リキとの出会い(イーラ視点)
生まれたときからこの世界の知識はあったけど、今まで必要ないことは考えようとすらしなかった。
強い同種といれば美味しい破片が食べられるということだけ知っていれば十分だったから。
でも、強い同種より強い人間が現れた。
強い人間の一度の攻撃で強い同種の表面がドロリと崩れ、近くにいた他の同種が消滅した。
そこで初めて意識が芽生えた気がした。
もともと最低限は考えていたけれど、自分の意思も感情も何もなかった。
ただただ強い同種のあとについて行き、強い同種が食べこぼした人間の破片を食べるだけだった。
だけど今初めて“逃げなきゃ”と思った。
これがどういった感情からきてるのかはわからないけど、人間を目の前にしたのになぜか戦おうとは思えなかった。
弱い者が死ぬのは当たり前だし、弱いのが悪いから戦って死ぬべきだとわかっているのに、なぜか逃げなきゃいけないと思った。
どうしたらこの人間たちから逃げきれるか。
考えればいろいろなことを知覚できる。知識はもともと持っていたから。
でもなんでも知ってるわけじゃない。
だから考える。
逃げるために。
まずは他の同種とは違う方向に逃げた。
自分たちはそんなに速くは動けないから、強い同種が殺されるまでに少しでも遠くに逃げるため、まっすぐ逃げた。
他のことは考えるのをやめ、木々だけ避けながらとにかくまっすぐ進んだ。
そして、気づいたら森から出てた。
森の外は人間が整えた道とその向こうには草原があるだけだ。
遠くまでとてもよく見える。
こんなところを逃げたらすぐに見つかる。
どうすればいい?
早くしないと人間が来ちゃう。
頑張って考えて、持ってる知識から自分でもこの場で違和感なく擬態出来るものはないかと探した。
そこで思いついた“水たまり”を真似た。
…真似てから気づいた。
水たまりは雨が降ったあとに出来るものだから、これだとダメだと。
だったら森に戻って隠れた方がいいと気づいたときには遅かった。
強い人間たちが森から出てきてしまった。
どうしたらいいか考えている間もまっすぐこっちに向かってくる。
そして踏まれた。
踏まれたけど、体が飛び散らなかったから、とくにPPが減ることはなかった。
だけど次の攻撃で自分は死ぬだろう。
だから諦めた。
弱いのが悪いのだから。
次の攻撃を食らう前に一撃くらい与えてやろうと意識を向けたら、人間たちはそのまま自分を無視して歩いていった。
…あれ?
今のは攻撃じゃなかったの?
踏んだのに気づいてないの?
…まぁいいか。
必死に逃げたから疲れちゃった。
もう動きたくない。
人間が気づかないならこのままでいいや。
夜になればもしかしたら野宿する人間がいるかもしれないし、そしたら美味しい人間が食べられるかもしれない。
だから朝になってから森に戻ろう。
…失敗した。
人間に気づかれた。
もう太陽が昇り始めているし森に帰らなきゃな〜なんて思っていたら、戻る前に小さい人間に見つかった。
大きい方の人間は左手に同族の首を持ってる。
自分より間違いなく強いだろう種族の首を持ってる人間。
また“逃げなきゃ”と思ったけど、今度は体がピリピリして動かない。
なんだろう?この人間には逆らったらいけない気がする。
逃げることさえ許されない。そんな気がする。
どうしたらいいのかと迷っていたら、ずっと「テイム」と呟いていた人間が手を伸ばしてきた。
握りつぶすつもりなのだろうか?
逃げられないなら戦うしかない。
だから自分はその人間の手に飛びついて、食べようと思った。だけど、全く溶けない。
あ、殺される。
死ぬのは仕方がないはずなのになぜか体が震える。
「できれば殺したくないから、これでうまくいってくれよ。」
人間が話しかけてきたけど、なんで人間なのに魔物を殺したくないの?変なの。
『テイム』
…あれ?
なんか温かい気持ちになった。
変な人間なのになんかいいなと思う。違うな…えっと……そう!仲良くしたい気持ちになった。
なんでだろう?
自分が疑問に思っていたら、この人間の腕から黒い何かが現れて、自分の中に入ってきた。
何これ!?気持ち悪い!
同種のようだけど同種じゃない。
嫌だと思っても勝手に入ってくる。
でも、入ってきたらなんか嫌じゃない。むしろ安心する。
この人間と繋がりが出来たような不思議な感じ。だけど、悪くない。
これが仲間になった感覚なのかな?
強い同種といたときとは全然違う。こっちの方がいいな。
そういえば人間は何をするにも手を使うんだったよね?
じゃあここにいたら邪魔だよね。でも自分は進むのが遅いから、この人間にくっついてた方がいいよね?
どこにいたらいいかな?
邪魔にならなそうなところは…頭の上かな?
とりあえず行ってみようと登ってみたら凄く居心地がいい。
しばらくしても何もいわれないからここにいてもいいってことだよね?
「スライム。今日からお前の名前はイーラだ。さっそくだが、このミノタウルスの肉をやるからスキルの捕食を使え。」
人間が自分に名前をくれた。
それがなんだか嬉しかった。
自分は今からイーラ。
イーラ!
名前をくれたってことはこの人がイーラのご主人様になるんだね!
…ん?今、ご主人様はイーラに同族を食べろっていった?
同族を食べるの?
人間以外を食べるなんて考えたこともなかったけど、美味しいのかな?それとも何か意味があるのかな?
まぁいいや。ご主人様の命令は聞かなきゃだもんね。イーラはご主人様の使い魔だから!
ご主人様の体を伝って同族のとこまでいき、一口食べてみた。
あ、美味しい。
人間ほどじゃないけど、けっこう美味しい。
同族が美味しいって知ってたら同種も食べてみたのにそんな知識は持ってなかったな。
イーラはいろいろ知ってるけど全然知らないんだな。イーラ自身のことなのに不思議。
それに食べるとなんだか力が漲ってくる。
今まで人間の破片を食べてもなんともなかったのにこれを食べるだけでイーラが強くなっていく気がする。同族だからなのかな?
でも強い同種も人間食べてどんどん大きくなってたし、もしかして食べる部位なのかな?
そういえば強い同種は真っ先に人間の頭部を食べてたし、頭部を食べると強くなるのかも!美味しいからイーラは全部食べるけど!
…怒られた。
食べていいっていったから食べたのに怒られた。骨は食べるななんていわれてないのに…。
「俺は理由が聞きたいんだが?いっておくが、俺の仲間に無能はいらないぞ?」
嫌だ!一緒にいると温かいから離れたくない!イーラが悪かったから!謝るから許して!ごめんなさい!
「今回は許すが、これからはちゃんと俺のいうことを聞け。わかったな?」
わかった!ちゃんと聞くから!
「こんなツノのかけらだけじゃ持ってても意味がないだろうから、これも食え。」
あっ、ありがとう。
そういえば、レベルが上がって進化出来そうだ。
戦ってなくても同族を食べたらレベルが上がるんだね。それにスキルも増えた!さらに進化もして、イーラも強くなっちゃうぞ!
進化!
…あれ?
あ、ご主人様の許可が必要なんだ。でもすぐに許可してくれたから、体が作りかえられていく。
…ふ〜スッキリした。
種族は変わらなかったけど、新しいスキルが手に入ったし、強くなった気がする!
早く強くなってイーラもご主人様と戦えるようにならなきゃな。だからもっとたくさん食べないと!美味しいから…じゃなくて強くなるために!
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