くしてあげるんだからさ〜。でも、そのおかげでイーラも生きてられてるから、リキ様が望むんなら頑張るけどね。」
リキ様のことになると熱くなるアリアのことは気にしていないかのように、イーラは軽い感じで言葉を返した。
イーラの場合はいつもこんな感じだから、不真面目そうに見えても誰も怒らない。だってイーラはこれでもアリアの話についていけているから。ウチは正直、アリアが考えなくてもわかることを説明されてやっとなんとなく理解出来る気がする程度だ。でも、ウチだけがちゃんと理解してなかったら恥ずかしいから、何もいわない。
本当にわからないときはあとでアオイにわかりやすく教えてもらうこともあるけど、出来るだけ自分で考えるようにしている。そうした方がいいってアオイに教わったから。
「…他に質問がなければ会議を終えたいと思いますが、何かありますか?」
アリアが最後に確認をとったけど、誰からも質問はなく、会議は思いのほか早く終わった。
村に残る組は見回りの順番や警戒範囲を決めるために会議後も少し話し合いをしたけど、アオイは既に決めていたようで、ウチらは決められた役割を覚えるだけですぐに終わった。
リキ様たちが戦争に向かってから夜を二度越えた。
アリアがもの凄く警戒していたし、アオイも襲撃があることは確実として話を進めていたのに、まだ何も起きない。
アオイは夜に来る可能性が高いといって、ウチも夜の見回りに参加しているけど、珍しくアリアの予想が外れて何も起きずに終わるのかな?
アオイとヒトミとテンコは睡眠もご飯も取らなくても問題はないらしいから、3人は昼夜問わずに見回りしているけど、夜番のウチとソフィアとガルナは昼番のカレンとサラが朝食を終えたら交代になる。その後はまた夕食前に起きて夕食後にカレンとサラと交代することになる。だから、この後は軽く何かを食べたらすぐに寝なければいけない。
ウチもソフィアもガルナも短い睡眠時間で動けるから体力的には問題ないけど、いつ敵が来るかわからないというのはなんだか気持ちが疲れる。それでも見回りのためではあるけど外に出て歩き回れるだけ、ウチらはマシなのかもしれない。村人の子たちはずっと屋敷から出れないから、ウチらよりも疲れているように見える子もいる。
「交代するのです。」
「よろしく。」
サラが準備を終えたらしく、交代を知らせにきてくれたから、ウチらは交代だ。
サラの後ろにはリキ様の友だちのカンツィアさんがいた。
リキ様の友だちだけあって、武器も使わず異常に強い人だ。この人が向けてくる目はリキ様と何かが違う怖さを含むときがあるけど、ウチの傷を気持ち悪がることもないし、基本的には優しい。近づかれるとなぜか毛が逆立つような感覚に襲われることがあるけど、凄く頼りになる人だ。
「じゃあ俺は外を警戒しておくから。」
「ありがとうなのです。」
カンツィアさんが笑顔で挨拶をして、門に向かって行くのを見ながらサラがお礼を返し、ウチは軽く頭を下げた。
そういえば、ドライアドたちは何をしてるんだろ?こういうときに戦うためにリキ様の使い魔になったんじゃないの?違うのかな?
「サラはドライアドが今何してるか知ってる?」
「今は何もしていないのです。」
サラはアリアからいろいろと任されているから知ってるかもくらいに思って聞いてみたら、本当に知っているらしい。
「リキ様の恩恵を受けてるのに戦わないの?」
「ドライアドたちがいたら、襲撃者の人が来なくなってしまうかもしれないのです。だから、襲撃者が村に入ってから、周囲の警戒をしてもらう予定なのです。」
サラが周りに目を向けながら説明してくれた。もちろんウチも警戒はまだ解いていない。
ただ、サラのいいたいことはよくわからない。
「襲撃者が村に入ったら、警戒する意味がないよね?」
「ドライアドたちは侵入させないためではなく、逃さないための包囲なのです。リキ様を殺そうとする者は徹底的に潰すとアリアさんとアオイさんが決めたのです。」
アリアは村の防衛といっていたから、村に被害が出ないことを第一に考えるべきなのかと思っていたら、違ったらしい。
むしろ村を襲わせて殲滅するつもりのようだ。
アオイがキツいというような敵なのに負けるという可能性は考えてないのかな?
「相手って強いんじゃないの?」
「リキ様がいないときを狙わなければ襲えない相手なので、油断しなければ負けないと思うのです。それより、ウサギさんは休憩に入ってくださいなのです。」
戦闘奴隷組でソフィアの次に弱いサラが大丈夫っていうなら大丈夫なのかな?でもアオイがキツいっていってるなら強いんじゃないの?
んー…。わかんないけど、どうせ戦わなきゃいけないなら、考えても意味ないね。
「じゃああとはよろしくね。」
サラにあとは任せて、寝る前に朝食を食べるために食堂に向かった。
ふと嫌な感じがして、目が覚めた。
外はまだ明るい。窓から見える太陽の位置からして、ウチが寝てからそんなに時間が経っていないはず。
べつに悪夢を見たわけじゃない。
なんだかよくわからないけど、嫌な感じがする。敵意を向けられてるような感じ。
でも、アオイから念話がきてないから、気のせいかもしれない。
寝て夜に備えるべきか、直感を信じるべきか。
………直感を信じよう。
ベッドから降りて装備をつけ、走って玄関に向かい、屋敷の外に出た。
「あれ?まだ昼にもなってないぞ?」
ちょうど屋敷の出入り口の近くにいたカレンが不思議そうにウチを見てきた。
「敵が近くにきてる気がする。アオイはどこ?」
「本当か?母ちゃんはたぶん屋敷の真裏だと思う。」
「わかった。」
カレンにアオイの場所を聞くなり、全力で向かった。
屋敷は広いといっても、全力を出せばすぐに裏までは来れる。
途中ですれ違ったテンコには不思議そうな目で見られたけど、急いでいるから仕方ない。
屋敷の裏側に回ったところで、アオイを見つけた。
「どうした?」
アオイはずっと警戒していたからか、今日はなんか少し怖い。
「嫌な感じがして、そろそろ敵が来るかもしれない気がしたから…。」
伝える言葉を考えていなかったから、なんていえばいいかわからなくなってしまった。
アオイはもともと警戒しているんだから気をつけてじゃおかしいし、だからといって確認に行くのも違う気がする。
口を開けたり閉めたりしながらどうすればいいかと考えていたら、アオイが外壁の方に勢いよく顔を向けた。
「ほぅ。妾は今やっと気づけたというのに、ウサギはもっと前から気づいておったのか。凄いではないか。」
「べ、べつに凄くなんてないし、普通だし。」
アオイに褒められたのになんて返したらいいかわからなくなって、思ってないことをいっちゃったら、アオイが軽く笑ってから頭を撫でてくれた。
「褒め言葉は素直に受け取っておくと良い。」
「…うん。」
少しの間撫でていたアオイの手がウチの頭から離れた。
「では、そろそろ戦闘開始かのぅ。敵は13人…その内3人は門の方に向かったようじゃし、10人ならなんとかなりそうじゃの。」
外壁の上に視線を向けたアオイにつられてウチも見上げると、黒いフードを深くかぶった人たちが外壁の上に立っていた。
カンノ村は山の斜面の途中にあるから、屋敷の裏の外壁はあまり意味をなしていないのは知っていたけど、本当に壁を越えて侵入されるのは不思議な気分だ。
敵は全部で10人。
凄く嫌な感じがする相手だなと思っていたら、10人全員が壁から飛び降りてきた。
「まだ昼にもなっとらんというのに襲撃とは大胆なことをするのぅ。」
アオイがなぜか楽しそうに刀を構えた。
敵の着地に合わせて攻撃するのが1番いいとウチは思ったけど、アオイが動こうとしないから、ウチも構えながら相手の出方を見ることにした。
敵は着地と同時に散開した。
10人でアオイとウチを襲えば勝てる可能性もあるのに、ウチらの方に来たのは4人だけだ。残りは屋敷の正面に回るつもりなのか、左右に3人ずつ走っていった。
左右に散った敵を追うべきか、目の前の敵をアオイとともに急いで倒すべきかと迷っていたら、アオイに肩を軽く叩かれた。
「安心せい。増援は呼んでおるよ。ウサギは妾から少し距離を取って、ウサギについていった敵を対処してくれればよい。」
「うん。」
アオイに声をかけられた瞬間に離れた場所の土が盛り上がり、屋敷の裏の広場を隔離するかのように壁が生まれた。
壁はたぶんテンコが作ったんだと思うからあまり気にせず、アオイに指示された通りにアオイから距離をとると、敵が1人ついてきた。
1人しか来なかったってことはウチはアオイより弱いと思われているんだろう。間違ってないけどやっぱり悔しい。
いや、今は目の前の敵に集中しなきゃ。
敵は認識を阻害するスキルでも使っているのか、フードの中の顔が見えない。ウチよりは大きいけど、それは大人だからというだけで、男か女かどころか人か魔族かすらわからないのは不気味だ。
っ!?
敵を観察していたら、ウチの間合いに入る寸前で敵が速度を増して短剣でウチの首を切りにきた。
速度の変化はリキ様がよくやる攻撃だけど、敵にやられることがあまりないから反応が少し遅れてしまった。でも、焦らず半歩後ろに退がって避け、すぐに重心を前にずらしながら相手が踏み出した右足をウチの右足ですくい上げた。そのままウチの右足を引き戻しながら軸足の踵を上げて体を横に向け、引き戻していた右足で敵の鳩尾に横蹴りを打ち込んだ。
綺麗に決められたと思ったけど、実際には相手の左腕で防御されていたみたいで、ウチの蹴りは鳩尾には入らなかったようだ。それでも、先に相手の足をすくい上げてバランスを崩していたから、蹴り飛ばすことは出来た。
足技だけをずっと練習し続けたおかげで、人間の敵相手にも通用するみたいだ。
チラッとアオイを見ると、既に1人は上半身と下半身に分けられて転がされていた。
最初の一撃が少し上手くいったと思っていたけど、アオイと比べたら…いや、比べられる力量差ですらない。だってアオイは情報を得るために敵を捕らえるつもりだから、殺さないように手加減してる。それでも1人は既に真っ二つなのだから、アオイにとっては相手が弱すぎるんだろう。
ウチが蹴り飛ばした敵が着地とともに一度地面を転がって立ち上がり、またすぐに向かってきた。
加減はしてないのにダメージを与えられなかったのかと悲しくなったけど、敵の左腕は完全に折れてるみたいだ。これなら相手は左腕を使えないから、条件はウチと同じだ。それなら負けない。
敵がウチの間合いに入る前に、今度はウチから踏み出して、敵の顔めがけて右回し蹴りをした。
敵は一瞬止まることでウチの右回し蹴りを避けたけど、避けられるのは予想通りだ。
敵はウチの右足が通り過ぎた瞬間に間合いを詰めてきた。でも、ウチはその前に軸足にしていた左足だけで跳び、体を捻って跳び左後ろ回し蹴りで、近づいてくる敵の顔を再度狙った。
敵はさすがに二度も止まれなかったみたいで、顔にモロにウチの跳び左後ろ回し蹴りを受けて地面に倒れたけど、そのまま転がってすぐに立ち上がってまた短剣を構えた。
折れた左腕側を狙ったのは間違ってないはず。でも、ウチの跳び後ろ回し蹴りでは軽すぎたかもしれない。全くダメージがないということはさすがにないと思うけど、たいしたダメージを与えられずにただ敵を警戒させてしまったようで、敵は距離をたもってウチの出方を探るような動きに変わった。
ただでさえ攻めきれなかったのに、これだと倒すのに時間がかかるかもしれない。
敵を警戒しながらチラッと周囲を見ると、既にみんなが集まってるみたいで、それぞれが敵と戦っていた。
いや、ソフィアだけいないみたいだ。
もしかしたらもう寝ていて気づいてないのかもしれない。
その分はテンコが受け持ってるみたいだから、なんとか敵全員を壁の中で対処しきれている。
っ!?
敵のことはちゃんと警戒していたのに、気づいたら近づかれていた。咄嗟に後ろに跳んで距離を取ると、敵は間合いを取ったまま横移動をしながら様子を伺う姿勢に戻った。
ウチの油断もあったとは思うけど、この敵は人の意識の隙間に入るのが上手いんだと思う。まるでセリナみたいだ。でも、この敵はセリナとは違う。
セリナは全てがウチより上だけど、この敵は違う。たしかに強いけど、敵が左腕を使えない今なら勝てない相手じゃない。
今度は敵の動きを1つも見逃さないように注意しながら、徐々に間合いを詰めていく。
焦らずゆっくり自分の間合い、1番強い蹴りを与えられる位置まで詰めていこうとしている途中で、敵が右手に持っていた短剣を最小限の動作で投げてきた。
手首だけでの投擲だからたいした速度はないし、敵の動きには注意を向けていたから避けるのは簡単だ。短剣に糸はついていないようだし、魔力がこもっているようには見えない。せいぜい毒が塗ってある可能性があるくらいかな。
飛んでくる短剣を一通り目視で確認し、体を逸らして念のため短剣に触れないように避けたところで、敵がウエストポーチから何かを取り出したのが見えた。
何かが入っている小さい筒型の瓶。今取り出すとしたら左腕の治療のためのポーションか、時間稼ぎのための毒物。
もし毒物なら、ばら撒くとすぐに空気に紛れて広がるものの可能性もあるから、蓋を開けさせるわけにはいかない。
敵に近づくために力一杯に右足で地面を蹴ったところで、敵が瓶の蓋を器用に親指で開けてしまった。ただ、それを口に持っていこうとしたから、たぶんポーションだろう。
空気に紛れる毒ではないのは良かったけど、せっかく敵が左腕を使えないおかげで少しだけ優位に立ててるのに、ポーションを飲ませるわけにはいかないと、左足でさらに地面を蹴って加速させ、右足を突き出した。
狙うは喉。
敵はウチが近づいたことは気づいたみたいだけど、ポーションを飲むことを優先したせいでウチが加速する寸前で少し視線が外れた。そのおかげで、ウチの勢いをつけた跳び前蹴りへの反応が遅れ、ウチの右足のつま先が敵の喉に突き刺さり、その勢いのまま敵は後ろ向きに倒れた。
ウチのつま先が喉に刺さったまま敵が後ろに倒れたせいで、ウチは敵の喉の穴を広げながら鎖骨を砕くという形で着地をすることになった。
いつのまにか、敵の顔が認識できるようになってる。こんな口から血を溢れさせて目を見開いた顔なんて、べつに見えなくてよかったんだけどな。
念のため一度右足を引き抜き、敵の頭を踏み砕いた。これで確実に死んだだろう。
その瞬間、体内に力の塊が生まれた。
今までになかった感覚なのに、不思議とこれがなんなのかがわかってしまった。
進化の兆し。
この力を受け入れれば、進化が出来るというのがなぜかわかってしまったけど、あり得ない。人間は進化なんてするはずがない。
ウチは人間だ。だからこれは気のせいだ。
今はまだみんなが戦闘中なんだから、そんな勘違いをいつまでも引きずるべきではないだろう。
力を受入れずにブーツについた血を地面に擦りつけながら、周りを見て次に狙うべき敵を探した。
アオイは余裕があるみたいだし、むしろ邪魔しない方が良さそうだ。
テンコは捕まえようとしてるけどうまくいってない。でも、生きたまま捕まえることに苦戦しているだけで、負ける気配はないから問題ないかな。
ガルナは武器が重いからか攻撃が大振りだから敵に避けられてはいるけど、何発かは既に当てているようで敵はボロボロみたいだから、このまま任せて平気だろう。
ヒトミは問題ないかと思っていたら、苦戦してるっぽい。ヒトミがやられているというわけではないけど、サラとカレンの手助けをしながら敵の対処をしているから、攻めきれてない。
ヒトミは魔族だから人より疲れないだろうけど、このままだと最初にサラが崩れるだろう。だからまずはサラの敵を殺すべきかな。
「サラはいいよね♪」
狙いを定め、近づこうとしたところでヒトミの声が聞こえた。
いつも通り楽しそうな声なのに、怒りと侮蔑を含んでいるように聞こえて、ウチは足を止めてしまった。
なんで今の言葉にそんな感情が乗っているように聞こえたのかが自分でもわからない。
ただ、チラッとサラのことを見たヒトミの目を見たら、ウチが感じたのは間違いではなかった気がする。
「サラは子どもだから、本気を出さなくても可愛がってもらえるもんね♪頑張ってるフリをしてればいいんだから、楽でいいね♪」
ヒトミがモーニングスターを振ったことで、敵が大きく距離をとった。ヒトミはサラとカレンからあまり離れられないからか、追撃はせずにまたサラをチラッと見た。
本当は早く手伝いに行くべきなのに、なぜだかウチは動けなくなってしまった。
「フリじゃないのです!自分は本気で戦っているのです!ちゃんと頑張ってるのです!」
サラが槍で敵を牽制してからヒトミを睨み、声を荒げた。
サラが目を離した隙を狙った敵にヒトミがモーニングスターで攻撃し、それを受け流した敵が再び距離を取る。
話してないで早く仕留めた方がいいんじゃないかと思うけど、助けるわけでもなく立ち止まってるウチがいえたことではない…。
「たしかに戦闘以外では頑張ってるね♪それは認めるよ♪でも、今が本気?面白い冗談だね♪」
カレンが振った刀を避けた敵がカウンターをしようとしたところにヒトミのモーニングスターが飛んできて、敵は距離を取らざるを得なくなった。
そのせいでヒトミに隙ができたと勘違いして近づいた敵が、ヒトミの蹴りを受けて転がっていった。でも、ヒトミが追撃を出来ないせいで、敵はすぐに立ち上がって距離をとり、ポーションで回復してしまった。
「自分がまだ弱いのはわかってるのです…。でも!本気なのは本当なのです!」
サラは怒っているせいか大振りになってしまった槍を避けられ、敵に近づかれてしまったけど、またヒトミのモーニングスターが飛んできて、敵が距離をとった。
これはたしかにヒトミが文句をいいたくなる程に大変そうだ。
せめてカレンの敵だけでも早く倒そうと思ったところでヒトミから殺気が飛んできて、またウチの足が止まってしまった。
「ハハハ♪…ふざけんなよ?副作用も何もなく強くなれるスキルがあるのに、それを使わず本気?なら、それをアリアの目の前でいえるんだよね♪」
「…。」
最後はいつもの声に戻ったけど、離れたところにいたウチですら、怖いと思うほどの殺気だったのだから、直接受けたサラはたまったものではないだろう。
実際、殺気を受けた瞬間は隙だらけになっていた。でも、敵も動けなかったのか、サラと敵は距離が開いたままだ。
「べつにアリアみたいに魂削ってまでリキ様に尽くせなんていわないけど、見た目が嫌だからスキルを使いたくないとかふざけてるとしか思えないんだよね♪リキ様は優しいから使わなくても怒らないと思うよ♪だからってそれに甘んじて、自分より強い敵を前にしても使わないとか、むしろあたしが殺してあげたくなるよ♪」
「…。」
サラは泣きそうな顔になって返事をしなくなってしまったけど、ヒトミは話しながらでも敵の攻撃をいなし、反撃までしている。それどころか、サラの敵やカレンの敵にも牽制をしているのだから、けっこう余裕なのかもしれない。
本当なら仲間割れは止めるべきなのはわかってる。でも、ウチには何もいえない。
ヒトミの気持ちもサラの気持ちもわかるから…。
「でも、あたしはどんなに面倒でもサラを助けるよ♪だってサラが怪我したらリキ様が悲しむからね♪そもそもさ、サラは何をそんなに気にしてるの?見た目が気持ち悪くなるって、そんな外面を誰が気にするの?リキ様はそんなの気にしないし、あたしたちだって気にしないよ♪」
「そんなのわからないのです!お父さんもお母さんも顔に少し鱗があるだけで捨てたのです!だから、全身が鱗になったらリキ様だって気味悪がるかもしれないのです!」
サラの槍捌きがどんどんと荒くなっていく。
本来ならそれで反撃しやすくなるのだけど、ヒトミの手助けのおかげで敵が攻めきれない。
「リキ様はそんなこと思わないよ♪だってあたしの素顔を見ても興味深そうに見てただけで嫌悪感はなかったからね♪そんなことよりも全力を出さずに失望される方が捨てられる可能性が高いと思うけどね♪まぁリキ様は捨てたりせずに奴隷解放して村人にしてくれたりしそうだけど♪もしかしてそこまで計算してるのかな?だとしたらさすがだね♪」
「違うのです!…違うのです……。」
「はいはい。もういいよ♪何をいっても無駄みたいだからね♪あたしが護ってあげればいいんでしょ♪サラはいいよね♪みんなに可愛がられて、みんなに護られて、楽に生きればいいよ♪」
「…………………アァァァァァァアァァァ!!!!!!!」
サラが叫びながら敵に飛びかかって槍を叩きつけた。
大振りだったから、距離を取られて避けられたけど、サラは槍を叩きつけた姿勢からなぜか動かない。
よく見ると、サラの肌が薄緑色に変わってる。
敵は動かないサラが隙だらけだと思ったのか、短剣でサラの首筋に切りかかったけど、全く切れなかったようだ。
即座に退がろうとした敵より速く、サラが敵の顔を鷲掴みにした。
サラが凄く怒っているのが少し離れたここからでもよくわかる。あんなに怒っているサラは初めて見たかもしれない。
…え?
サラは暴れる敵に腕や顔を短剣で切りつけられるのもかまわずに、敵の顔面を握りつぶした。
握りつぶすといっても、サラは手が小さいから、敵の顔の表皮と鼻をむしり取っただけだけど、それでも今までのサラの力ではありえない。
敵が顔を押さえながら一歩退がったところにあわせてサラが槍の柄側で足を払い、宙に浮いた敵の首を半周
この時点で間違いなく敵は死んでいるのに、サラは最後に首のない敵の鳩尾を素手で殴って吹っ飛ばした。
怒りの全てを乗せたかのようなパンチだったけど、まだ怒りがおさまらないのか、肩で息をしながら瞳孔が縦に長くなったような目でヒトミを睨んでいた。
「やれば出来るじゃん♪それに、その見た目でもサラは可愛いよ♪」
「…そんなわけないのです。」
ヒトミはサラに睨まれてもなんとも思っていないのか、笑顔で軽口を返してから、敵に向かっていった。
ヒトミの対応に力が抜けたのか、サラは睨みつけるのをやめて、いつもの姿に戻ったみたいだ。
敵は急に近づいてきたヒトミの行動が予想外だったのか反応が遅れ、ヒトミに頭を掴まれて地面に叩きつけられた。
1度目でグシャッと音がここまで聞こえたけど、ヒトミは5回も叩きつけて敵の顔をぐちゃぐちゃにしていた。
残るはカレンの敵だけだったけど、カレンはここが勝負所と思ったのか、鬼化して、一息に間合いを詰めて刀を振り抜いた。
敵はヒトミを警戒していたからというのもあって、さっきまでと格段に違うカレンの速度に反応できず、上半身と下半身を左右にずらして崩れ落ちた。
カレンはまだ鬼化を完全には使いこなせないからか、敵を真っ二つにしたあとはすぐに鬼化を解いて、刀の血を払ってから鞘にしまっていた。
けっきょくウチはただ突っ立って話を聞いてるだけだった。
いや、わかってる。ウチの足がなんで動かなくなったのか。
ヒトミがいってることが正しいと思っていても、ウチはサラと同じだったからだ。
リキ様やみんなより自分を優先していた。
ウチは…。
『グラビティチェーンバインド』
ソフィアの声が聞こえたと思ったら、ウチらがいる壁に囲まれた場所全てを範囲とした魔法陣が地面に広がり、生きてる敵の足もとから黒い鎖が出てきて全員を拘束した。
敵はほとんど抵抗できずに地面に縫い付けられたみたいだ。
「遅れて申し訳ございません。寝てしまっていて、アオイさんの念話に気づけませんでしたわ。」
羽を広げて土の壁の上から滑空してきたソフィアがアオイに近づきながら声をかけてきた。
ウチが苦労して1人を倒したというのに、ソフィアは魔法で一度に5人を捕まえてしまった。
ソフィアは戦闘奴隷の中で最弱だ。
ウチはソフィアが基礎的な訓練以外で戦っているところをほとんど見ていないけど、1対1での戦闘で最弱なのは本人すら認めてる。
でも、こんなのを見せられたら、弱いだなんて思えない。
「おぉ、ソフィアか。敵をどう拘束しようかと思っておったところじゃから、助かった。」
アオイがソフィアに向き直った瞬間、アオイが相手をしていた敵の1人がソフィアの魔法の拘束を抜け、アオイに向かってきた。
アオイはなぜか避けずに振り向きながら敵の腹を刀で刺したが、敵は相打ち覚悟だったのか、お腹で刀を受けながらアオイの腹を短剣で突き刺した。
一瞬時間が止まったかと思ってしまった。
すぐにポーションをと思い、サラに顔を向けたところで、視界の隅のアオイの体が崩れた。
そういえば、アオイは刀が本体で、体はイーラに借りているんだったっけ。なのに本当に焦ってしまった。恥ずかしい…。
「ソフィアの魔法で拘束出来ぬのなら、妾が体を預かるとしよう。」
敵の乗っ取りに成功したらしいアオイが、お腹に刺さっていた刀を抜いて血を払い、地面に落ちた鞘を拾って刀をしまった。
「さて、それでは他の者らに尋問をするとするかのぅ。……ほぅ。ずいぶんと躾けられていた者らだったみたいじゃな。」
アオイが周りを見てから感心するようなことをいい始めた。
意味がわからずウチも周りを見てみると、捕まえた敵の顔が認識できるようになっていて、拘束したはずの敵全員が口から血を流していた。近づいて確認しなければ確実とはいえないけど、たぶん全員死んでいる。
任務を失敗したらすぐ自殺というのは少し驚いたけど、その方が楽に死ねるだろうから正解かもしれない。
「仕方ない。妾がこの体の精神にいろいろ聞いてみるとしよう。うまくいかなければあとでアリアに謝ればよかろう。どうせ主犯はケモーナの第一王女だろうしのぅ。」
アオイが軽い感じでいいきり、ウエストポーチを漁ってポーションっぽいものを取り出して飲み始めた。
敵の所持品なのに、アオイは見ただけでどれがポーションなのかわかるのだろうか?
実際、お腹の傷がなくなったから、ポーションがわかるんだろう。
あらためてアオイを見る。
アオイといっても今の体は敵のもので、本体は刀だ。
アオイは元人間らしい。
でも、今はどう見ても人じゃない。ステータスでは鬼族となってるらしいけど、正直アンデッドといわれても納得してしまうと思う。
それなのにアオイは自身が人間か魔族かなんて特に気にしていない。たぶん魔族になっていたとしても気にせず今と変わらない生き方をしてると思う。
アオイを見てるとウチが人間に拘っているのがバカらしく思えてくるから不思議だ。
ウチはステータスもないし、人間だった頃の記憶が全くない。ステータスを失ったとき、同時に記憶も失ったらしい。
だから、本当は自分が人間かなんてわからない。
ただ、ウチをステータスエラーにしたあいつが、人間に魔物を組み合わせる実験をしていたから、ウチも元は人間のはずだと思っているだけ…。
ウチも他の実験体と同じだと思いたかったから、人間だと思うようにしていただけだ。
でも、ここにいる仲間は人間だけじゃない。
ここでは人間かどうかなんて些細なことでしかない。
それよりも…。
拾ってくれたリキ様のためになるべき。いや、ウチがみんなの役に立ちたいから。
セリナに全てを負けてる自分で満足なんてしたくないから。
ウチは進化を受け入れることにする。
敵を倒したときからずっと抑えつけていた力を受け入れようとしたら、1度ウチの意識とは別の何かに止められた。でも、すぐにその抑えもなくなり、体内で力が暴れるような感覚に襲われた。
それなのになんだか落ち着くという不思議な状態を目を閉じて味わいながら、全身が作りかえられていくように身体の隅々まで力がいき渡るのを感じた。
今ならなんでも出来てしまいそうな気がするほどに満たされていく。
「なんか光ってたけど大丈夫?…あれ?なんで左腕があるの?」
進化が終わったのが感覚でわかると同時に、ヒトミの声がして目を開けた。
いつのまにか近づいていたヒトミが不思議そうにウチの腕を見ていた。その視線につられてウチも自分の左側に目を向けると、長い間失っていた左腕が確かにあった。ただ、肘から先は白くて短い毛でモコモコになっているから、どう見ても人間の腕じゃない。
左腕を持ち上げて動かしてみても違和感はない。今までなかったとは思えないくらいに普通に動かせる。
右手で左腕の毛を触ろうとしたところで、右腕の肘から先にも毛が生えているのが見えた。
どうやら新しく生えた左腕だけでなく、ウチ自体が人間ではなくなったんだろう。
もっと嫌悪感があるかと思っていたけど、人間でなくなっても思いのほかなんとも思わなかった。
「進化したから、生えてきたみたい。」
「進化したんだ♪おめでとう♪あたしも早くシャドウに進化したいんだよね♪」
ニコッと笑ったヒトミは嫌味ではなく、本当に祝福してくれているように聞こえた。
「腕が治って良かったのぅ。服に隠れきれておらんかった古傷も消えたようじゃし、良かったではないか。その腕と足の毛も可愛らしいしのぅ。」
敵の体を乗っ取っているアオイさんは傷が消えたことを喜んでくれた。
このモコモコの毛が可愛いというのはよくわからないけど、ウチが見た目まで人間でなくなっても気味悪がられるどころか、驚いてすらいない。
いざ進化を受け入れると決めても、やっぱり怖かった。
でも、ここでは人間かどうかなんて本当に些細なことなんだね。
こんなに簡単に受け入れてもらえるなんて、今まで人間であることにしがみついていたウチがバカみたいじゃん…。
でも…ありがとう。
自然と緩んでしまった頰と目に溜まり始めた涙を誤魔化すように笑顔になってアオイを見た。
「ありがとう。」
ウチはこの体で強くなってみせるから。
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