リキとの出会い(セリナアイル視点)



どこで間違ったんだろう。私が悪い子だったからなのかな?


なんで誰も私のいうことを信じてくれないの?


私がおかしいの?


私は何もしてないよ。部屋で寝てただけだよ?メイドのネーシャだって見てたよ?


なのになんで私が加害者なの?


…。


今さら何をいってもどうにもならないことはわかってる。


今さらじゃないね。最初からずっと本当のことをいっているのにどうにもならなかったんだよ。


仕組まれてたのかな?


勉強なんて真面目にやらなければよかった。


私は王位継承権なんてあってないような立場だったからけっこう自由に育ったけど、それでも王族としての最低限の教育は受けてたし、学校にも通ってた。

そのせいで知りたくもないことを想像してしまう。


これは最初から仕組まれてたのではないかとか、あの男はお姉様と組んでいたのではないかとか、お父様は私が嫌いだったのではないかとかいろいろと考えてしまう。


そんなこと想像出来ないくらい、何も知らなければこんな気持ちにはならなかっただろうに…。どうせ悲しさは変わらないのだから、下手な知識なんてない方がよかった。


私の奴隷落ちが決まった日にネーシャと会って以来一度も会えていない。まだ王城の牢にいたときに見張りの人に聞いたら、ネーシャは実家に帰ったといっていたけど、答えるときに私と目を合わせなかったし、ネーシャはたぶん口封じで殺されたんだろうな。


羨ましい。


どうせどうにもならないのなら、私も処刑がよかったな。


奴隷になるのが死ぬより辛いだろうことは知ってるから。


王城内には奴隷はいないけど、学校で奴隷の酷い扱いについて耳にしたことがある。


“魅了の魔女”なんて二つ名を付けられた獣人の奴隷の末路なんて決まっている。


良くて性奴隷。最悪の場合は虐待奴隷だ。


…もう考えるのはよそう。


考えるだけ無駄だ。


希望なんてない。


もう首輪を嵌められているから逃げることも出来ないし、そもそも拘束されて口枷をされているから何も出来ない。


私はアラフミナの奴隷市場へと向かう馬車に揺られながら、徐々にいろいろなものを放棄していく。


いまだに人族至上主義の貴族が残るアラフミナ。


そこの奴隷となるなんて、さぞ素敵な未来が待っているのだろう。


絶望とはこういうことをいうのだろうなと思いながら、心がだんだんと死んでいっているのをわずかながら自覚し、そのまま深い闇へと身を委ね、少しずつ沈み込んでいく。


最後まで意識の隅に引っかかっていた“どこで間違ったんだろう”という疑問すら溶かしながら、意識を過去の思い出へと引き込んでいった。








10歳になり、私は国立の学校へと通うことを機に、世話係が護衛を兼ねていたクリューゲルからメイドのネーシャへと変わった。


出かける際の護衛はクリューゲルのままだけど、普段の王城内や学校の寮で生活する間はネーシャとその部下のメイドが数人だけになり、クリューゲルとは移動時の護衛以外で会うことがなくなった。


もう私が女性的な体に成長しつつあるため、同性のネーシャが担当になったのは理解出来るから、とくに文句はいわなかった。


クリューゲルはお小言が多かったけど、小さい頃からずっとお世話をしてくれていたし、普段はとても優しかったから大好きだった。でも、それは恋愛とは違う好きだし、私はこれから女性としてのマナーも学ばなければならないのはわかっていたから、悲しかったけど、ワガママをいわずに従った。






3年間通う学校の最初の1年が終了し、長期休みを利用してやっと王城へと帰れることになった。


学校での生活も楽しかったけど、1年間も家族と会えないのは初めてだったから、寂しくて、帰るのが本当に待ち遠しかった。


それにお姉様が婚約者候補の方とお付き合いを始めたという手紙をもらってから、早く会ってみたいと思っていたからなおさらだ。


学校は王都ではなく隣町だから、馬車で3日かかる。


その間は久しぶりに会えた護衛のクリューゲルに甘えていたから、あっという間だった。


そして家族に挨拶をしてからお会いしたお姉様の婚約者候補の方は見た目は真面目そうで優しそうな人だった。なのに、この人に見られるとなぜか凄く気持ち悪かった。


お姉様が好きになった人にそんなことを思ってはいけないとわかっているのに、この人に見られると背中に変な汗をかくし、吐き気がする。


なんでかはわからない。


わからないけど、近寄らない方が良さそうだと思い、かるく挨拶だけして、私はこの休みの間は食事以外で会うことはなかった。






学校2年目が終わり、少し憂鬱な気持ちで家へと向かっていた。


今回から私の護衛がクリューゲルではなく知らない騎士の人になっていた。


理由を聞いたらお姉様の婚約者候補の人と何かがあったらしく、国境の詰所勤務へと変わったらしい。

詳しく聞こうにも、それ以上は知らないらしいから聞けなかった。


久しぶりにクリューゲルに会えるのを楽しみにしていたのに国境でのお仕事だと滅多に会えないんだろうな。


べつに新しい騎士の方に不満があるわけではないけど、クリューゲルに会えないと思うと凄く悲しい。


そんな憂鬱な気持ちで王城に帰るとなぜかお姉様の婚約者候補の人が迎えてくれた。


「おかえりなさい。セリナアイルちゃん。」


少なくとも現時点では私の方が立場が上だ。

王位継承権がほとんどないといっても第二王女である私を婚約者候補がちゃん付けで呼んでいいわけがない。

仲がいいならまだしも、私とこの人は全く仲が良くない。むしろ私は嫌いだ。


この人が近くにいるととても気分が悪くなる。


でも、そんな指摘をしたら、あとでお姉様からお小言をいわれるだろう。


お姉様はこの人のことがとても好きらしいから、その程度のミスで目くじらをたてるなんて淑女としてウンヌンカンヌンとあとでいわれるだろうことを想像してげんなりした。


お姉様の判断は私が正しいか間違っているかじゃないからね。


お義兄様となるのだから私よりこの人の方が姉の中では偉いのだ。


今回は初めてお姉様の愛が受け入れられた恋らしいから、少しお姉様がおかしくなっている。


私は初恋すらしたことないから詳しくはわからないけど、恋は人を変えるらしい。だから仕方がないのだろう。


私は吐き気を抑えながら嫌々やっているのを悟られないように笑顔を作り、挨拶の姿勢を取った。


「ただいま帰りました。お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです。」


この人の名前はなんだったかと思いながら、それすら顔に出さないように笑顔を保った。

これは学校ではなく学校に行く前に王城で学んだ技術だ。どんな相手であれ、笑顔で挨拶をするのが淑女の心得らしい。


「そんな堅苦しくする必要はないよ。もうすぐ兄妹になるのだから。3日も馬車に乗って疲れただろう?部屋までエスコートするよ。」


この人は本当に伯爵家の人なのだろうか?

私が学んだ常識をぶち破ってくるのだけど。


堅苦しくする必要がないというのはあなたがいう言葉ではないと教えてあげたい。


それに部屋までエスコートとはなんだろうか?


そもそもエスコートなど必要ないということは置いておくとしても、あなたは私のお姉様の婚約者候補であって、現時点で私と必要以上の関わりを持つべきではないと思うのだけど、それは私が間違っているのだろうか?


私は胸やお尻が多少女性的な膨らみを帯びてきていてもまだ子どもだから大丈夫だと考えているのだろうか?


伯爵家では長男以外には教育をしないのだろうか?


それともこの人の頭が悪いのだろうか?


お姉様が甘やかすから勘違いしているのだろうか?


メイドのネーシャは立場上なにもいえないから私が自分でなんとかしないといけないんだと諦め、笑顔が引き攣りそうになるのを堪えながら答えた。


「お心遣いありがとうございます。ですが、このあと皆さまにご挨拶をして回りたいので、ご遠慮させていただきたく思います。」


「そうかい?それじゃあ僕はここで失礼するよ。」


「はい。」


手を振って去っていくのを最後まで笑顔を貼り付けて見送った。


変な汗で背中にドレスがくっついて気持ち悪い。


なんであの人といるとこんな気分になるのだろう。


会うだけで気持ち悪くなるなんて初めての経験だからわからない。


「セリナアイル様。ご気分が優れないようですが、ご挨拶は後ほどにして一度お休みになられた方が良いのでは?」


ネーシャが心配して声をかけてきた。


たしかにさっきまでは気持ち悪かったけど、もう大丈夫そうだ。


「もう大丈夫です。心配かけましたね。それでは入りましょうか。」


「はい。」








学校から帰ったその日の夜、ベッドで寝ていた私は扉が開く微かな音が聞こえた気がして目が覚めた。


窓の外を見ると完全に暗くなっている。


こんな夜遅くに誰だろうと目を凝らして扉の方を見ると、なぜかお姉様の婚約者候補の人がいて、ほとんど音を立てずにゆっくりと近づいてきていた。


私は生まれつき他の人より五感がいいらしい。だから薄暗い部屋でも目を凝らせばハッキリと見えるし、かりに見えなくても匂いでわかる。

扉の開く微かな音で目が覚めたのはたまたまだけど、耳をすませば近づいてくる足音もちゃんと聞こえる。だから、これは夢ではないだろう。


この人は馬鹿だとは思っていたけど、まさか女性の部屋にまで入ってくるとは。

これはいくらお姉様が擁護しようと許されない問題だろう。


「なんのご用ですか?」


私が声をかけるとビクリと跳ねるような動きをしてから立ち止まった。


でも、返事をしないし、出て行こうというそぶりもない。暗闇だからまだ誰かわかっていないとでも思っているのだろうか?


「お姉様の寝室とお間違えでしたら見なかったことにして差し上げるので、出て行ってもらえますか?」


「なんだ、バレてたのか。よく僕だとわかったね。」


この人は悪びれる様子もなく近づいてきた。


私はさすがに意味がわからず、枕もとに置いてあるベルを取り、鳴らした。

これで隣の部屋にいるメイドの誰かが来てくれるはずだ。


だが、メイドが来る前に男が目の前まで近づいてきて、ベルを取り上げられた。


「こんなものまで用意してたってことは君にはとっくにバレてたわけか。隠せていたつもりだったんだけどね。だが、用意しておくならもっと音の出るものにしておくべきだったね。まぁそうされてたら困るんだけど。」


この人は何をいっているんだ?

メイドを呼ぶベルを知らないの?

だとしたらなんで私がそんなものを用意していると思ったの?


「…どういう意味?」


「ん?わかってるのに聞いちゃうわけ?」


急に押し倒された。


私はほとんど抵抗できずに両手首を片手で握られ、もう片手で口を塞がれ、お腹の上に跨いで座られた。


「んー!」


「声を出すなら塞がれる前に出さなきゃ。怖くて声が出なかったのかな?」


なにをいっているのこの人?


「本当は怖がらせるつもりはなかったけど、君が悪いんだよ?」


私が悪い?なにが?


「なんであのブサイクな女の妹がこんなに可愛いんだよ。おかしいだろ!地位を得るため我慢してたのに君が僕の前に現れるから。」


この人がいっていることがわからない。


怖い…。


「君が少し我慢すればみんな幸せなんだ。今からすることを君が黙っていれば君の大好きなお姉様が悲しまずに済むんだ。だから我慢出来るよね?」


「んーーーーー!!!!」


「うるさい!」


一瞬口を塞いでた手が離れたと思ったら、お腹に何かがめり込んで苦しくなった。


だけどお腹の上に乗られているし、またすぐに口を塞がれたから呻くことしか出来ない。


痛い…苦しい…。


「静かになったね。やっとわかってくれたか。」


私の口を塞いでた手がまた離れていった。


だけど苦しくて助けを求める声が出ない。


…え?


私がどうやって逃げようかと考えていたら、胸を触られた。


え?やめて!気持ち悪い!


でも苦しくて、怖くて、声が出ない…。


やだ…やだやだやだやだやだ。


服の上から触られていた手が一度離れたと思ったら、今度は服を脱がされ始めた。


なんで?なんで??やめて!お願い!



トントン。



扉がノックされた音がした瞬間、部屋の中の時間が止まったかのように静かになった。

私の耳でも心音しか聞こえないほどに。



「助けて!」



扉の外に味方がいるとわかった瞬間、さっきまで出なかった声が出てきた。


たった一言だけですぐに口を塞がれたけど、獣人族は耳がいい。このくらいなら私じゃなくても聞こえたはず。


これで助かる。


「チッ。」


男の舌打ちが静かな部屋に響いた直後、ノブが回る音がして、勢いよく扉が開いた音がした。


「どうしました!?」


押さえつけられているから扉の方は見れないが、今の当番はネーシャだったみたいだ。


よかった。これで助かる。


「なっ…何をしているのですか?」


「違う!違うんだ!」


何が違うというのだろう。

こんな決定的瞬間を見られて何を否定するのだろう。


私は絶対にこの人を許さない。


ネーシャが来てくれたおかげで怖さは少し和らいだけど、このことは一生忘れない。


この人の人生で償ってもらう。


いくらお姉様が好きな人でも絶対に許さない。


その後、すぐに騎士が駆けつけてきて、男は連れていかれた。


これでまたいつもの日常が戻るだろう。


私は直接あの男を罰せられないけど、お父様が最も良い形で決着をつけてくれるだろう。





そして数日後。


なぜか私は国中から“魅了の魔女”と罵られ、他国に奴隷として売られた。





経緯は奴隷落ちが決定した日にネーシャから聞かされたが、もう既にどうしようもなかった。


私はあの男と出会った瞬間、最悪の結末を迎えることが決まっていたのだろう。








拘束されて乗せられたアラフミナに向かう馬車に揺られながら、私は自分の殻にこもって何も考えないようにした。


そうすれば痛いことも苦しいことも感じずにいられるだろうと。


そしてなんの反応もしない壊れた人形でいれば、早く殺してもらえるだろうと。





生きているのか死んでいるのかすらわからないようなふわふわとした浮遊感の中にいたはずなのに、ふと無視できない視線を感じたせいで生きていることを思い出し、ぼーっとした視線をそちらに向けた瞬間、衝撃が走った。


なぜか目の前に悪魔がいた。


私が生まれるずっと前にケモーナを襲った悪魔が。


なんで?


私は奴隷になるだけじゃ許されないの?


そんなに悪い子だった?




死んだと思っていた感情が溢れだし、その全てが恐怖の感情に染められた。


周りの音が消え去り、悪魔の存在しか認識できなくなった。


殺される。


死んだ方がマシだと思っていたはずなのに怖い…死ぬのが怖い…。


この悪魔が目の前にいることを認識してから心臓が強く脈打ち息苦しい。


私を襲おうとしたあの男の近くにいるときとは全く違う感覚なのに体が同じように拒否反応を起こして、今にも吐きそうだ。


そんな存在するだけで恐怖を撒き散らす悪魔が一歩近づいてきた。


私は反射的に同じく一歩下がった。


この悪魔に近づいてはダメだ。


簡単には壊せない檻の中にいるから安全なはずなのに全く安心なんて出来ない。こんな檻は無意味だと確信できる。


悪魔がまた近づこうとしてきたから私も下がろうと…。


「下がるな。」


悪魔に下がることを禁止されて、反射的に下がろうとした体勢で立ち止まった。


逃げたいのに怖くて逆らえない。


「なぜそんなに怖がる?俺がお前に何かしたか?」


悪魔が理由を聞いてきた。

そんなのは説明するまでもなく、あなたが存在するだけで体が拒否反応を起こしているだけだ。


だけど、そんなことをいえるわけがない。

いったら何をされるかわからない。それこそ死んだ方が…いや、虐待奴隷の方がマシだったと思える結果になるかもしれない。


だからといってすぐに違う理由がいえるわけもなく、口だけがわずかに動き、言葉を発することが出来なかった。


「思ったことをいえ。」


「悪魔…。」


いえないと思っていたのに命令されて、反射的に答えてしまった。

口から出たのが種族名だけでまだよかったかもしれない。

全く安心なんか出来ないけど。


もしかしたらこれが昔聞いた、何かを代償に特殊な力を発揮する『悪魔言語』というスキルなのかもしれない。


それとも私は自分で気づけていないだけで、既に精神支配されているのだろうか。


「セリナアイル。」


急に悪魔に名前を呼ばれ、ただでさえ速くなっていた鼓動が一際強く跳ねた。


なぜこの悪魔は私を知っている!?


もしかして私が奴隷落ちするまでの一連の流れは全てこの悪魔の策略だったのだろうか?でもなんで私なんかをわざわざそんな回りくどい方法で陥れた?そう考えたらさすがに違うだろうとは思うが、目の前に私の名前を知る悪魔がいるから否定しきれない。


なんで私なんかを?


「確かにお前にとっては俺は悪魔かもな。」


悪魔が近づいてきて、自身が悪魔であることを認めた。

そうだろうと思っていたから驚きはないけど、なんで私の前に現れたのかが不思議でならない。


「お前を陥れたやつらに復讐がしたくないか?」


そういうことか。

この悪魔の狙いは私ではなくケモーナ王国だったのか。

200年前の恨みをまだ忘れていなかったのかな。


「お前が望むなら、復讐できるだけの力を与えてやる。だが、代わりに一生俺の奴隷として働いてもらう。」


私はどうしたいのだろう。

けっきょくこの悪魔の奴隷にならなくても、私は誰かの奴隷として生きるという選択肢しかない。だけど、悪魔の策略に乗ってしまっていいのだろうか?

この恨む気持ちは本当に私自身が抱いた気持ちなのだろうか?


「俺はお前の命や魂を取るつもりはないが、死ぬまでの時間を全てもらう。代わりにお前の願いを叶えてやる。悪魔である俺と契約しようじゃないか?」


わざわざ契約を持ちかけてくるということは私はまだ精神支配をされているわけではないということだろうか?

だとしたら、私はここで選ばなくてはいけない。


誰かの奴隷として辛い一生を過ごすか。


この悪魔の手のひらの上で最後まで踊り続けるか。


「いっておくが、俺が必要としているのは戦闘奴隷だ。だからお前が戦えなくなるようなことはしない。だが、ここで俺との契約を断れば、この後お前を買う貴族様たちはさぞやお前を可愛がってくれるだろうな。」


そうだ。

この人が狙うのがケモーナ王国なのだとしたら、この人は私に対しては特に興味もないだろうから、普通の奴隷になるよりはマシな人生を過ごせるかもしれない。


あの男とお姉様とお父様は一生許すことは出来ないと思う。


この悪魔に殺されてもきっと許容できる。


だけど、今は亡き同じお母様から生まれた第二王子のお兄様とお母様が違うのに優しくしてくれた第一王子のお兄様が私のせいで悪魔に殺されるなんて許容できない。


でも、人族至上主義の貴族の奴隷になんてなりたくない。


どうしたらいいのかわからない。


気づくと涙が勝手に溢れてきた。


そこで初めて悪魔の周りが見えてきた。


悪魔の頭の上にはなぜかスライムが乗っていて、後ろには怪しい笑顔を浮かべる男と古傷が服や二の腕のバンドでは隠せないほどある無表情の女の子がいた。


その女の子には奴隷紋があるからこの悪魔の奴隷なのだろう。


その古傷はこの悪魔がつけたのだろうか?でも、この女の子からは悪魔を怖がる匂いがしない。


どうして?


既に精神支配を受けている?


この子もどこかの元王女?


わからない。


「俺は無理やり連れて行く気はない。だからお前の返事が聞きたい。付いてくるのか断るのか。好きな方を選べ。」


最後の選択を迫られ、あらためて悪魔を見た。


そこで私はふと思った。


なぜ私はこの人を悪魔だと確信したのだろうか?


私は悪魔を見たことがない。

ケモーナでいい伝えられている外見を知っているだけだ。


この人は私に復讐するだけの力をくれるといっているけど、一度もケモーナ王国を滅ぼせとはいっていないし、代わりに復讐してやるともいわなかった。


悪魔ほどの力があるのにわざわざ私を仲介する必要はないだろう。


そう考えたらこの人は悪魔ではなく、私を買うためにいいくるめようとしているだけか、本当に悪魔だけど、ただ面白がって手伝おうとしているだけかもしれない。


それなら最後に利用させてもらおう。


「…復讐の機会をくれるのですか?」


「お前がそれを望むのならな。」


私の人生はもうすぐ終わりに向かうしかなくなるだろう。


だから最後にあいつらを道連れにして終わりたいと思う。


この話がこの人の嘘な可能性もあるかもしれないけど、少しでもあの3人を道連れに出来る可能性があるのなら…。


「連れて行ってください。お願いします。」


私は昔見た、ケモーナの騎士の誓いを真似て膝をつき、頭を下げた。


目の前で悪魔と不気味な笑顔の男がお金のやり取りを始めた。

どうやらこの男が奴隷商だったようだ。


私の金額は金貨5枚みたいだ。


奴隷の平均がわからないけど、昔つけていたネックレスより安く売られるのはけっこう悲しい。私の価値はこの程度といわれているようで。


奴隷商が檻を開けたから、私は悪魔を怒らせないように慎重に近づいた。


すると悪魔は空間からローブを出して着せてきた。

新しい魔法?それとも『アイテムボックス』なのだろうか?スキルについてはそこまで詳しいわけではないけど、確か冒険者の固有スキルだった気がする。

ジョブを持っているってことはこの人は人間なの?


私が驚いていたら、肩を掴んで目線を合わせて睨まれた。


…怖い。


「そんなに怖がるな。奴隷からしたら主はみんな悪魔かもしれないけど、俺はセリナに戦闘以外を強要することは滅多にない。だから普段から気構える必要はない。」


…どういうこと?


この人は本当に戦闘奴隷が欲しいだけなの?


ならなんで私?私は戦闘経験なんてないし、見るからに弱そうだと思うんだけど、獣人だから?でもまだ子どもだよ?


「だが、俺のいうことが絶対なのは他の主と変わらない。だから返事は必ずしろ。わかったか?」


「はい。」


違うことを考えてしまっていて、返事をしなかったことを怒られて怖かった。


でも泣いたら余計に怒られるような気がして、今度は泣かないように耐えた。


「既に呼んでしまったが、これからお前のことはセリナと呼ぶ。いいか?」


「はい。」


わざわざ私に呼び方の許可を取るなんて変わっている人だ。


私のご主人様となった方が横を見たので視線を追うと、傷だらけの女の子が近づいてきた。


「…アリアローゼです。リキ様の奴隷です。これからよろしくお願いします。」


なんだか“第一”の部分を強調させているように聞こえた。

この子にとってご主人様の一番であることが重要なことなんだろう。


私はご主人様をあなたから奪うつもりなんてないから大丈夫だよ。


「セリナアイルです。よろしくお願いします。」


「…リキ様は悪魔ではないです。とても優しい方です。なので怖がらないでください。」


この子は私の心が読めるのだろうか?


でも優しい方っていうのは無理があると思うな。


よく見るとこの子は古傷だらけだけど、新しい傷やカサブタが出来てるようなところは見た目的にも匂い的にもなさそうだ。ということはこの子はもともと違う人の奴隷だったけど、今はこの人の奴隷になったってことかな?それでこの人には虐待はされていないから、少なくともこの子にとっては今までのご主人様よりは優しい方ってことかな?


それでも、貴族に買われるよりは何倍もマシだろう。


いわされているだけなのかもしれないけど、少しでも安心できる言葉をもらえたのは嬉しかった。


「ありがとう。」


さっきまで怖かったはずなのに、わずかにだけど自然と笑顔でお礼がいえた気がする。


この子のおかげかな?


「一応この頭の上にいるやつも仲間だ。名前はイーラ。俺の使い魔のスライムだ。」


今度はご主人様の頭の上に乗っているスライムを紹介された。


こんなに怖い人が最弱といわれるスライムに頭を支配されてると思うとなんだかおかしい。


笑いそうになったけど、まだ殺されたくなかったから、必死に隠した。


「セリナアイルです。よろしくお願いします。」


こうして私の新しい人生が始まった。

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