再会(244話後のマリナ視点)
リキさんたちと町まで来たところでお昼を誘われたけど、さっき携行食を食べたばかりだからと断った。
出来るだけ早く冒険者ギルドの依頼を取り消しておかないと、もしかしたら誰かが依頼を受けてしまうかもしれないから。
可能性は限りなくゼロに近いのはわかっているけど、ゼロでないなら早めに行動しないと失敗するかもしれない。もし誰かが依頼を受けたりなんてしたら、金貨5枚を払わなきゃならなくなるけど、さすがに両方に金貨5枚ずつ払うお金なんてない。
その金貨5枚だってお母さんが必要経費だっていって払ってくれているのにこれ以上は無理。お母さんがいいっていっても私が嫌だ。
「よかったらリキさんも冒険者ギルドに寄りませんか?ギルドを通して依頼を受ければギルド内評価も上がりますよ。」
「嫌だよ、めんどくさい。今さら少し評価が上がったところで、あそこのギルドには嫌われてるだろうから意味ねぇだろうしな。何より終わった後にわざわざ報告に行くのが面倒だ。」
本当なら冒険者であるリキさんにはギルドを通して依頼を受けてもらうのが一番いい形だから、一応確認はしてみたけど、予想通りの答えが返ってきた。
すぐそこなんだから来てくださいよと思うけど、リキさんにそんなことをいえるわけがない。
そんなこといったら、良くて今回の話がなかったことになるだろうし、最悪の場合は無意識の威圧で殺されるかもしれない。
前に噂で子どもから略奪してた悪漢をリキさんが睨んだだけで廃人にさせたという話を聞いたことがある。
実際に現場を見ていない私にはどこまで本当かはわからないけど、リキさんならあり得ると思えるから不思議だ。
いい人なのは知ってるけど、だからといって怖くなくなるわけではない。
だから私は断られたことをしつこく頼んだりなんてしない。
怒られたくないし、嫌われたくもないから。
「ですよねー。そしたら私はギルドに行くので、ここで。」
「あぁ、じゃあ明日。もし太陽が完全に出きってもマリナが来なかったら先に行っちまうが、金は払わせるからな。それが嫌なら遅れんなよ。」
「はい。明日はよろしくお願いします。」
私が頭を下げると、リキさんはヒラヒラと手を振りながら歩いていった。
リキさんは仲良くなった相手には優しいのに口が悪いからみんなに勘違いされて、もったいないと思う。いや、勘違いともいいきれないんだけどね。実際敵には容赦ないし、怒りっぽいし、怖いし。
そんなことを考えていたのが気づかれたのか、アリアちゃんがこちらにトテトテ走って近づいてきた。
何も知らなければとても可愛くて癒される姿なんだけど、アリアちゃんは異常なまでに頭が良くて勘も鋭い。そのうえリキさんに関わることにたいしては容赦がないのを知っている私からしたら、直前に考えていたことのせいでアリアちゃんが近づいてくるのが怖い。
リキさんは敵意さえ向けなければあまり気にしない。それは相手を許してだったりただ無関心なだけだったりと意味合いは相手によって違うんだとは思うけど、少し失礼なことを考えたりするくらいでは怒らない。
だけど、奴隷の子たちは違う。
アリアちゃんたちはリキさんに心酔している。私のお母さん以上に。
『無慈悲』の二つ名がつけられたのも、きっとリキさん関係で容赦ない行動をして、誰かに見られたのだろうと納得してしまうくらいの心酔っぷりだ。
宗教を作ることだけでも異常なのに、この短期間でアラフミナにここまで広めるなんて凄いを通り越して怖い。
お母さんの話では王族にもリキ教信者がいるらしいから、その宗教を作りあげ、広めたであろうアリアちゃんを私ごときが怒らせて無事でいられるわけがない。
だから私が取る行動は決まっている。
「ごめんなさい。」
私の前で止まったアリアちゃんが口を開く前に謝罪した。
「………………なんで謝るのですか?」
この反応は本当に怒ってるわけではなさそうだ。勘違いでよかった。
それにしてもコテンと首を傾げながら見上げてくるアリアちゃんは本当に可愛らしいな…。
アリアちゃんは以前お会いしたことのあるスルウェー公爵のような息を呑むほどの美女ってわけではないけど、とても女の子らしい可愛さが溢れてる。
傷も綺麗さっぱりなくなっているし、あと5年もしたら男にいいよられたりするんだろうな。まぁリキさんがいるから恋愛に発展することはないと思うけど。
「ハハハ…。アリアちゃんが走って戻ってきたから、なんかやっちゃったかと思ってさ。」
「…いえ、これを渡しておこうと思って戻ってきました。」
私が笑って誤魔化したら、アリアちゃんが指輪を渡してきた。
受け取った指輪を観察してみたけど、装飾は何もなく、特に変わったところのなさそうな指輪だ。
「これは?」
「…以心伝心の加護を付与した指輪です。わたしの指輪と対になっているので、今回に限らず何かあったら連絡してください。」
「え?…え!?以心伝心の加護!?そんなの一時的でも借りられないよ!」
「…一時的ではなく、それはマリナさんにあげます。こちらからも連絡することがあるかもしれないので、そのときはよろしくお願いします。」
一時的でも気が引けるのにくれるって…。
この指輪一対で金貨何枚も飛ぶ価値があるのに本当にもらっていいのかな。
「さすがにそんな高価な物はもらえないよ。」
「…たくさんあるので気にしないでください。」
アリアちゃんはそういって腰のあたりを軽く叩くと、服越しにジャラジャラと金属が擦れ合うような音が微かになった。
流れからして、今の音は以心伝心の加護が付与されている指輪の音?だとしたらどれだけの量の指輪を束ねて服の中に持っているのかという音の響きだった。
王族に認められている付与師のお母さんですら、以心伝心の指輪を一対作るのにそれだけに集中しても5日くらいかかるから量産できないっていっていたのに、アリアちゃんはそれだけの量を作る技術があるってこと?それともそれだけ買い占めるお金を持っているってこと?
あれ?そもそもさっきまでアリアちゃんから金属が擦れるような音なんてしてなかったよね?
「…指輪は安価の物で、加護は全てわたしが付与したものなので、お金は気にしないでください。音に関しては『消音』のスキルを一時的に切りました。」
私はなにも聞いていないのに、まるで心を読まれたかのようにアリアちゃんから答えが返ってきた。
こういうところが少し怖いと思ってしまう。
この歳で…いや、年齢なんて関係なく有能すぎるところが。
「そうだとしても、一般的には高価なものだから、もらいづらいかな。ただでさえ依頼を代わりに受けてもらうっていうのにこんなものまでもらえないよ。」
「…これはマリナさんのためだけでなく、わたしたちのためでもあるので受け取ってほしいです。」
私が指輪を返そうとしても、アリアちゃんは手を出してくれなかった。
「アリアちゃんたちのためって?」
「…マリナさんはいろいろな噂や情報を耳にする機会が多いようなので、情報のやりとりがいつでも出来るようにしたいと思いました。それに、マリナさんに何かがあったらリキ様が悲しむと思うので、緊急用です。」
「私が知る情報ならいつでも話すけど、リキさんが悲しむっていうのはないんじゃない?」
私が死んだくらいでリキさんが悲しむ姿を全く想像できない。…自分でいっててなんか悲しくなってきた。
「…いえ、リキ様は既にマリナさんを仲間と思っていると思います。なので、遠慮せずにその指輪はもらってほしいです。もしもらうのに気がひけるのであれば、返してもらうつもりは一切ないので捨ててください。」
「いや、捨てるとか無理だから!」
「…でしたら、もらってください。それではリキ様が待っているので失礼します。」
「あっ、ちょっと!」
手を伸ばしてアリアちゃんの腕を掴もうとしたけど、簡単に避けられて、走っていってしまった。
少し離れたところでリキさんが立ち止まってこっちを見ていたから、なんとなくかるく頭を下げたら、リキさんがまた手を振って歩いて離れていった。
…仲間か。
昔付き合いのあった冒険者からも疫病神って避けられていた私には嬉しすぎて困る言葉だ。
それもリキさんがそう思う相手はかなり限られているし、嘘で“仲間”という言葉を使う人たちではないと知っているから、なおさら…あっ、ちょっと泣きそう。
いいたいことだけいって逃げるなんて、アリアちゃんは本当にズルい子だ。
こんなに人がたくさんいるところで泣くわけにもいかないから、指輪をはめてから急いで冒険者ギルドに向かうことにした。
冒険者ギルドに入ると時間が時間だから人が少ないみたいだ。それでも何人かはいるし、楽しそうに談笑しているテーブルもある。
談笑しているテーブルをチラッと見たときにやけに綺麗な人がいたから、ついつい二度見してしまい、目が合ってしまった。
なんか申し訳なくなり、苦笑いしながら軽く頭を下げ、さっさと掲示板のところに向かった。
こんな働きどきの時間に談笑する暇があるんなら、私の依頼を受けてくれたっていいじゃん。
まぁあんな綺麗な人に鼻の下を伸ばしてるような男なんてこっちからお断りだけどね!
…うん。予想通りまだ誰も私の依頼を受けてないね。
わかっていたけど、なんだかな…それなりに暇な人がいるのにさ……まぁ残ってるのは私の依頼だけじゃないし、冒険者にも選ぶ権利はあるから仕方ないけど、なんか納得いかない。
モヤモヤした気持ちのせいか、無駄に勢いよく私の依頼が書かれた紙を掲示板から剥がし、それを持ってギルド受付に向かった。
本来は依頼の紙を剥がして持っていく必要はないんだけど、受付の人に手間を取らせるのは悪い気がしたから、自分で剥がした。けっしてムカついたからとかではない。
「この依頼を取り消しでお願いします。」
「こちらの依頼は明日までの掲示ですが、今取り消しでよろしいのですか?」
私が置いた紙を見た受付の人が確認してきた。
明日までの掲示なら、本来は明日の日が落ちた時間に回収され、その場合は取り消しによる手数料がかからない。でも、途中での取り消しの場合は残り日数に関係なく、銀貨20枚もかかってしまうから、確認してくれたのは受付の人の優しさだろう。
「はい。」
「諦めてしまうのですか?」
私が何度も金額以外同じ依頼をしていたからか、受付の人に覚えられてしまっている。
来るたびに毎回5日間の掲示料金で銀貨5枚を払い続けたのに、今回はこんな中途半端なタイミングでやめるのを不自然に思って心配してくれているのだろう。
私はもう冒険者としては活動していないのにここまで優しくしてくれる受付の人には感謝している。
私が冒険者から避けられているのを知っているのに今まで通りに接してくれるだけでなく、パーティーで1人だけ奇跡的に生き残ることはそこまで珍しくないから気にしないようにと励ましてくれる人もいた。
他のギルドは数ヶ所にしか行ったことがないけど、その中でもここのギルドの人はいい人が多い。
それに比べて冒険者の人たちは…はぁ……。
「いえ、知り合いが手伝ってくれることになったので、早めに依頼を取り消そうと思って。」
「その方は冒険者ではないのですか?」
あぁ…出来ればそれは聞かないでほしかった。
「冒険者です。」
「それでしたら、ギルドの依頼としてお受けした方がその方のためになるのではないですか?その方のランクによっては金額が上がってしまいますが、指名依頼に変更して受けてもらえばその方の依頼達成件数に加算できますよ。」
予想通りの答えが返ってきた。だから頼んだ相手が冒険者だとはいいたくなかったんだよね。私も受付の人と同じことを思うけど、リキさんがここまで来るのを嫌がるからさ。
冒険者ギルドへの依頼は達成報酬以外に掲示料金と依頼料金をギルドに払わなくてはいけない。
依頼料金は依頼を受けた冒険者によって代わり、F、E、D、C、B、Aランクの順で、銀貨5、10、20、30、40、50枚、Sは金貨1枚が必要になる。
SSは最近できたばかりだから人によって変わるとかいう噂を聞いたけど、私は一生縁がないだろうから確認はとっていない。
これは1パーティーごとに支払う必要があって、パーティーのリーダーのランクが基準になる
つまり、Fランクのリキさんがギルドで受けてくれた場合は取り消し料金より安くなる。
だけど、銀貨15枚のためにリキさんに無理にお願いする勇気は私にはない。
「私もいってはみたんですが、ここまで来るのが面倒って断られてしまって…。」
「遠くに住んでいる方なんですか?」
「えっと…噂だとすごく近くに住んでいるらしいですね。」
受付の人がちょっとムッとした顔になった。
気持ちはわかるし、いつもにこやかにしている人だから、とても申し訳なくなる。
てきとうに嘘をつくべきだったのかもしれない。でも、明日リキさんたちと一緒にいるのを見られたらバレちゃうだろうし、今日の話を聞かれてた可能性もあるから嘘をつく方が印象悪いだろうしな。
「その冒険者のお名前をお聞きしてもいいですか?」
「リキ・カンノさんです。」
「…………………。」
またにこやかな表情に戻った受付の人の質問に答えたら、そのままの表情で固まってしまった。
やっぱりリキさんはこのギルドでは禁句だったかな。
なんかここで問題を起こしたことがあるって話を聞いたことあるし。
…。
しばらく待っても受付の人が固まったままだ。どうしよう…。
「ふ〜ん。」
「えっ!?」
いつの間にか真後ろに立たれていたらしく、私の肩越しに依頼内容を読んでいた人に急に声をかけられ、驚いて跳ね退いた。
え?なに!?この人ってさっき談笑してた綺麗な人だよね?なんで足音も立てずにこんな近づいてきてんの!?
「付与師のレベルを10日以内に60レベルまで上げるだけで金貨5枚ももらえるうえに手に入れた素材などは全て冒険者がもらえて、さらに付与師との縁も得られるなんて、Bランクの依頼としてはずいぶん条件のいい依頼じゃない。誰も受けないのなら私が受けてあげましょうか?」
…ん?あのマークって…。
「…戦乙女?」
「あら、会ったことあったかしら?」
「いえ、初めてお会いしましたが、そのマークと特徴から『戦乙女』かなと思いまして…。」
「そうなの?まぁそれはいいのだけれど、その依頼を取り消すくらいなら私が受けてあげましょうか?」
「お気持ちは嬉しいのですが、既に手伝ってくれる方が決まったので、今回は取り消したいと思います。」
「それは残念ね。…ここで会ったのも何かの縁だから、私と少しお話ししていかない?」
なんだろう。凄く怪しい。
といってもSSランクの人からの誘いをハッキリと断る勇気もないから困る。
「えっと…そろそろ帰らないとなんですけど……もしかして何か聞きたいことがあるんですか?」
一瞬だけ『戦乙女』の目が細くなり、寒気がした。
既に『戦乙女』は笑顔に戻っているのに私の背中の汗が凄いことになっている。
こんな綺麗で清楚な感じなのにこの人リキさん並みに怖いんだけど。
「ずいぶん勘がいいのね。それなら隠しても意味がなさそうだから質問するけれど、あなたがリキ・カンノのもとパーティーメンバーって本当なのかしら?」
「少しの間ですけど、パーティーに入れてもらっていた時期があります。」
私がリキさんとパーティーを組んでいたのを見た人はけっこういるから、ここで嘘をついてもすぐバレる。だから正直に答えたんだけど、この人はリキさんを探っているのかな?
もしかしてクレハさんやユリアさんは探るために近寄らせてるとか?
「そうなの?でも、一度パーティーを組んだ相手をあいつが解放することはないって聞いたのだけれど?」
「すみません。リキさんに関しては私は何も話すつもりはありません。」
SSランクの人にいい返すのは怖いけど、リキさんたちのことは誰にもいわないと誓ったから、ここで争うことになってもいう気はない。
もう私は奴隷ではないけど、あんなに私に良くしてくれたリキさんたちを裏切るつもりはない。
だから私は頭を下げながらハッキリといい返した。
怒ってるかな?
痛いのは嫌だから、怒るなら一撃で殺してほしい。いや、死にたくないけど。
恐る恐る顔を上げたら、なぜか戦乙女が微笑んでいるように見えた。
「なんであんなやつなのに忠誠心の強い仲間が多いのかしらね。」
「リキさんは仲間には優しい人ですよ。怒りっぽくて口が悪くて敵には容赦ないですし、その他の人には無関心ですけど。」
「それは褒めているのかしらね。でもいいわ。無理に聞き出すつもりは初めからなかったからね。あなたがあいつのパーティーに入っていたという話を聞いて、あいつがどんなやつなのか聞きたかっただけだから、気にしないで。」
ふふっと上品に笑った戦乙女が私の肩を軽く叩いてから、もとの席へと歩いていった。
『戦乙女』の後ろ姿を目で追っていたら、さっきは男の陰で見えなかったけど、あのテーブルに女の子が2人いるのが見えた。あの子たちも“乙女の集い”のメンバーなのかな?
「…それでは取り消し処理をしましたので、銀貨20枚のお支払いをお願いします。」
受付から声をかけられて振り向くと、どうやら私たちが話している間に処理を進めてくれていたみたいだ。
さっきは受付の人との話が途中だった気がするうえに身分証の提示をしてないと思うんだけど、いいのかな?
まぁ処理が終わったのならいいか。
私はポーチから銀貨20枚を取り出し、受付に置いた。
「確認お願いします。」
「…はい。銀貨20枚いただきました。それではお預かりしていました金貨5枚をお返しいたします。これで手続き完了となります。また何かありましたら、当ギルドをご利用ください。」
「はい。よろしくお願いします。」
手続きを終えたし、とっとと帰って明日のために早く寝なきゃな。
そういえば、リキさんは私を嫌っていたわけではなかったみたいだし、それだとお母さんがカンノ村に行きたいっていっているのを止める理由がなくなっちゃったな。
でも今以上にリキさんに心酔されても困る。
リキさんもお母さんのことをけっこう好いていたみたいだから、出来ればまだ会わせたくない。
新しいお父さんがリキさんになったりなんてしたら、さすがにどう接していいかわからないから。
うん。リキさんと再会したことはしばらくお母さんには黙っておこう。
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