遺
常雨 夢途
捧ぐ
悟ったふりして、生きてきたつもりだった。
その実、こんな自分に関わってくれた全ての人を裏切っただけだった。よくもわるくも、ただ静観していただけだったのだ。救ってやると差し出された手を、助けてと伸ばされた手を、その悉くを、自分はただ視姦して、下ろされるのを見てきただけであった。それでも、いや、もう思い出せないな。
気づけば脳内に流れる時間は止まって、足掻くことも藻掻くことも忘れて、ただ融け去っていく自分は肉塊。
何もかも不能になって、何もかも不可になって、馬鹿な君たちとの大切な記憶から褪せて行って、退望。もう錆びれたよ。こうやって考えた数だけ脳が殺されていく。
遺
時刻零丸五。虚栄が栄華極めたところで、今日の過去を想起する。じくじくと心傷が青黒い肌に脈打って、そうして不死身の泥状自意識は覚醒する。
過ぎ去り目を瞑ったはずの日々が滔々と溶け出して、脳の底に封じ込めたはずのくだらない数々の感情が私を染め上げ濁らせていく。
「---------」
誰のものかもわからない、醜くうるさい号哭が耳鳴りのように脳裏にへばりつき、意識は叫び裂いていく。
「もういいよ」、虚構細工の優しいあなたが私の耳にそっと囁き、塞いで、それが形のない幻としってなお、私は愚純に目を閉じる。
意味など無い、亡いんだ。
依然、脳底から螺旋し溢れる赤紫黒、渦巻き、絡まり、そうして咲き誇った愛を抱いて眠るの。
空虚世界の黒天を破りし泥が、流れ、流れ、私も流されていく。どこへ行くのか、わかっている。どこまでも堕ちていく。
どうしようもなく思考は闇、網膜は白んで、涙を流して吹き出した回数を数えて堕ちた。
千分の一のあなたを懐いて、眠る。今日の私を殺す。忘却の彼方へ行こう。天使の歌が聞こえる。白み眩んで妄虐を、しまい背負って、今日に最後笑顔。
じゃあな脳みそ。
ナンドキミノテヲハタイタノカ
「-----、------」
「------」
「-----!」
ーーーーーー。
聞こえないまま頷いて、忘れて。忘れて、忘れたら、あれ、何を忘れたのか。そうして、どうでもよくなるのだ。
意識はいくつにも分離分岐して、発展し、それぞれ異なることを考えている。そいつらが栄え、独り歩きした末、そいつらは螺旋し、目も鼻も皮膚も脳もあって無くなり、そうして不死身の自意識は組み立てられ完成されたのだ。
思うよ、私は何なのかって。
あー狂えるよ。この滅裂思考はどうやれば統制されるの?
ねぇ、私をしゃんとさせて。出来損ないで行き過ぎた脳じゃちゃんとあなた達に思いも吐けないんだよ。
ナンドキミヲウラギッタノカ
歪な感情が消えかけた心から吐き出されて、天に昇って、私は醜くなっていく。不治の病にかかったの。このまま消えゆくのか。まだ君に何もしてやれていないというのに。
君はとても眩しくて、君の言葉はどれも痛くて。悔しいな。もう私は君の顔すらまともに思い出せない。ぼやけて白む。見えない。
時間だけが意味を含まず過ぎ去って、私は置き去りにされる。あなたはさらに輝いて、私は泥と堕ちていく。
もういっそ消えてしまおうか。痛みを伴うこの世界から消えてしまいたい。もう縋るもののない、時間なんてないところへ。心が消えてしまう前に、君がいなくなる前に。
ナンドキミヲコマラセタノカ
笑い声と歌声が聞こえる。僕にしか聞こえない。それは世界を優しく包むように響いて。
もう何もかも思い出せないよ。悟りきったふりをして曖昧に生きてきたらそうなってしまった。
もー何もかもどうでもいいよ。僕は理解しないよ。生きるわけじゃない。同情したら殺すよ。
笑えてくるな。
思いは錆びることはない。だが、お前が差し出し俺が捨てた思いなんて、もうこの世に要らないだろう。なぁ、忘れてくれよ。
あー誰かのせいにして、やり直したいよ。
「無理だよ」世界を満たす笑い声歌声が口揃えた。
笑う僕の前にはあなたが立っている。
君は口を動かす。世界はそれをかき消して、僕に君の声は、悲しいかな、届くことは一生ない。はは、やめろよ。無駄だって、消えろって。
????????????????????????????????
君は何を言っているんだ?
永久に届かない言葉を紡ぐことをやめてくれ。君の話す言葉の数だけ、僕は死ねないんだ。
憎んでくれ、憎んで、憎め。
ナンデキミラハボクニモワラウノ?
殺して。
その両手で。
そんな奇跡に縋りたかった。
遺 常雨 夢途 @tokosame_yumeto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます